458話 擦
幻夢は亜蓮の方へと走る。亜蓮が指向性除去のスキルを発動させているのは知っている為、それなりに安心は出来るが、反撃を幻夢に食らわせられるのかどうかは正直微妙な所だ。反撃を食らわせるには、あの霧の様な身体に添島が得意としている物理攻撃が通るのかどうかも大事になってくる。それに、あの速度で幻夢が動けるのならば亜蓮の指向性除去再発動の際の隙を狙わねかねないだろう。そうなってしまうとあとは幻夢のペースだ。亜蓮が潰れる事によって全員が潰れる。そんな最悪なパターンだけは絶対に避けなくてはいけない。
亜蓮の方へと走る幻夢を添島と俺は追う。俺達二人以外のメンバーは亜蓮から少し距離を取る様に展開して、幻夢を待ち構えている事から幻夢の対策に乗り出している事が理解出来る。幻夢の攻撃が未だに未知の為、対処方法は分かっていないが、基本的には重光が防御壁を張る事で、亜蓮が指向性除去再起動の際の隙位はカバーする事が可能だろうな。俺はそう思っていた。
亜蓮に吸い込まれる様に突っ込んで行った幻夢は右腕を引っ掻く様に素早く突き出して亜蓮を狙うが指向性除去の前では歯が立たない。亜蓮に軽く攻撃をいなされた幻夢は前につんのめる様になり身体の重心バランスを崩した。それを好機と見たのか亜蓮は直ぐに指向性除去を再発動させようとする。そして、俺の予想通りその隙を埋めるかの様に重光によって亜蓮の周囲に透明なバリアが展開される。よし、これで俺と添島が幻夢に追いつく位の時間は稼げそうだ。そう俺は思った。だが、俺が見たのは目を疑う光景だった。
「なっ!?」
幻夢はバランスを崩した体勢のまま身体の粒子を分解させて、空中に霧散し重光が展開していたバリアの中に再び姿を現した。今までではあり得なかった事に俺は驚きを隠せず思わず驚きの声を上げ、固唾を飲んだ。無防備な亜蓮の身体に向かって幻夢は目にも留まらぬ速さで身体を高圧洗浄機の様に圧縮して噴射し、亜蓮の胴体を大きく切り裂く。
「亜蓮!?」
亜蓮の傷口から激しく血液が放出され、何かを叫びながら地面に倒れるが、俺はその声を聞き取る事は出来ない。亜蓮の肉体を容易く鎧ごと切り裂いた幻夢は霧状の身体の一部を亜蓮の傷口から亜蓮の肉体に向かって流入させると直ぐに上空を飛んで既に凍結息吹の魔法を詠唱し終わって口にエネルギーを収束させて口を開けているアクアの方へと身体を向けた。強い……!俺はパニックになる頭をフルで回転させながら今自分がどうするべきかを考える。
重光の防御壁が幻夢には通用しないのは先程分かった。それならば、俺達が取れる行動はただ一つだ。幻夢を攻撃して倒す。それしか無い。頼む。間に合ってくれ。重光の方から紅蓮の炎を纏った槍が幻夢に向かって飛翔するのと同時にアクアの口からは強烈な冷気を含んだ吐息が吐き出される。空気が凍り、幻夢の身体ごと真っ白な霧で包み込み、その上から炎の槍が突き刺さり、炎の槍はアクアの冷気で冷やした空気を一気に膨張させた。幻夢がいた辺りからパンッと言う大きな乾いた音が響き、爆発が起こる。数十メートル距離が離れている俺の元へも爆風が押し寄せている事から威力は十分の筈だ。だが、幻夢にはそれは通用しなかった。幻夢は爆風を物ともせずに白い霧の中を突き抜け、アクアの翼を容易く切り裂いた。そして、アクアの傷口から幻夢は亜蓮と同じ様に体の一部を侵入させて、次の対象へと狙いを変える。
空から揚力を失ってゆっくりと落下するアクアを見て俺の頭の中は真っ白になった。どうする?どうすれば良い?ひたすらその言葉だけが、俺の頭の中で反芻し、解決法は何も浮かんで来ない。
次々と仲間達が倒れ、結局最終敵に残ったのは自分だけになった。だが、幻夢は俺の五人の仲間達の身体に全身を侵入させた為、俺の前から姿を消した。そして、地面に倒れていた仲間達が身体を起こす。かなりの血液を失っていた筈だが、それでも立ち上がった仲間達に俺は表情を赤らめ、仲間達の元へと足を進めて近づいていく。
だけど、様子がどこかおかしい。仲間達はゆっくりと立ち上がって言った。
「敵、コロス」
普段の仲間達ならば絶対にこんな事は言わない。そして、添島は大剣を引き抜いて俺に向かって横向きに薙ぎ払った。俺は咄嗟に添島の大剣の下を潜って回避したものの、内心はかなり動揺していた。
まさか、操られている!?先程幻夢が仲間達の傷口から侵入したのは俺も見ていた。恐らく仲間達が可笑しくなったのはそれが原因だろう。仲間達の目は酷く充血しており、白目の部分は全て黒く染まり、赤い血管が浮き出ていた。そして、黒目の部分は黄緑色に染まっており、正に幻夢そのものだった。
「戦うしかないのか?」
「敵、コロス」
未だに動揺する俺だったが、戦わなければ殺される。それは仲間達の様子を見る限りでは明らかだった。添島の身体能力も然程落ちて居らず、このまま戦えば自分が劣勢なのは間違い無い。今は自分の力が出せていないのか、スキルを使わずに適当なフォームで武器を振り回しているだけの為、素の俺でも攻撃を回避出来ているが、不味い。
俺が添島の攻撃を回避しながら他の仲間の様子を見る。他の仲間の様子も添島と同様に操られていると見て間違いなかった。仲間同士がお互いを敵と認識している様で、俺には仲間達は一つの場所に集まっている様に見えた。嫌な予感がする。
俺の嫌な予感は的中した。添島と他の仲間達との距離が数十メートルを切った時だった。添島が俺を無視して仲間の方へと武器を構えて走り始めたのだ。同士討ち。俺の中で最悪の状況が頭に過ぎる。不味い!あいつらみんな理性を失ってやがる!本当にどうすれば良いんだ!?俺は咄嗟に添島を止めようと思って走るが明確な計画など頭にある筈も無かった。




