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学校内の迷宮(ダンジョン)  作者: 蕈 涅銘
19章 虚無エリア
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457話 幻

「……ん……」


  俺はドクドクと未だに脈を打ち、若干心地の悪い目覚めを迎え、喉から小さく低い声が漏れる。喉から漏れた小さな声と共に俺は自分の頭を無理やり手で起こしながら周囲を確認して呟く。


「奴はもういないか、それにどうやら俺の姿も元に戻ったみたいだな」


  相変わらず汚らしいヘドロ塗れの暗雲に閉ざされた暗い大地は俺が意識を失う前と変わらなかったが、俺が意識を失った原因である不気味な見た目をした生物や、ゴブリンなどは綺麗に姿を消していた。俺の姿も元の姿へと戻り、装備品もしっかりと身につけていた。それ以外に変化があるとするならば、暗い沼地の一角に激しく光り輝く霧状の扉が発生していると言う事位だろうか。


「この扉をまた潜らないとならないのか」


  俺はその光り輝く霧状の扉に近づいたものの、中々手が進まない。当然この扉を進まなくてはならないのは自分でも分かっていた。だが、今まで八十六階層から霧状の扉を潜って来て碌な思いをした事が無い。どうせ、中に入ったら強烈な精神攻撃に耐えなければならないのだろう。そう感じた俺は一息深呼吸を挟んで自分の心の中で覚悟を決めた。


「行くしか無いんだ」


  覚悟を決めた俺は勢いよくゴムの様に自分の足を押し返す大地を蹴り、霧状の扉の中へと飛び込んだ。ワープゲートだろうか?光瞬く黄金の粒子が飛び交う中、俺の視界は一気に流れる。ウォータースライダーの様に自然に動く景色は幻想的で俺がさっきまでいた薄暗い大地とは大違いだ。ほんの一瞬の時間だった。光り輝く粒子の中を移動した俺は黒い渦の様な物の中に当然飲み込まれて、とある場所に出る。


  青い空が広がる美しい黄緑色の草木が茂る草原に清々しい程に冷たく肺の奥を潤す様な清涼な空気。まるで草原エリアに逆戻りした様な感覚だ。そして、俺の視線の先には今まで見慣れて来た人物達がいた。その中の人物の一人が到着した俺に気が付いたのか、こちらに笑顔で近寄ってくる。


「遅かったな。お前が最後だぞ?」


  腰を屈ませながら、俺の顔を覗きながら子供っぽい笑みを浮かべる人物。間違いない。添島だ。俺は仲間達が全員無事だった事に胸を撫で下ろしながらゆっくり喜びを噛みしめる。アクアも含めて、全員の存在を確認したのは良いが、まだここは八十九階層……何が襲って来るか分からない。実際にアクアとの交信を試みるが、アクアとは未だ連絡が取れない。ただ単純に今自分達が特殊な空間にいて、交信が不可能になっている可能性も考えられるが、今までどれだけアクアと距離が離れていても交信が出来ていたのに、一切の交信がこの距離で出来なくなるなどあり得るだろうか?いや、あり得ないな。そう思った俺は喜びを心の奥底に隠しながら目の前にいる仲間達の姿が幻術の可能性を考えて疑う。


  今のところ、添島の行動はいつもの自然な行動であり、違和感は無い。そう思って手を差し伸べる添島の手を取ろうとした時だった。添島の手が動いた。俺に向かって差し伸べた手をそのまま自身の背に背負っている大剣の柄に手をかける。その動きを見た瞬間の俺の動きは早かった。


「やはりな」

「何のつもりだ?」


  大きく跳躍して、添島から距離を取る俺に対して添島は突然回避行動を取った俺の行動を疑問に思ったのか何のつもりだ?と呟くが、それは俺の台詞だ。とは言っても幻術には伝わらないのだろうけどな。たが、幻術と分かっていても精巧な幻術だ。俺が警戒していなかったら本当に分からなかった。それに、今、添島は俺が回避行動を取った事によって武器を取り出すのをやめたが、相手が本当に添島と同程度の身体能力を誇っていたならば俺は勝てないだろう。それに、俺には偽物だと分かっていても言動まで本物にそっくりなこの偽物を殺すのにはかなりの抵抗があった。


「何のつもり?って言われても困るさ、仲間相手に武器を振るおうとした奴が良く言うよ」


  添島が武器を先程取り出して無くても、俺には分かった。俺の仲間の姿を象った偽物達は俺達にここで殺し合いをさせようとしている。という事に。実際、このだだっ広い草原でこの場所から動こうとしないのが俺の中で大きな確証を突いていた。


「もし、それが本当ならば?お前はどうする?」

「戦うさ」

「そうか」


  俺がそう答えたのは当然、仲間達の偽物と戦うと言う意味だった。勿論その戦うと言う意味は共闘では無く、戦闘だ。だが、突然現れた新たなモンスターによって状況は変わった。俺が添島達と戦う覚悟を決め、刀を引き抜こうとした時だった。俺と添島達との間に巨大な青い魔法陣が現れる。


「っ!?」


  俺は重光の偽物が何かの魔法を詠唱したのかと思っていたが、今までこの様な魔法陣は見た事が無い。それに危機感を感じて更に俺は距離を取る。そして、この新たな魔法陣が出て来た事によって、俺が警戒していた添島の行動への確証は徐々に薄れていった。本当にこれは幻術なのか?当然ここの階層にいると言う事はみんなも幻術絡みの階層を潜る抜けて来たのは間違い無い、そして、状況が俺と同じであれば相手も俺を偽物だと疑っていても無理は無いだろう。ここから離れなかったのは、この魔法陣の気配を事前に感じていた為?武器を振るおうとしたのはこの未知の敵に対する警戒をしていたのか、俺にカマをかけていたのか?その真実は定かでは無い。


  魔法陣からは俺達と同じくらいの大きさの人型の姿をした薄ピンク色の霧の塊の様なモンスターが姿を現した。俺はそれを幻夢と呼ぶ事にする。幻夢は霧で出来た様な身体に黄緑に激しく発行する菱形の目玉と口を持つ生物と言って良いのかどうか定かでは無いモンスターだ。幻夢が完全に姿を現して、最初に狙ったのは俺では無い。添島の後ろの紫色のエネルギーを全身に纏った人物。その方向を幻夢は向いて大地を蹴った。その動きは速く、亜蓮でも対応出来るかどうかと言う速さだ。不味い!俺は既に幻夢を倒すと言う共通の目的を持っており、仲間達を偽物だと思う心を一旦捨てた。それ程までに幻夢は強く、仲間達と協力しないと倒せそうに無い相手だった。


 



 


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