456話 波
四つの魔法を同時に詠唱し終えた重光は魔法を発動させた。当然目の前にいる蛇の様なモンスターが魔法詠唱を終えたタイミングは重光と同じだった。重光の周囲からは、紅蓮の炎で出来た槍や巨大な渦を巻く水で出来た槍などが、対象目掛けて勢い良く進む。魔法の詠唱速度や威力、魔法制御能力が同じでもその魔法をどの様にコントロールするかまでは一致しない。そう考えた重光は巨大な渦を巻く水で出来た槍を先鋒に飛ばし、相手の様子を見る。
藍水槍。連続射出能力は弱いが、一発辺りのダメージ量や攻撃範囲、継続火力が高い魔法だ。相手も藍水槍を発動してはいるものの、相手が先鋒に飛ばしたのは紅蓮の槍。多重燃焼槍である。重光が今回放った藍水槍の大きさは以前砂漠階層で放った時の比では無い。槍を包み込む水流の渦は半径五メートルを超えており、下手をすれば自分をも巻き込んでしまう程巨大な渦を保っている。当然そのサイズの渦は盾にも使える。それを考えて重光は先に藍水槍の魔法を先行させたのだ。だが、藍水槍を盾に使ったとしても、相手も藍水槍を展開している為、多重燃焼槍が当たる保証は無い。その問題を解消する為に炸裂弾の魔法を詠唱していたのだが、炸裂弾の魔法は藍水槍の渦を破壊するだけに終わった。普通の相手ならばそれで十分だろう。だが、相手がその程度の事を防げない訳が無かった。蛇の様な見た目のモンスターは自分の周囲に透明な壁を展開しており、その壁に向かって重光が放った多重燃焼槍が幾多にも重なり突き刺さり炎を周囲に撒き散らしながら爆発するが、相手のモンスターの本体にはダメージは入らない。しかし、それは同じ事だった。自分の元へと相手が放った炸裂弾などが飛来するが、重光の周囲にも当然透明な壁が形成されており、己の身を守る。
正に五分五分の戦い。これだけの魔法を放って尚相手は息一つ切らしていない。それは勿論自分も同じ事なのだが、重光はその事から自分の推測は間違っていなかったと再び確信した。どうにかしてダメージを与えなければならない。だが、幾ら魔法を放っても相殺されてしまっては意味が無いのだ。それを考慮して重光は一つの賭けに出る。
「追加統合魔法しかなさそうね」
追加統合魔法。複数の魔法を空中で滞留させて、その魔法が分解又は暴走しない様にマナをコントロールしながら強烈な外力を掛けて対象の方へと莫大な質量の複合魔法の塊をぶつける魔法だ。重光が詠唱できる魔法の中でもこの魔法は最高峰の火力を誇る。この魔法ならば、例え相殺されたとしても余波だけで相手にダメージを与える事ができる。そう重光は考えた。
重光の正面に巨大な赤い魔法陣が形成され、その魔法陣の中心に火球が生み出されて空中に留まる。その火球の周囲を覆う様に何重にも魔法陣が重なり合い、パテを盛るように火球が形成されては火球に統合される動作を繰り返して中心にあった火球は徐々に巨大化していった。統合された火球同士が巨大な火球の中でミキサーの様に乱回転して渦巻き、火球の表面からはフレアが吹き出す。本来ならば、魔法を詠唱している重光にも熱気が伝わる筈なのだが、何故か重光が熱をあまり感じる事は無かった。
半径五メートル以内に物を置けば一瞬で燃やし尽くす程の温度を誇る火球。そんな火球が存在しているのにも関わらず、温度を感じない事に不安になる重光だったが、それは先程の多重燃焼槍にも言えた事だ。熱を感じなくても多重燃焼槍が相手の魔法に対して通っていた事は確認済みの為、重光は全力で今詠唱を完全に終えた魔法を射出する。相手もその魔法の発動を見て同じ魔法を発動させ、重光と同じタイミングで放った。先程魔法を撃ち合っている間に距離を少し取ったものの、現在の重光と敵モンスターとの距離は約三十メートルとかなり近い。直径十メートルにも及ぶ巨大火球がぶつかり合うには明らかに危険な距離だった。だが、重光がこの距離で魔法を射出したのにはきちんと意味があった。
互いに打ち出した火球がぶつかり合いそれと同時に重光の視界は真っ赤に包まれた。防御壁の魔法を咄嗟に詠唱した重光だったが、それが意味を成さない事は魔法を発動した時点で分かっていた。何故ならば、例え魔法で自分の身を守ろうとしたとしても互いに耐えきれない程の威力の攻撃を食らう様に距離を重光が調整していたからだ。尚且つ、自身が致命傷に至らないギリギリのライン。その筈だった。それなのにーー
「ぁぁぁあぁ!?なん……で!?」
身体の表面を伝う痛みとは別に走った強烈な心臓の痛みに重光は顔を歪めて叫ぶ。気絶しそうな程強烈な痛み。予想もしていなかった部位の強烈な痛みに身体が拒絶反応のショックを起こしたのか重光の全身の力は抜け、半分意識を失いながら水の中に沈む。
意識を失った重光とは別に余波で攻撃を食らった重光の正面にいた蛇の様なモンスターは赤黒い煙となって消え、周囲の景色も元の島へと戻っていた。以前と違う変化がその島にあるとしたならば、元々は無かった黄金の扉が島の海岸にポツリと姿を現した事位だった。




