434話 白
ジジイに装備品の補強と作製を任せてから三日が経った。尾根枝は一度放置する方針を固めて、俺達の装備品を必死に作製している為尾根枝の状態には変化は無い。この三日間の間各自で俺達は課題に取り組んでいた。亜蓮は今回の経験を生かして少ないスキル数とマナでも多方面からの攻撃をいなせる様に訓練している様子だったが、正直に言うと亜蓮がヘイトを引きつけている間に敵を倒し切れない俺達が問題なのだ。
元々俺は問題だった燃費もさながら複数のスキルを同時発動しながら敵に効率良く攻撃を当てられる様に訓練を行っていた。流動性付与や転移座標印を使って応用性のある戦い方をこれからは心がけ無ければならない。それに対して添島も、物理攻撃が効かない相手に対する対処法を考える。衝撃波だけでは流石に賄えないと判断した様だが、属性攻撃発動にはこの三日間では至る事は無かった様だ。
重光はやはり俺の予想していた通り、尾根枝の応急処置が出来なかった事に問題があると感じていたのか、アクアと山西を戦わせて怪我した方の治療と怪我の度合いのコントロールを行なっていた。アクアと山西はタイマンの場合、若干山西に分がある。単純な身体能力でアクアが優っていたとしても体の大きなアクアは山西相手だと戦いづらいのだ。
戦闘を行う際には五十階層付近の闘技場を使わせて貰っている。ヘラクレスには悪いが、単純に海エリアに繋がる転移碑と近いのだ。以前ヘラクレスとの戦闘で横槍が入った事もあり、そこでヘラクレスとの戦闘を行ってヘラクレスとは和解した。寧ろ和解したと言うよりかは俺達が強くなりすぎていた為、ヘラクレスは若干不貞腐れていた。
この三日間の内に時間があった為俺は一応百階層までのモンスターの図鑑などを一通り見ておいた。八十五階層から九十階層までのモンスターの図鑑はボスモンスター以外は相変わらず存在しなかったが、九十一階層から百階層までのモンスターはきちんと記してあった。三日間の鍛錬を終えて拠点の工房へと立ち寄ると若干疲れた雰囲気を醸し出しているジジイが地に座り込んだまま眠っていた。
相当疲れていたのか、俺達が工房に入ってもしばらく反応が無かったが、俺がジジイに近づくとジジイは閉じた瞼をゆっくりと開いて言った。
「装備品は既に出来ておる。今更、説明は要らんじゃろう。持って行くが良い」
ジジイがそう言って指差した先には俺達の人数分の新しい装備品が置かれていた。装備品を持ち上げるとあまりの軽さに俺は驚く。いや、軽いのでは無い。前の鎧が重過ぎたんだ。轟雷エリアを抜けた現在装備品に絶縁性能は不要となった。その為装備品は極力必要な武装以外は解除されていた。
「次のエリアは防具など合って無い様な物じゃ。防具が必要になるのは最後位かの」
ジジイの独り言の様に呟いた最後の一言は俺達を困惑させた。防具が合って無い様な物?モンスター図鑑も次のエリアは何も載って居なかった為俺は推測が一切出来ず、雷に撃たれた尾根枝の姿を思い出す。防具が合って無い様な物と言われて思い出すのはトールによるミョルニルの一撃だ。
一撃必殺。正にそんな一撃だった。防具を装備していないと言っても俺達の中で最大のタフネスを誇る尾根枝が一撃でやられた。あの時の映像は鮮明に俺達の記憶に刻まれた。次のエリアでそんなに一気に難易度が上がるのか?俺はそれを想定して唾を飲み込むが結論は出てこない。大丈夫だ。そんな筈は無い。自分達を信じろ。俺はそう自分に言い聞かせるが、尾根枝が一撃で倒れた映像が再び頭に浮かび、それと同時に『死』と言う一文字が連想された。
だが、それを気にしていては俺達はここまで来れなかったし、これからも進めなくなる。俺は身体の震えを必死に抑えながジジイが作製した新しい防具を見る。デザインはシンプルで、全体的に黄金のドラゴンの鱗……煌髪龍の素材を使用した物となっていた。兜は龍の頭を模して作られており、一部分に黒雲鳥の羽毛が使われてそれがアクセントになっている。龍の頭を模した兜の目の部分は龍の眼孔に格子状に加工した黒色の鉱石とボス部屋にあった水晶の様な鉱石をレンズに加工して使用していた。そして、腰の部分はトールのベルトを模したデザインになっており、ベルトの中心から全身に向かって管が繋がっている。マナを込めると淡く青色に発光し、電気が流れる仕組みになっていた。
関節の膝当てや肘当て、胸当ての部分などは雷光鉱石の泥人形の素材を使用している為、微かに光を浴びて緑色に発光し、重厚感のある雰囲気だ。説明が難しいが単純に言うと前回の二層式鎧の基本的構造を捉えながら二回り程無駄な部分を削り、表面の素材を切り替えた感じだ。全体的なフォルムは二足歩行の龍ってイメージだけど、しっかりと胸当てなどもイフリートやフロストバイトベヒーモスなどの過去の機構も取り入れられている為過去使った事のある機能も健在で見た目も面影を残している。それに全体を金単色で埋めず、全て同じ素材で防具を作らない辺りジジイのセンスが光る。
武器にはトールのミョルニルの部品が使われている為、武器を紛失してもマナを消費する事で手元に戻ってくる様になっている。武器は若干青銅の様な色合いになっているが、強度は青銅などとは桁違いの強度と斬れ味を誇り、刃は繊細で透き通り水晶の様な美しさを醸し出している。また、光に照らされると虹の様に様々な光を反射し、いつまで見ても飽きない様な色合いを使用者に見せる。
装備品は魔法職である重光も然程変わらない。煌髪龍の鱗は重そうな見た目に反して軽く、しなやかだ。チェインメイルとして使っていてもレザー鎧と勘違いする程には触り心地は良い。
俺達はジジイに礼を言うと装備を着込んで、八十五階層に転移する。八十六階層と思われる白い霧を抜けて足を踏み込むと自然に身体が浮遊する感触に包まれ俺は目を見開く。
「何だ……ここは?」
まるで水面の様に一歩踏み出した足から周囲に波紋が広がり俺の声が何も無い真っ白な空間に反芻する。そこには俺と一緒に入った筈の仲間達は誰もおらず、俺一人の声が響き渡った。




