417話 好奇心と獰猛性
俺達が大地を進むと上空からは八十二階層で見た飛竜とは比較にならない程悠々とした姿の龍が姿を見せる。その大きさは八十二階層で見たものとは違ってかなり大きい上、全体的に逞しく、鱗も分厚い。十五メートルは有ろうかと言う大きな肉体はアクアとは違って全体的にゴツいが、体表をびっしりと覆った分厚い鱗の上にはしなやかな黄金の体毛が生え揃っており、一つ一つの繊維が雨粒を弾き、雷を受けて青白く光を放っていた。身体に比べて翼は小さく、分厚い鱗に包まれていて尚鱗の下の逞しい筋肉は激しい主張を繰り返している。
姿形を見る限り飛竜と言うよりかは地龍に近いのでは無いだろうか?口元から生えた牙は太く、顎はしゃくれており、口の内部からは常に紫電が飛び交っていた。四肢は太く短めで地を歩くと言うよりかはモンスターを嬲り殺すのに適している様に見える。
煌髪龍。その名前の通りキラキラドラゴンである。雷光を受けて青白く輝く様は神々しく、煌びやかだ。その上雷を纏って逆立った体毛は怒髪にも見えるという事や、その姿からジジイが名付けたと思われる。ロークィンドでの名前は知らない。そんな事は俺にとってはどうでも良いのだ。煌髪龍の鱗は今の俺達でも生半可な攻撃では貫けない。そんな奴は相手するだけ無駄である。
「無視だ!こんな奴を相手にしている暇はない!」
重光の展開した防御壁の中からでは亜蓮のヘイトを他方に集めるスキルも上手く使えない。防御壁の内側にヘイトを集めても意味ないし、防御壁の外側へ防御壁を解除せずに攻撃を飛ばす方法は俺の転移座標印や、重光の魔法詠唱位しか無いだろう。だが、重光は現在他の魔法を使えない。ただ、雷を防いだり、小型モンスターの攻撃を防ぐ位ならば防御壁耐久性に不安は無いが大型のモンスター相手だと多少不安は出て来る。防御壁自体の損傷は重光がマナを流し込めば回復出来る為、実質的に相手が重光の防御壁を破壊する手段を持っていないのならば、重光の防御壁を破壊する事は重光の精神が狂ったりしない限りは永遠に不可能だろうな。
昔は重光の防御壁の耐久力は添島がダメージを食らう攻撃より少し威力の高い攻撃を受けたら破壊されるレベルだったのを覚えている。だけど、今は食らったらほぼ即死……そこまでは行かなくても重傷を負う程の攻撃で無ければ、破壊はされない。
勿論、それ程の威力では無くても防御壁の回復速度を上回って攻撃されたならば簡単に破壊されてしまう。それこそ、煌髪龍の様な強靭な肉体を持っている大型モンスターに本気で攻撃されて、重光の防御壁が耐えられる保証は無い。
煌髪龍は悠々とこちらを見下ろしながらも、大きな身体を上下に揺らしながら付いてきている。翼は小さいとは言ってもあの巨体を浮かせて。それなりの速度を出して飛行が出来ると言う事は煌髪龍が繊細なマナコントロールが可能なことを表している。俺が夢で見た魔術師が使っていた自立式の反射バリアとか使えればこいつの対処も容易なんだろうけど、正直あのバリアは頭おかしいレベルだ。馬鹿げた威力の攻撃でも破壊されない上、自動的に効果が発動し、バリアを攻撃した対象が放った攻撃の威力を数倍、もしくはそれ以上にして対象に跳ね返す事が出来ていた。今の俺達でも未だにあの魔術師の強さの底が見えない。本当に勘弁して欲しい物だ。もしもここの管理者があのレベルの強さだったならば俺は逃げたい。
まぁ、まずあの反射バリアを完成させるのはほぼ不可能と見て良いだろう。あの魔法は流石にチート過ぎる。俺達の実力では到底再現出来るとは思えなかった。
煌髪龍が口を大きく開けると閃光が瞬き、暗雲に閉ざされていた周囲の視界を一瞬だが、大きく明るく照らした。それは興味本位の小手試しの一撃とばかりに放たれた攻撃であったが、その程度の攻撃であったならば、重光の防御壁を貫く事は出来ない。直径三十センチ程の螺旋状の雷撃が複数本煌髪龍の口から発射され、重光が展開している防御壁の表面を撫でる。しかし、それで受けた影響はごく僅かだ。防御壁の表面は軽く焼け焦げ、一番外側にあった防御壁が損傷して傷が付いたが直ぐに再生し、元どおりになる。
それを見た煌髪龍は面白いおもちゃを見つけたとばかりに子供の様に蒼色の丸い瞳を爛々と輝かせて喉を低く鳴らし、太く短い右腕を重光の防御壁に向かって大きく振りかぶって叩きつける。ドンッと言う大きな音と共に煌髪龍の右腕に付いている太い爪からは青色の紫電が迸り、大きく火花を上げ、防御壁に亀裂が入った。不味いな……このままだと煌髪龍に防御壁を破壊されてしまうのも時間の問題だ。早い所どうにかしなければ……。
しかし、この煌髪龍の子供みたいな従順な丸い目からは敵意は一切感じられず、どこか憎めない可愛さもある。どうやら煌髪龍は本当に自分達が住んでいる階層に入ってきた見慣れない物に対して興味をそそられ、遊んでいるみたいな感じだ。霜之襲撃龍の獰猛な性格とは真逆と言っても良いが、その性格から現れる行動には大差は無い。執拗に獲物を追いかける行動が執拗に玩具を追いかける行動に変わっただけだ。そう考えると煌髪龍の好奇心で攻撃を仕掛けてくる行動はかなり厄介だ。
敵に回す必要も無いのだが、何も対処をしないと俺達が危険に晒される。だけど、明確に反撃をしてしまえば煌髪龍は明確に俺達を敵として認識するだろう。そこら辺の駆け引きは難しい所だ。俺はどうにかして煌髪龍を引かせる事が出来ないか考えた結果隣にいる巨体の竜種の方をジト目で見つめた。




