397話 傍観者
ただ、シャドウウォーリアは強い水流のせいで推進力を得られないぞ……?亜蓮それは勿論分かってるよな……亜蓮の投擲が必中って言っても推進力がゼロでは必中する物も必中しない。まぁ、シャドウウォーリアじゃなくてシャドウナイトならば普通に使えると思うぜ。アビスに通用するかどうかは置いといてな。
俺のリクィディティエンチャントで出来る限りのサポートはこなすつもりだ。アビスにとって先程の攻撃ですら小手調べの攻撃らしいから、これからどんな攻撃が来るのやら……相手に地の利があり過ぎるぜ……。俺は一旦リクィディティエンチャントを使用して水中を移動して、風のバリアの中に戻る。その際に何度かアビスは俺達を試す様に攻撃を試みるがその攻撃は全て亜蓮に向かい、逸らされる。その様子を見たアビスは顎に手を当ててから何かに気が付いたのか黄金色の首上に伸びる頭の眼球を不気味に光らせた。
「気づいたな。亜蓮の技のカラクリに」
この戦いで貢献が難しそうな添島が悔しいのか顔を引きつらせながらポツリと呟く。アビスは亜蓮のディレクショナル・リムーバルの仕組みに気づいた様だ。だが、それに気づいた所で対処するのは難しいし、亜蓮は微妙に性質の違う技も持ち合わせている。
けど、アビスの野郎……煽りは下手だが戦闘センスは良いみたいだな。七十九階層に部下を置いて情報収集から入る点と言い、いやこれはただの迷宮の設定されていたギミックの可能性が高いが、これは長期戦も危険か?
「おい、重光。風のバリアは最大でどれくらいまで広げられる?」
「この水流の強さだと半径百メートル位だと思う」
「成る程。ダメ元なんだが、アビスを風のバリアの範囲内に誘い込めないか?」
「やってみるわ」
俺はダメ元で風のバリアを広げる作戦を思いついて重光に提案してみたが、思ったよりも行けそうだ。アビスが直接動いた所を見た訳では無いが、重光の風のバリア展開速度も中々速い。アビスを水が無い場所に誘導できれば俺達の勝機はかなり上昇する。
この場所の地の利が相手にあるのならば、その地の利を取り消すまでだ。重光以外のメンバーはアビスの行動を遅延させるのに全力を注ぐしか無い。
風のバリアの範囲外でもまともに活動出来るのは俺、激しい水流のせいで多少機動性は落ちるものの本来のスペック以上又はそれなりに活動できるのがアクア。無理矢理にはなるが、かなりスペックを落として活動可能なのが尾根枝。自身は動く事は出来ないが、活動可能?なのが山西である。
添島はオーラドーム状態でも水中では思う様に動けない筈だ。それに山西は水中では限界超越は使えるが、アビス相手だとレジストされてしまう事が分かった為補助魔法に回るしか無いだろう。最悪、水を酸素と分解して呼吸できる水を作り出す手があったのだが、それもアビス戦では使えない。と言うかそれを使うほど長期戦になったら不味い。
アクアを戦闘に使う選択肢は大いにある。基本的なスキルがオリヴィエと聖属性魔法や、水系統の魔法やスキルで、最近は身体能力も高く、雑魚相手だとスキルや魔法を使わなくても完封出来る位のステータスの為かなり貢献してくれるに違いない。
だが、問題点が一つある。大きくなり過ぎた。尾を含めると体長二十メートル近くまで成長しているアクアは水流を操る敵相手だとアクアの巨体は俺達にとってかなり邪魔だ。下手をすれば敵に良い様に使われ、盾にされてしまう可能性もある。それに今は風のバリア内では緊急脱出用や添島や尾根枝の移動手段に使える為、待機と言う選択も悪くは無いのだ。
悩みどころだが、風のバリアで広範囲展開する作戦ならば、アクアは添島と尾根枝、亜蓮を積んで水から離れたアビスを襲撃するのが一番良いだろう。
俺はまず、水中に戻りリクィディティエンチャントを発動してアビスの方向へと加速し、突撃する。アビスの背後から回り込む様に……そのタイミングでアクアは亜蓮を回収して亜蓮はディレクショナル・リムーバルを発動させる。シャドウナイトは陸上機動じゃないと速度の減衰が酷いんだよな……確か。陸上機動でもナイフより速度は劣るけどな。
取り敢えずまずはアビスを引き寄せる。だが、当然アビスも安安とこちらの手に引っかかる様な事はしない。アビスは俺の方へと長い尻尾を振り払いながら水流の渦を生み出し、その上亜蓮に向けて大質量の水を纏めて噴出させる。
亜蓮がヘイト稼いでてもこれだけの攻撃を俺に向けて放つか……。それでもこの威力ならばリクィディティエンチャントで防げるけど……こいつ……俺が操る物質の量が多ければ多いほどマナを多量に消費してしまう弱点を見事に突いてやがる……。
一直線の水の塊をぶつけてくるのならもう少し少ないマナ消費で済んだのだが、渦状にやられたんじゃ困る。だが、今アビスは確実に重光の魔法の効果範囲内に入っている。それに俺はアビスの背後に回り込んでいる為アビスの逃げ道は塞いだ。
アビスは逆に自分が放った渦で逃走経路を塞ぐ事になった筈だ。今だ。風のバリアの効果範囲を拡大しろ!俺がアクアに遠隔で合図を伝え、それを聞き取ったアクアが低い声で唸り、重光に俺の合図を伝える。
その瞬間俺の周囲が風のバリアで包まれ水で覆われていた空間は空気で満たされる。そして、アビスが放った渦は霧散……しなかった。
アビスは自分で放った水の渦を体に巻き付けていた。その水流の渦は風のバリアの外まで繋がっておりアビスがいる空間だけが水中になっていた。
《考えたな。だが、それは浅はかと言わざるを得ないな。これくらい俺が予測していないとでも思ったか?二度同じ手は食らわない。対策法が分かればな》
そうか、こいつ……吸収野郎戦を観ていたのか……。俺達の脳内には俺達を嘲笑う様なアビスの不快な声音が無限に反芻していた。




