295話 外壁前の攻防戦
気持ちの良い陽射しを浴びながら、防護シェルターを瓶に戻して久しぶりの気持ちいい朝を迎える。今が朝なのかと言うのは実際は分からないのだが、朝と言う事にしておく。
昨日戦ったアークアンゲロスの部隊はあの二部隊だけでは無かった。
六十二階層の探索を進めるにつれてアークアンゲロス率いる部隊とは三回遭遇し、全て逃走は諦めて、確実に撃破した。
最後のアークアンゲロス率いる部隊には黄金の鎧を纏ったキュクロプスの姿もあり、天使達がこの階層のモンスターを手なづけて自分の手下として使っていると言う場合もあると分かった。
天使達の実情は妙に人間臭いと三回の天使達との対峙で俺は何と無くそう思った。
途中嘆キ之人鳥と言われるハーピーの一種であるモンスター。通称、バンシーハルピュイアに遭遇した。今までにこのエリアでも見た事の無いモンスターで単体で出てくる辺り珍しさを感じた。
ハーピーとは、人間の女の姿をした上半身と鳥の体と翼を持つ異形の存在で人鳥と明記されている。ファンタジーではかなりの割合で美人の姿で描かれており、歌を歌うとされているが、この世界のハーピーは違う様だ。
嗄れ、骨に薄い皮膚が張り付いた様な死体の様な皺くちゃの醜い顔をしており、長い髪の毛は黒ずみ、縮れている。上半身の皮膚の色は灰色に染まっており鳥の様に鋭い赤い瞳は常に血に飢えている。
禿鷲の様に薄汚れた密度の低い大きな翼を持っており、足の爪は鷹の様に鋭く太い。
その生態は獰猛で目に入る者の血肉を集団で貪り、死体を貪った直後に自身の糞などを撒き散らして行くと言う絵面的に極まりなく自主規制されそうな奴である。
一方バンシーハルピュイアは二つの頭を持ち、片方の頭は常にカタカタと首が座っていない様子で動いており、不気味だ。
もう一つの頭は黄金の半分に割れた画面を被っており、見えている半分からは筋繊維が露出した嘆きの顔が備わっている。
バンシーハルピュイアは強力な幻想と状態異常を使って来ると言う。特に貪之咆哮は俺達が耳を塞ぎ、倒れこむ程のマナを乗せた音量と甲高い声で叫び、視界を包む程の黒い小鳥を呼び出す。
その大量の黒い小鳥達は対象を選ばず、ハッシュロアで倒れ込んだ対象全てを貪る。
正直、重光のトレラントヴェールをかけていなかったら割と詰んでいてもおかしくは無かった。それ程までに強力な敵だった。
ただ、耐久力は他のモンスターに比べると低めではある為、精神攻撃と数の暴力とも言える貪り攻撃の対象さえ出来ればそう苦戦はしない筈だ。
普通はその対象が出来ないために何も出来ずに屍にされてしまうんだけどな。俺達の場合はオリヴィエと言う万能的最終手段もある為に対応力は高く、不測の事態でもある程度は収集がつく。
もう二度とバンシーハルピュイアとは戦いたくは無いとその時から思った。実際バンシーハルピュイアは希少な様で個体数はそう多くない為そこまで遭遇する事は少ない。
寧ろ、あんなのが沢山いたらそれはそれで問題だろう。ハーピーをお胸が大きくて綺麗なお姉さんでハーピーとの恋物語があるとか考えてはダメだ。あんなのは幻想である。
だが、天使の中にも堕天使はいるし、同じ種族でも容姿、行動、戦闘能力などは迷宮産と自然産でもかなり異なるらしい。実際にマナの濃い迷宮だと普段は弱い筈の種族のモンスターが強かったりする。基本モンスターはある程度の水準の強さを超えるとその場所に適した進化を遂げる事が多いが、進化せずに容姿などの要素を保ったまま戦闘能力がマナの力によって増幅されている種なども存在する。その為、ロークィンドの世界には清楚な美人なハーピーお姉さんもいるのかもしれない。
そう考えてあげないと先程バンシーハルピュイアを見て割と絶望感に満ちた表情をしている亜蓮が何か気の毒になってくる。あいつは常に幻想や妄想で生きてる様な奴だ。
異世界に来たって言うのにそれでも妄想や幻想に埋もれたままであると言うのは彼の闇は相当深いと見て間違いはない。いや、病みか。別に嫌味では無い。
ここでダジャレをぶち込んでくる辺り俺も俺なんだが、野営を終えてからバンシーハルピュイアを含む複数の戦闘の繰り返した俺達は既にあれから数時間が経過していた。
もう、敵モンスターも賢くなって来たので敵の目を欺く事は諦めて見つかるの覚悟で割と俺達も駆け足で次の階層を目指していた。
相当運が悪く、囲まれて地形に相手の分があり、俺達がヘマをしたとか無い限り多分今の俺達が敗走すると言うのは考えにくい。
数時間の道のりを経てから地平線の向こうにまた巨大な外壁が姿を現わす。
六十一階層と仕組みが同じであれば、あそこにもアンゲロス達が武器を構えて俺達を待ち構えているのだろう。一度見た同じ形状の外壁があったならば先程と同じように敵兵が待ち構えていると警戒するのが普通である。
六十二階層から出現した複数のアークアンゲロスの事を考えるとアークアンゲロス率いる部隊が複数隊外壁の所で常駐していてもおかしくは無い。
二部隊ならば、外壁の中に何とか逃げ切れるかも知れないけれど、三部隊、四部隊と数が多いと流石に逃げ切れない。
六十一階層の時に現れたアンゲロスの部隊とはレベルが違うのだ。アークアンゲロスが一体いるだけでもアクアでの逃走はかなり難しくなる。
それなのに、部隊数が増えると戦闘にも危険が伴う。うーん。参ったなその可能性が確定な訳では無さそうだけど流れ的にはそうなっている可能性が高い。
となると、遠距離からの狙撃か?果たしてそれが可能であるのかどうか判断に迷う。実際にアークアンゲロス達の視認範囲はかなり広い。五百メートル以上離れた場所からでも普通道路を走る自動車以上の速度で移動する俺達を見失わずに追尾できる程の性能だ。
あの追尾していたアークアンゲロスの部隊は潜伏部隊からの伝達で俺達の場所を察知していた可能性もあるがその辺は分からないし、連絡が取れるのかも分からない。
これだから、賢いモンスターは嫌なんだ。単純な戦闘能力のゴリ押しの強さでは無くなってくるから非常に面倒臭い。
となるとだ。ほぼ確実にアークアンゲロス達は潜伏部隊を隠して位置を察知してくると思っていて良いだろう。備えあれば憂いなしだ。それにアークアンゲロスは俺の地雷を即座に見破って遠距離攻撃に切り替える位の判断力も兼ね備えている。
所詮は迷宮産のモンスターだと思って舐めてはいけない。
外壁から一キロ程離れた場所まで近づいた俺達は作戦を決行する。亜蓮と重光をアクアの背中に乗せ、遥か上空に向かわせる。
アクアに何か問題があれば、俺に伝達する様に指示して正面から巨大な外壁に向けて俺達は走り出した。
遠くからでも少し見えた。黄金の鎧を纏ったキュプロクスも複数体常駐している。
空中にも敵がいればかなり不味いな。
(不味いよ。鎧を纏った天馬が複数体こちらに向かってくる)
何だと?俺の嫌な予感は的中し、俺はアクアのその声を聞き頭を抱えた。
さて、二回目の指揮官対決……今回はマジでしくじったら終わりだな。俺は三人で走りながらアクアに指示を返した。
直接重光と亜蓮に指示が伝わらないのが残念だが、あの二人なら何とかやってくれる筈だ。そう信じている。




