291話 巨大外壁と巨人
天使の襲撃から俺達が歩く事、一時間が経過して花畑はただの草原へと姿を変えた。
取り敢えず、ここの階層の敵はかなり受動的な奴が多いのでこちらから攻撃しない限りは攻撃してくる事は少ない。
俺達を自分から狙って殺そうとする奴らは本の数種類だったと思う。先程俺達を襲ってきた天使系統や、好戦的な鳥類など種類は様々ではあるが、強さ的には大した事は無い。
ただ、翼を持っているモンスターも多く、空を飛ばれると多少面倒ってのもあるし、ソーラーサィヴンを攻撃の際に巻き込み、怒らせた時同様に近くの受動的モンスターなどを戦闘に巻き込んでしまわない様に調整が必要だった。
草木の高さも低木と言える程低くなって来た所で、巨大な外壁が遠くに確認出来た。
ここからその外壁まで距離にして十五キロは離れている筈だ。それなのにこの位置から確認出来るって事は相当デカイなあれは……。
まるで巨人が住んでいる家の様だ。それと同時に城壁付近でしゃがみこんでいる三つ目の巨人の姿が確認出来た。
おいおい、あれを相手しろって事か?今までと明らかにレベルが違う気がするんだが、大丈夫かよ。
とにかく近付いて見ないと何も分からない。そう思った俺達は周囲に敵がいない事を確認してゆっくりと歩いて城壁まで向かう。
途中何体かのアンゲロス達に襲われたが、範囲攻撃は使わない方針で体術中心に立ち回って周囲への被害を極力軽減させた。
城壁の方向へ近づくにつれて、アンゲロスの襲撃が増えている気がするのは恐らく気のせいでは無いだろうな。
正直あの巨人を起こすのは気が引ける。距離にして五百メートルの位置まで近くに寄って見て俺は気がついた。あれ、エリアモンスターじゃねえか。
巨人の高さは五十メートルを超え、ムキムキで引き締まった身体の半分が植物の根で覆われた様な見た目をしている。植物の根が筋繊維の様に絡みついた腕は一振りで大地を破壊し、俺達を破滅に導きそうだ。
多分、少しは戦えるだろうけれど、倒すのはここら辺の雑魚モンスター相手に割と無双している俺達でも無理だろうな。
今までもそうだが、エリアモンスターの強さはその階層のモンスターと比べると異常な程に強い。そこをやっと攻略出来るレベルの冒険者達が出くわしたら詰みと言われる程に強い。
城壁の周りには複数体の騎士槍を持って直立不動で立つアンゲロス達が周りを確認している。
門番もいる事からあの巨人……ジャックズジャイアントが起きるのはほぼ確実だと思われる。ジャックズジャイアントと言う名前から分かる通りかの有名な童話の巨人さんである。
ジャックズジャイアントに関しては珍しく、ジジイの図鑑にも記述があった。ジャックズジャイアントは巨大な身体を使った近接戦闘を得意としており、植物の太い根を急速に成長させたりして攻撃する事もあるらしい。
何か、ヒュージトレントと人型モンスターを合わせた様な能力だな。ジジイが記述を書くって事はその規模と威力は桁違いなんだろうけどな。
童話通りの設定であれば、巨人さんの宝物を漁ったりして大きな物音を立てて起こさない限りは無害と思われるが、まず、アンゲロス達が警備を担当している時点で胸騒ぎがする。
ほぼ確実にあの巨人は起きるだろう。起きた場合に倒す方法はこの天空島から落とすってのが恐らく良い方法だとは思うが、生憎ここは迷宮で、階層の狭間から逃げた方が早い可能性も考慮出来る。
だけど、未だ数十キロしか進んでいないのに、城壁が現れたって事は階層の狭間はまだまだ先だ。ここは一旦野営をして巨人に備えるって言うのも手と言われれば手だ。
「防護シェルターを張る。アンゲロス達が襲って来た場合は速やかに迎撃。周りの受動的モンスターに対して被害が及ぶと判断した場合は速やかに仲間を呼べ!」
「「了解!」」
取り敢えず、第六感が優れている上にテントに入りきらないアクアは外で見張り兼待機で、単体でアンゲロスを楽々撃退出来る添島も外待機だ。
添島は数時間で交代となっているが、ここの階層も太陽が上がりぱなしで時間の感覚があまり無いので、自分の交代したいタイミングで呼んでくれと指示した。
結局何回かアンゲロスの襲撃を受けたものの周囲の受動的モンスターの攻撃を受ける事は無かった。GJだ。
さて、問題は目の前にある訳なんだが、策は一つしか無い。強行突破だ。
黒く一切の模様がついていない見上げる程の高さを持つ城門は意匠が凝らされていなくてもそれが逆にデザインなんじゃないかと思わせる程威圧感がある。
それだけの大きさを誇っていた。全長五十メートルを超える巨人が少し小さく……は見えないな。流石に五十メートルを超えている巨人を見て、それより巨大な外壁があるって言ってもデカいもんはデカい。
だが、出入り口はどこにも無い。天空島エリア最初の鬼門はここになりそうだな。
巨人を起こさずにここを通る方法はほぼ無いと先程言ったが、それはあくまでこの城門の場所を潜る場合の話である。
この広い外壁を辿って横から侵入すれば巨人は起きる事も無いし、俺達も中に侵入出来る。
この城門に小さな扉が無いのは単純に必要が無い為だと思われる。恐らくここを守る兵士であるアンゲロスなどは翼を持っており、上空からの外壁の出入りが出来る。
それに、入り口を作ってしまえば、入れる必要の無い敵を入れてしまいかねない。天使達にここまでの知能があるのかどうかは分からないけど、ここが、他の街や人間などと交流があるのならば恐らく小さな出入り用の扉を作っていただろう。
だが、ここは迷宮である。そんな交流は元より必要としない。だから、ここには小さな扉は必要無い。
外壁と五百メートル程の距離を維持しながら迂回した俺達はアンゲロス達の警備の薄そうな場所を狙う。
正直、既に周りは花畑でも無いし、草木も低木程度の長さになって来ているので範囲攻撃を行っても延焼の可能性は低く、外壁の中に逃げ込めれば受動的なモンスターの攻撃も防げる為、ある程度の数のアンゲロスは相手に出来る。
そう言う事もあって俺達が道を決めるのに戸惑う事はそこまで無かった。
空中で高い機動力と人間の様な体術を会得しているアンゲロス相手にザイルで外壁を登るのは危険だ。
その為、俺達は二回に分けてアクアの背中に騎乗して外壁の内部を目指す事とする。
添島が圧倒的に体重が重い為、当然添島が乗る時は二人だ。
二回に分けてアクアで外壁内に入り込む作戦は思ったよりも上手く行った。何より、アクアが強く、襲って来るアンゲロス相手に尻尾で返り討ちに出来るレベルだ。
アンゲロスの身長は一メートル八十センチ程と外国人の平均身長位で俺からしてみてもあまり大きいとは思えない。それにアクアはまだ子竜で俺達以上に成長する。
俺達の場合純粋に技術やマナの量、身体能力などが向上するがアクアの場合は体長も大きくなっていく。フロストレイドドラゴン位の戦車の様な相手でも軽々吹き飛ばす程の威力を持つアクアの鞭の様にしならせた尻尾攻撃を人間サイズのアンゲロスが空中で受け止められる筈も無かった。
それでも、アクアの尻尾の攻撃を食らって尚、翼を羽ばたかせてアクアを追いかける辺り、アンゲロスの実力の高さが窺える。俺達は勇者の力も借りて得た超人的な身体能力で楽々対応しているが、やはりAランクモンスターと言われているだけの実力はある。
外壁内へと入りこむと虹色の薄い膜が張ってあり、そこを潜るとアンゲロス達が追ってくる事はなかった。
え、まさか……。
俺達が驚くのも無理もない。この虹色の膜は階層を越えた合図だ。
つまりーー
俺達は六十二階層へと足を踏み入れた。




