289話 光れない豚はただの豚だ
それにしても、おかしいな。ゴールデンフェング達の襲撃を受けてからモンスター達の襲撃を受けていない。
他の階層だったならば、血の匂いを少しでも漂わせただけで周辺のモンスターが一斉に近づいて来るのが普通である。
海階層が良い例だ。水中と言う環境故に嗅覚に特化したモンスターが多く、数十キロ距離が離れた場所の匂いを嗅ぎ分けて襲ってくるモンスターもいた。
そう考えるとここは平和である。本当に天空の楽園と言われても俺はその言葉には疑問を抱かない。
だけど、全体的にほんわかとしている雰囲気でも舐めてはいけない。凄く弱そうに見えるモンスターでも、えげつない攻撃をしてくる。ゴールデンフェングなども、呆気なくやられた様に見えたが、アクアが居なければ倒す手段は無かったし、飛竜の鱗をも貫通する威力を持つ不可視の刃は恐ろし過ぎる。
純粋な飛竜種代表のフロストレイドドラゴンと比べても、相手したくないのはゴールデンフェングの方だ。
何かとあれから比較対象にされまくって可愛そうなフロストレイドドラゴンだが、theドラゴンって感じで凄く比較対象にし易い。悪く思うなよ?寧ろ、戦闘シーンが無くても名前だけ出して貰ってるだけ良いと思ってくれ。
何処かで出て来たオネエキャラとかよりよっぽど名前出してもらってるからな?
最初は遮蔽物一つ無かった敵一匹としていない周囲を眺めていた俺達だったが、目印など一切無い花畑をオートマップに従って暫く真っ直ぐ進んでいると地上に第一モンスターを発見した。
ゴールデンフェングは空中なので除外する。
もしかしたら、ゴールデンフェングと違って翼以外にも……それこそ、全身を透過出来る様なカメレオン的なモンスターがいる可能性も否定出来なかったが、あくまで俺が視認したモンスターに限る事とする。
何か、ここのモンスターって金色好きだな……先程のゴールデンフェングもそうだが、目の前にいる豚さんも背中にアヌビス神とかが着てそうな金色の飾りがじゃらじゃらとした僧衣を身につけていた。
いや、あれは僧衣では無い。皮膚だ。豚さんの皮膚が変異してあの様な形になった物である。あれだけ、キラキラしていると直ぐに見つかって狩猟されて高値で売買されそうだけど、恐らくあの豚も強い。
モンスターの色を詳しく知らないのはまたジジイの図鑑に原因がある。紙を製造する技術は素人には難しく、機械も無いこの場所では製作が難しい上にロークィンドでも高価だ。
俺がこの迷宮で出会った人物達の中で持っているのを目撃したのはエルキンドとカオストロ位しかいない。
それでも、持っている枚数は極少数だと思う。
その為、羊皮紙に図説をジジイは記していた。染料は木の実とかで作れるのだろうが、ジジイにとって色はそこまで拘りが無かったのだろうか?いや、ただ面倒だったのだろうな。図説は詳細な線画に言葉での色の説明文が加えられているだけだ。
一部のモンスターだけ色がしっかりと付いていて、ジジイが暇つぶしで塗ったと言う事は容易に想像出来た。
話を戻すが、普通にこんなに無防備かつ、目立つ進化をこのモンスターが遂げたと言う事はそれに意味があると言う事だ。
ゴールデンフェングはまだ遥か上空を飛んでいる為、カモフラージュの為だと言うのは何と無くわかる。
だけど、この豚さんに限って言えば、特にあの色が虫を集めるとか言う効果を持っている様には見えない。多少太陽が反射して眩しいってのはあるけれど、それでも少し無理がある。
いや、遮光クリスタルレンズ込みで眩しいって時点でかなりの眩しさか。
それでも、俺達に一切の敵意を見せない様子は完全に狩られる獲物だ。
まぁ、普通はこんな高度の場所に生息している豚って訳で、中々ここまで狩りにこれはしないと思うけどな。
ジジイの辞書によるとこの豚はソーラーサィヴン。ソーラーって単語から何と無く想像出来るが、図鑑の説明文曰く、光る。味は美味い的な事が書いてあった。
ジジイは味音痴の為、その肉の味情報ですら正直全く宛にならない。
『飛べない豚はただの豚だ』って言葉があるが、光らない豚はただの豚だって事か?正直、この天空島は食の宝庫の代わりに見た目とのギャップが激しくモンスターが多い気がするな。それに、少し見た目から宗教臭を感じる。
味は気になるけれど、向こうから襲って来ないならばスルー安定だ。自分達から要らぬ戦いをするもんじゃない。
未だ天空島のモンスター達の中で肉食だと思われるモンスターを確認出来ていない。まだ、ソーラーサィヴンとゴールデンフェングしかモンスターしか見かけて居ないと言うのもあるが、大抵の階層では先に肉食モンスターの奇襲を受ける事が多い。
この状態がおかしい事は既に俺達は気が付いていた。草食モンスター達は俺達を襲う必要が無いのだ。自分のテリトリーに俺達が入って防衛本能を刺激すると言う事はあっても俺達を食らう事は無い。
だが、肉食モンスター達は自分達の生命を維持する為に獲物を狩る必要がある。生態ピラミッド的に数が少ない筈なのに、普段肉食モンスターに良く襲われるのはそう言う理由からだ。
多分この階層にも肉食系のモンスターはいるのだろうけれど、先程あれだけ美味そうな香りを辺り一面に撒き散らしてもモンスターが反応する事は無かった。
まぁ、迷宮のモンスター達は野生と違ってマナの力によって創造される事もある為に、生態ピラミッドなんて宛にはならないんだけどな。
俺はそう思いながら花々をむしゃむしゃと頬張っているソーラーサィヴンの横を通り抜けようとする。
「プギィ?」
いつもならば、通り抜けようとしたその時!的な展開があるのだが、今回は無いのか?警戒するに越した事は無いので警戒はしていたが、あまりにも平和な情景に俺は逆に驚く。
いや、無いなら良いんだけど、俺割とトラブルメーカーと言うか何かを惹きつける能力があるって最近自覚し始めたから、逆にこう言うの無いの何かあるのじゃないか?と疑ってしまうのだ。
まぁ、偶にはこう言う事もあるかーー流石にフラグ職人の俺でもーー
「おい!何か正面から飛んで来るぞ!」
「っ!?フラグ職人かよ!」
「お前何言ってんだ?」
少し格好つけて、兜を斜め下に向けた状態でふふん。と含み笑いをして豚さんを眺めて真横を通り過ぎてから数秒後の事だった。
先方を歩いていた亜蓮が突如として半身を引いて少し大きめのピックの様な形のマナのナイフを右手に一本作り出して右脚で勢い良く踏み込んで前方斜め上に全身の力を使って投擲する。
俺の発言に対して添島が突っ込むが、何言ってんだ!は俺のセリフだよ!恥ずかしいので声には出さないが俺の心の声までは添島には聞こえていなかったようだ。敵襲だと言うので添島の声は全く焦っておらず俺の発言に呆れていた。
当然俺もあの発言は心の中で独り言を呟いた直後だった為心の声が出てしまっただけだ。別に焦った訳ではない。
亜蓮の手から解き放たれたナイフは音速にも迫る速度で空中から俺達に迫る物体に飛翔し、ガラスが割れる様な音を立てて突き刺さって割れた。
硬い!亜蓮のマナを圧縮したナイフが割れるって言うのは相当な硬さだぞ?しかも、今回亜蓮が生成したナイフは刺突特化で少しサイズも大きめのしっかりとした奴だ。
だが、問題ない。超遠距離戦じゃなかったらどうとでもなる。
「内部圧縮属性付与 雷!!!」
飛んでくる物体の速度は俺が目で追えない程でも無い。これならいける!この攻撃は硬さが自慢のモンスターでも全身に電気ダメージと麻痺を与えて動きを奪う為、威力重視の火属性のインプレスエンチャントよりも拘束特化だ。
俺は右腕に電気を纏わせてビリビリと紫電を放たせる。
「お前らちょっと離れろよ!巻き沿い食らうぞ?」
この技は地面を伝って周囲の仲間達にもダメージを与える可能性があるから一応叫んだものの仲間達は俺が手に紫電を纏わせた時点でまたコイツ格好つけてるや。みたいな冷ややかな目で避難していた。
少し悲しい気持ちになりつつも、俺は空中で機動を変えて俺の方へと左腕を突き出したそのモンスターの腕をしゃがんで回避してそのまま左手で掴んで横に流して右手で頭を掴んで地面に叩きつけた。
火属性を使わなかったのは周りの花畑を破壊したく無かったと言うのもあるし、燃え広がってしまうとかなり面倒だと思ったからだ。
地面に俺達を襲ったモンスターが叩きつけられ、その瞬間周囲に青い稲妻がビリビリと走る。そのモンスターの身体を駆けたその稲妻は草花を一瞬にして伝い再び俺の右腕に収束する。
そして眩い光が周囲を覆い、俺の手元のモンスターは全身に紫電を纏う。
ん?おかしいな。モンスターの内部で電気が抵抗して内部延焼する様に電気を流し込んだ筈なのにこいつーー!?
「ブヒィ!!!」
目の前の敵に予想した状態と違う現象が起こって動揺していると後ろから豚さんの声が聞こえて俺は背中に大きな衝撃を感じて前方に数十メートル吹き飛ばされて手をついて自分の身体を起こす。
やっぱり、こうなるよなぁ。俺が吹き飛ばされて大きく抉れた地面を見てその衝撃の強さに驚きながらも背中の土埃を払って俺は正面の敵対した二体のモンスターを睨みつけた。




