285話 天空の楽園
高度が上昇するにつれて強く、吹き荒れる突風に何度も吹き飛ばされそうになったがアクアの助けもあって何とか梯子が降りて来た島に辿り着く。
高度千メートル付近にある宙船に辿り着いた俺達は少し乱れた息を整えながらふかふかの草が生えた地面に寝転がった。
先程まで氷点下の地に立っていた為か、非常に気温は暑く感じるが、想定よりも暑くは感じなかった。この防具の防寒性を考えると通常の場所だとこの防具を着込んでいるとサウナの様に暑くなる。
だけど、ここではまだ耐えられる暑さに襲われた。となると、この防具を脱ぐとかなり寒い環境なのは想像できる。
だが、正直、この防具を着込んでこの温度と言う事は亜寒帯どころの寒さでは無いはずだ。それならば、普通はこの様に薄緑色の鮮やかでフカフカの植物は自生せずに、苔類が中心となる。
それに、高度千メートルと言ったらそんなに気温は変わらない。変わっても数度って所だ。
まぁ、迷宮の階層切り替わりって区分で考えれば高度故の気温などは殆ど関係ないとは思う。
地上は氷山階層の奥地であり、氷点下の気温である。その上空に位置しているのだから気温が下界より上がっていると言うのは氷山の階層と直接繋がっていない証拠であった。
ふわふわの明るい薄緑色の草が生えた地面から顔を起こすとそこが思った以上に小さい事に俺は気が付いた。
周りを見渡すも、この島は半径にして五十メートルも無いように思える。
先程上空に見えたあの巨大な島は何だったのだろうか?と思った矢先島が大きく横に揺れる。
また地震かと思ったが、どう言った原理で浮かんでるのかは分からないけれど、空中に島が浮かんでいるのだから揺れるのは当然かと俺は思って地面に寝そべる。
どうにかしようにも、転移碑も、進むべき道も何もないのだ。視界は雲で覆われて良く見えないし、この孤島から外に続く道もない。
そんな俺にどうしろと言われても、どうする事も出来ない。
揺れが始まってから数分後ガシャリと何かが内部に収納される様な音が聞こえ、島が縦に一回大きく揺れた。
島から振り落とされては堪らないと思って草にしがみ付いて宙に浮いた自分の身体が落下するのを何とか抑える。
そして、島は動き始めた。
上空に向かって島が空を飛んでいる。
空飛べるならば、最初から梯子の演出要らないから地上まで迎えに来てくれれば良いのにな。とか思いながら、猛スピードで上昇を続ける島から流れて行く景色を眺めて地面に俺は寝そべる。
普通ならば、この速度で上昇すれば、空気の圧力に押し潰されてしまうだろうが、不思議とそんな感覚は無く、風も無風だ。
感覚で言うと転移魔法に近いのだろうか?亜空間を高速で移動している様な気がするけれど、景色もはっきりと見えている為、詳細は不明である。
時間にしてほんの十五分の空のフライト?を楽しんだ俺達は地上から視認できた巨大な島に到着する。
先程まで俺達が乗っていた小さな孤島は島に沿う様に動いて巨大な島の地面に着岸して動きを止めた。
視界の先には悠久の大地とも例えても良い様な華やかな花畑が永遠と広がっていた。
悠久と言う例えを使った通り、土地は広く、遮蔽物もあまり無い。
極楽とも取れる花畑には紅やピンク、オレンジなど鮮やかな色をした花々が咲き誇っており、明るい雰囲気である。
先程まで空気中を覆っていた雲は全て消え去り、朗らかな太陽の光が上空からさんさんと大地を照らす。
久しぶりに早く先に進みたい気持ちになったが、流石にこの氷山階層様の装備だと暑過ぎてまともに行動できない為、巨大な島の入り口に設置された転移碑に手を触れて一旦拠点に戻る事にした。
拠点に戻ると同時にサウナの様な暑さを感じて即座に防具を脱ぎ捨ててマジックバッグにしまっていつもならば、転移碑の転移先にあたかも俺達がいつ帰って来るのか知っているかの様に立っている筈のジジイを探す。
相変わらず、ジジイは拠点に戻っていたものの鍛治場にいた。ジジイの手元にはジジイが普段使っていると言う黄金のパイルバンカーが置いてあり、動作点検も込めて整備や改良を施している様に見えた。
実際に俺達がジジイのメイン武器を見るのは初めてだったが、見ただけで次元が違う武器だと言う事を理解する。
単なる武器であるパイルバンカーではあるが、使われている素材がどれも分からない物で、武器本体から俺達以上のマナの力を感じた。
恐らく、素人があの武器を使ってもAランクモンスター程度なら簡単にねじ伏せられる位の威力が出そうだが、あれ程のものを扱うとなると並みの制御能力では扱えない。
素人があの武器を使えば反動で自身の体が消え去ってしまうかもしれない。それ程までにその武器に圧縮されて込められたマナの力は大きかった。
鍛治場で真剣な顔をしてブツブツと何かを呟きながら自分の武器を鍛えているジジイの近くに寄るとジジイはすぐに俺達に気が付いて装備品を回収してくれた。
ううむ。フロストバイトベビーモスの装甲も相当な量あるし、重量も重く、防寒性も高い。あの素材であれより防寒性を下げる事って出来るのか?
強いて言うならば、今回は防具の損傷が少ない。正直繰り返し使えるレベルでリヴァイアサンとフロストバイトベビーモスの素材も大差無いので改良する必要はあまり無いかもしれない。
若干フロストバイトベビーモスの方が素材が頑丈で加工しにくいってのはあるかも知れないけれど、絵の具を塗った様に輝きを無くした白銀の装甲はあまりカッコいいとは言えないな。
俺は白銀って表現してるけれど、薄い水色と言われたらそっちの表現の方が正しいのかも知れない。
フロストバイトベビーモスの装甲は粘膜と皮膚の二層で出来ている為に正しい色は無い。冷気を纏った際に多少白銀に見えるって事だから気にしなくてもいいレベルである。
久し振りに拠点で休みを取って次の日には既にジジイは鍛治を終えていた。
少し訓練でもしようと思っていたが相変わらず化け物じみた速度だ。
完成した鎧は薄水色の西洋の甲冑の様な形だった。
全員が身体にフィットする様に出来ており、かなり着心地は良い。若干フロストバイトベビーモスの皮膚は伸縮する為、動きやすさも抜群だ。その癖、強度も申し分無いのでかなり素晴らしい素材だと思う。加工技術さえあればな。
先程俺が素材に文句を言っていたのは加工難易度が高い為であった。
だけど、そんな事はジジイには関係無い。
武器はリヴァイアサンをベースに手で持つ部分の革をフロストバイトベビーモスの素材に張り替え、リヴァイアサンの鱗の斬れ味を生かしたまま、フロストバイトベビーモスの尾と背中のスパイクで補強している。
魔法職である重光も全身を覆う甲冑姿だが、腰の部分に少し遊びを入れており、何となくローブっぽい。
甲冑とは言っても、歩く際には音はせず静かである。
特に差し支えない見た目で、特徴もあまりないので今回はジジイもデザインよりも実用性重視で急いで作った事は理解した。
だけど、これでも性能は折り紙付きなのでジジイに感謝して再び俺達は転移碑に触れて転移する。
しかし、俺達が転移したのは先程の島では無かった。俺は迷宮攻略よりも先に行きたい場所があった。




