283話 老害の自覚
突如として巨大な氷柱に包まれたボス部屋に俺の心の動揺は隠し切れない。
大丈夫か?そう思った時だった。
バリィン!!!
「危っねえ!?亜蓮の援護が無かったら割と不味かったぜ!」
轟音が響き、フロストバイトベビーモスが形成した氷山が根元から崩れ、添島が大穴を空けて猛スピードで飛び出してくる。
添島の後ろを巨大な大木の様に太い、いや、それ以上の大きさを持つ尻尾が災害の様に真横に薙ぎ払い、氷山は跡形も無く消え去った。
フロストバイトベビーモスもようやく氷山に刺さった角が抜けてこちらを振り向く。
何があったのかはよく分からないが、とにかく無事で良かった。
添島の大剣の刃は半分氷に覆われており、何かの攻撃を食らったのは見ただけで理解したが、添島の身体は濡れているものの凍らされた形跡などは無い。
後で状況は添島本人から聞くとして、先にフロストバイトベビーモスをどうにかしないといけない。
先程みたいな攻撃がまた何度も来たら俺のチェインエンチャントでは防ぐ事は出来ない。
添島を攻撃役にしていたが、それも先程の状況から考えると難しいと俺は思った。しかも、フロストバイトベビーモスが動きを制限されている状態で尚且つ、初見の攻撃を防がれたのだから次も同じ手が通用するとは思わない方が良い。
「おい、俺が攻撃するのを失敗したみたいな感じで次の作戦考えてるだろ?」
添島の攻撃に少しムッと来たのか俺達の方に突進してくるフロストバイトベビーモスから走って逃走中の俺に添島が後ろから追い付き、ムッとした表情で文句を言う。
違うのか?外からは中の様子が一切見えなかった為、添島が何とか亜蓮と協力して攻撃を耐えて攻撃を諦めて脱出したのかと思ってたんだが……。
「あのなぁ……あれでもちゃんと俺は攻撃を奴に叩き込んだぜ?だが、途中で刃が通らなくなったんだ。見覚えねえか?この粘液をよ」
そう言われてみれば……添島の大剣の片刃の部分が凍っている様に俺は見えたが、このボス部屋に入る前に確認した粘液の様な物体と類似した物が付いていた。
「それで、止む無く撤退したと?」
「そうだ。あのまま攻撃を続けていれば俺は間違い無くあの太い尻尾の攻撃を食らっていたな」
つまり、その粘液はフロストバイトベビーモスの体液の様な物で皮膚を斬りつけた際に噴出して大剣を蝕んだって事か?新鮮な粘液に触れ続けると連鎖して色んな部分を凍らされてしまうって訳かよ。
となると……。
「「近接攻撃は無理だな」」
お互いが困った顔で言葉を合わせて話し、フロストバイトベビーモスが大地を踏みしめて突撃する方向を変える。
亜蓮が空中から援護しているのだ。シャドウウォーリアをアクアに乗った状態で発動してフロストバイトベビーモスの注意を奪っている。
アクア目掛けて先程発生させた氷柱よりも鋭く細い氷柱がナイフ諸共巻き込みアクアを狙い次々と形成されるがアクアはそれに当たる事は無い。
いや、正確には水球を口から発射してフロストバイトベビーモスの冷気の操作をレジストしているのだ。
こうやってあの二人が注意を稼いでくれている間にも重光の第二弾となる巨大火球が完成する。
先程はフロストバイトベビーモスの正面から放った為にほぼ完全に防がれてしまったが、亜蓮に注意が集中している現在どうなるか予測もつかない。
だが、先程ノーモーションで自身の全体を覆う程の巨大な氷柱を発生させた事から防がれる可能性はかなり高い。
だから、俺は添島に耳打ちする。
いつも通り添島は何も言わなかったが、何となく止めても無駄だって言う呆れた雰囲気が伝わってくる。
添島に行ってくると腕を勝ち合わせて俺は走る。奴のいる方向へと。
全身にマナを圧縮させた俺は空気中の冷気を退けながらフロストバイトベビーモスに向かって一直線に走る。
フロストバイトベビーモスは俺に気が付いたものの、亜蓮の対処に追われていてそれどころでは無い。いや、否。俺よりも強力な攻撃……最初に一度食らっている為、あの火球の威力は直接食らってはいけないものだと分かっているのだろう。
俺よりも重光が形成した巨大な火球の方へとフロストバイトベビーモスは注意を向ける。
どうせ、先程みたいに巨大な氷柱を発生させて俺諸共巻き込んで全てを止める予定なのだろうが、そうはさせない。
増してや、奴は自分の冷気のバリアにそれなりの自信を持っており生身で突っ込んで来る俺の気が知れないのだろう。
先程奴が添島の攻撃を浴びたのも亜蓮に指向性を突然変えられてしまった影響がかなり大きい。
だが、既にその技は一度見ている為、奴にはあまり効果が無い。俺はその奴の考える頭脳がある故の欠点を見つけていた。
フロストバイトベビーモスは確かに強い。
だが、自分でも言っていた『老害』と言う言葉に思い当たる事が多いのだろう。奴には一度食らった技を見て策を練って即座に対応出来るだけの能力がある。
最初に俺達に攻撃をさせたのもそれが大きい。しかも、フロストバイトベビーモスの攻撃は範囲、発動時間、威力、どれを取っても申し分無く、死角からの攻撃に対しても対応できる自信が奴にはあった。
それに耐久力も高く、一撃で俺達が奴を倒せる確率はほぼ皆無に近いのだ。
割と短気で敵に対して喧嘩腰だったリヴァイアサンとはほぼ真逆でフロストバイトベビーモスは殻に引きこもって策をじっくり練って行動する知能型の性格をしている。
だが、その分初見の攻撃に対しての対処は遅い。じっくり見てからでは遅いのだ。経験を生かす能力には長けているが、新しい事に対応する能力が少し欠けている。だから自らの事を『老害』と言ったのだろう。
全身に炎と電気を纏った俺は小声で呟く。
「業火に焼かれ雷鳴の音を聞け。全身内部圧縮属性付与! 雷纏不死鳥!!!」
俺の身体が真っ赤に染まり、メラメラと炎が噴き出す。身体の周りには青い稲妻が纏わりついており、走る際に俺は紅蓮の尾を引いて大地を駆け抜ける。
空気中の冷気と俺の肉体に纏った炎と電気が反応してバチバチと破裂音を鳴らして空気中で爆発を起こす。
俺の神々しい姿に驚いたのか一瞬フロストバイトベビーモスはたじろいで、反応が遅れる。
そして、急加速した俺の速度に焦ったのか、重光の火球がフロストバイトベビーモスに衝突する前に巨大な氷柱を発生させた。
俺はそのまま全身に圧縮させたマナを一気に解放して発生した氷柱に突っ込んだ。




