282話 覆い尽くす氷柱
フロストバイトベビーモスが動き始めた。その巨体はただ普通に動くだけで脅威となる。突如として空中に投げ出された俺は空気中に漂う異常なまでの水分量と直感で理解した。
あいつ、冷気で火球を打ち消しやがったな?
あの程度の攻撃でフロストバイトベビーモスがやられるとは俺も思ってはいなかったがまさか正面からあの火球を突破されるのは少し予想外だ。それでも想定内でもあった。
リヴァイアサンが海流を操った際の威力を考えれば、リヴァイアサンよりも奥の階層のボスモンスターであるフロストバイトベビーモスが弱い筈が無い。多少相性の問題はあるにせよ防いでくる事も一応想定内である。
火球の熱波の影響で少し温度が上昇していたこの場所は、フロストバイトベビーモスの反撃によって即座に冷却され、先程よりも低い温度となっており、フロストバイトベビーモスは更に強い冷気を纏っていて、少し離れた場所でさえ、シルエットを確認するのが精一杯になっている。
無論、更に強まった冷気が邪魔をして近くに近づく事は出来ない。
レゾナンスエンチャントを複数箇所で乱発させて近づくか?いや、それでは俺のマナが保たないな。短期戦で考えると割と無難な方法だが、フロストバイトベビーモスの耐久力と俺達の攻撃がどれだけ通用するのかが分からない以上はその作戦を決行するのはリスクが高い。
あの技ならば広範囲を一気に攻撃する事が出来るが威力の減衰が激し過ぎて格上相手との戦闘が多かった今まではあまり使う機会が無かった。
だが、実際に今回は敵が格下まではいかないものの俺達が完全に劣っていると言う事も無い筈だ。それに、この攻撃の目的は敵モンスターにダメージを与える事では無く、フロストバイトベビーモスが周囲に噴出させている冷気を取り除いて接近を可能にする事である。
それならば、この技は適正だと言える。
飛んで来たアクアの背中に着地して再び大地に即座に降り立った俺は両手の平にマナを集中させる。
火球を突破したフロストバイトバイトベビーモスは俺が現在進んでいる方向から見て、逆方向……奴から見て正面に向かって大地を揺らしながら走り始めた。
巨大な肉体故に走る速度はめちゃくちゃ速い。だが、少しずんぐりとした体型の為、スリムな体型で海中を回転しながら泳ぐリヴァイアサン程では無いと俺は感じた。
それでもフロストバイトベビーモスは瞬時に力強く大地を蹴って時速百キロ近くは出している。加速度もかなり速い。
あの何トンあるのか分からないレベルの肉体で尚且つあの速度でぶつかられたらひとたまりも無いのは確かだ。ここが住宅街であれば、家屋などを一切気にした様子も無く粉々に破壊しながら突進するフロストバイトベビーモスの姿が安易に目に浮かぶ。
「霧を払う!総員攻撃準備を整えろ!」
俺の声が聞こえたのかどうかは分からないが、冷気の霧が晴れれば何となく意図は伝わるだろう。
俺が走る方向とは逆向きに走るフロストバイトベビーモスの方を振り向いてマナの充填が完全に完了した掌を奴の方向へと向けて俺は力を解き放つ。
「連鎖属性付与 火!!!」
俺の掌から放たれた爆炎はボッボッと破裂音を立てながらフロストバイトベビーモスに向かって近づいていく。
フロストバイトベビーモスの全身を覆うほど肥大化した炎は奴の周囲の冷気と反応して爆発を起こし、冷気の霧を水または水蒸気に変えてしまった。
だが、継続的に奴の身体から発生し続ける冷気の霧はチェインエンチャント一発では消しきれない。
俺は連続してマナを空中に解き放ちながら、身体の向きを変えて走って奴の背中を追う。
チェインエンチャントは伝達する媒体が近くに多い程速く攻撃が敵の元へと届き範囲も拡散する。だが、その分威力の減衰速度も速く、継続的な火力や直接的な大ダメージは一切と言っていい程期待は出来ない。
チェインエンチャントの特徴はレジストされない限りは物資に同類のエンチャントを付与すると言うものだ。レジストされた場合は直接その媒介を通してダメージを与える仕組みになっている。
つまり、チェインエンチャントは早い段階でレジストされた方が高威力の攻撃が叩き込める訳だ。だが、最初に言った通りそれをする位ならばインプレスエンチャントの方が火力も出るし、使い勝手が良い。役割が元から違うのだ。
空気中に飛散しているフロストバイトベビーモスの冷気にはレジストされなかった事から直接冷気自体を操っているのでは無いと捉える事も出来る。
だけど、チェインエンチャントは少しでも伝達できる媒体が有れば即座に連鎖する。連鎖した物質にもよるが、レジストされても威力の伝達と言う意味では連鎖する事も多い。 当然、極端な威力の減衰は僻めないけどな。
フロストバイトベビーモスの身体の周りを俺の放った爆炎と奴の冷気が鬩ぎ合い、視界を晴らす。
フロストバイトベビーモスは突進を繰り出すも、既に奴の前方には誰も居ない。
アクアが後衛職の二人を担いで脱出させたのだ。
火球がフロストバイトベビーモスにぶつかった際に二人が後ろに吹き飛んだ事も奴がぶつかるまでの時間を稼ぐのに貢献している。
フロストバイトベビーモスは速度はそれなりに速く走れるものの機動力は良くないらしく、そのまま水晶で出来た氷山に頭から突っ込む。
大きな轟音が響き、氷山に亀裂が入る。大地もその衝撃を受けて揺れるが、そんな事は想定済みだ。背後がガラ空きになったフロストバイトベビーモスの背中を俺達全員が捉える。
フロストバイトベビーモスは巨大な尻尾を左右に振り回しており、背後に回ったものの誰も近づく事は出来ない。
それでも、俺達はこの動きを経験済みである。リヴァイアサンとの空中戦を繰り広げたアクアにとってあの程度の長さの尻尾は大した問題にはならなかった。
遊撃のポジションについているアクアが添島と亜蓮を回収して空高く舞い上がる。尻尾に触れてしまえばかなりの痛手を負う可能性が高いが当たらなければどうと言う事は無い。
しかも、単体キラーの亜蓮とデカブツキラーの添島ならば、それなりに信頼できる。
あの二人ならば相性は悪くは無い筈だ。逆に山西や重光は少し相性が悪い。特に山西はデカブツに弱い。いや、正確には強化魔法によるチーム全体的な強化は出来るが個人としての相性が悪いと言う意味だ。
俺は割と万能型だが、長期戦と超遠距離戦に弱い。
それぞれ、得意な敵と苦手な敵がいるが全員が揃う事で互いの弱点を補う事が可能だ。
アクアの背中を蹴った添島は、濃密なエネルギーを纏ってフロストバイトベビーモスに向かって大剣を引き抜き、急降下する。
濃密に圧縮されたエネルギーは添島が落下している際に尾を引いて視認できる程だ。空中にいる状態で添島は上腕を頭より上に上げて大剣を振り被った。
それに対してフロストバイトベビーモスは氷山に頭を突っ込んだまま動けない。
少し焼け焦げ、煤を付けた皮膚の表面目掛けて添島が大剣を振り下ろそうとした時だった。
突如として周囲の冷気が急速に増幅し、添島目掛けてフロストバイトベビーモスの身体全体を覆う程の巨大な氷の氷柱が俺の視界全体を覆った。
中の状態は一切分からない……それに俺のチェインエンチャントが途切れて、巨大な氷柱に阻まれて再び視界は濃密な冷気の霧に包まれた。
鎧を着ていても遠くから感じる寒さとノーモーションで身体が拘束されているのにも関わらず、繰り出されたとんでもない攻撃に俺の心は揺れていた。
どこが、戦う気が無いだよ!もしかして、戦う気は無いけれどしばらく戦線を離れて睡眠期間に入っていたから加減が効かないタイプか!?
添島の事だから何とかなってそうだが、無事な保証もない。
それ程までにフロストバイトベビーモスが放った攻撃は強力だった。




