277話 生命の氷水晶
左右巨大なな水晶に挟まれた狭い道に足を踏み入れた直後周囲の水晶同士が共鳴を始め、輝き始めた。
内部が、ぐるぐると回転して大理石の断面の様な絶妙な模様を形成して光を放つ。
どうやら、罠らしき物が作動した様だ。
しかし、亜蓮が言っていたのは、直接毒矢が発射されたりして即効性のある罠では無いと言う事……毒ガスとかの可能性も低めだと言っていた。
ただ、それはあくまで可能性の話であって実際にはその罠が危険な物である事は変わりないし、この狭い場所だとそう言う罠は回避出来ない可能性が高い。
「状態耐性覆服」
重光が状態異常の罠が設置してあると言うもしもの事を警戒して、トレラントヴェールを詠唱し、俺達全員の身体を淡い黄褐色の光が優しく包みこんだ。
これで例え毒矢や毒ガスが罠として設置してあったとしても効果時間や毒の効能を下げる事が出来る。スケルトンフィジーク戦で一切通用しなかったのは驚いたが、あれは階層ギミックに位置するので別の物と考えたい。
水晶の中の模様が変化して水晶の中から、鋭く尖った何かがニョキッと姿を現して次々と水晶の中に何かが生成されて行く。
それを見た俺達は走って狭い道を駆け抜ける。
流石に、俺達の速度で走り続ければ水晶で、何かが常に生成されてもそれを受ける前に逃げ切れる。
と俺は考えていた。
だが、その考えは甘かったと俺は気がつく事になる。
水晶の中から生成された何かは全身を露わにして咆哮をあげる。
全身水晶で作られた様な質感をしており、その姿は全身甲冑姿の戦士にも見える。四本の肩甲骨辺りから生えた腕には短めの水晶で作られた洋剣が握られており、甲冑の身体の関節は虫の様に嵌め込まれている。
細身の身体に付いた四本の腕はアンバランスで普通の人間やモンスターであれば立っているだけでバランスを崩して倒れてしまいそうだ。あのモンスターはジジイの図鑑にあったっけな?
あまり記憶には無い。俺の記憶が正しければあの甲冑姿のモンスターと言うよりも、あのモンスターを生み出した巨大水晶がモンスターだったと言う位置付けだ。
生み出された水晶の甲冑は小さな頭をぐるぐると一回転させると、二本の細い足を不気味にガチャガチャと動かして俺達を追従する。
次々と生成されて行く甲冑の数は既に二十を超えており、俺達は後に引こうにも引けない状態に置かれてしまった。
甲冑達は歪な上半身のせいで全体のバランスが悪くガチャガチャと耳障りな音を立てながら身体を揺らして猛スピードで俺達を追いかける。
正直、甲冑達の速度はかなり速いものの、俺達の逃走速度よりも若干遅い。これならば、普通に逃げられそうだ。
ただ厄介な点を述べるとすれば、次々と俺達の最寄りの巨大水晶から甲冑が生成されるので甲冑達を引き離す事は出来ない。
後ろから不気味な動きで、かなり距離が離れていても聞こえるガチャガチャと言う耳障りな音は非常に見ている方も気分が悪いのでさっさと退散して欲しいんだが、そうも上手く行く筈が無い。
あの甲冑達の戦闘能力は不明だが、俺は腕を振るう速度や走る速度と甲冑が奏でる音の重量感から考えてフロストレイドドラゴンよりかは弱いと判断している。
だが、三百六十度回転する関節部分と二対の長い腕での攻撃は間髪入れずに連撃を叩き込む事が可能で、油断は出来ない。
しかも、俺達が足止めされる事があれば間髪入れずにあの無限に生み出され続ける甲冑達は俺達を逃がしはしないだろう。
そこで甲冑達が動きを見せる。
後ろの方で脱落してしまった甲冑が水晶に回収される様に頭から吸い込まれて行く。
もしかして、同時に甲冑を展開出来る数には限りがあるのか?確かに無限に甲冑を出されてしまってはこの階層は実力不足の冒険者達にとってはかなりの鬼畜階層だ。
いや、この階層に入る以前にフロストレイドドラゴンが蔓延っている氷谷を越えてきている時点でこの階層で実力不足って言うのは考え難い事だが、海エリアまでの俺達がその実力不足で階層を何とか越えて来ている悪い例だから無理して来る冒険者達もいそうだな。
「前だ!敵が前から来るぞ!」
後ろから追いかけて来る甲冑達の姿を眺めながら走っていた俺達に対して突如として亜蓮が警笛を鳴らす。
正面に顔を向けるとそこには手元に持った洋剣を斜めに振り上げた甲冑が視線の定まっていない頭をゆらゆらと揺らしながら俺達に狙いを定めていた。
何故、前方にーー
俺はその疑問を持ちつつも横に地面を蹴って飛んで甲冑の繰り出した斬撃を回避する。
だが、俺は忘れていた。この場所が狭い場所である事を。
横に勢い良く飛んだ俺は真後ろに壁がある事に気が付いてオーバーインプレスエンチャントを発動。後ろに炎を勢い良く噴かせて手を腰に添えて左右両方の刀を引き抜こうとする。
だが、地面に突き刺さりそうな勢いで繰り出した甲冑の斬撃は地面に食い込んで尚止まらない。チェーンソーの様に上半身を回転させて出した二撃目の斬撃が俺に到達する速度は俺が刀を引き抜くよりも速い。
しかし、俺はそれを分かっていた。だからオーバーインプレスエンチャントを発動したのだ。ガキン!と言う音が聞こえて頭の鎧にヒビが入るが、そんな物は関係無い。俺の攻撃が奴に入ればそれで良いのだ。
甲冑の攻撃がフロストレイドドラゴンよりも単発威力が低い事は何となく分かっていた。だから強引にこの戦法を取った。
俺の刀は上半身を回転させる甲冑の関節に食い込んで二本の腕を見事にへし折る。
残りの二本の腕が俺を狙うが、既に俺はそこには居ない。
オーバーインプレスエンチャントを発動させたまま向かい側の壁を蹴って地面に着地して前方へと駆け抜ける。
俺達は隊列を組んでいる影響もあって、止まる事は許されない。
止まる事は命に関わる問題だ。後ろからも甲冑達が襲って来ており、悠長に相手取っている暇など俺達には残って居ない。
俺が負傷させた甲冑は一瞬で山西に流体化された金属で動きを固定され添島が流しに放った一撃で甲冑の胴体を真っ二つに粉砕させ、地面に崩れる甲冑に手を触れてマジックバッグに回収した。
次々と正面から襲いかかって来る甲冑達に対して俺達は戦闘の姿勢を取る事は出来ない。
俺が出来るのは敵の攻撃を流して負傷させて後ろの隊列の仲間に任せる事が最良の選択だと俺は思っている。
どうやってこの一本道で前方に回り込んだのかと思ったら後ろの水晶から前方に設置している水晶にワープしているのか。
俺はオーバーインプレスエンチャントを発動させたまま頭の防具に触れてマジックバッグに収納して、予備の防具を装着し、再び切りかかって来た甲冑の頭に飛び蹴りをかましてバランスを崩させる。
このままじゃ埒があかねえな。同時に出せる甲冑の数は決まっているみたいだが、合計生産上限みたいな物は無さそうで倒した先から復活しやがる。
しかも同時に出せる甲冑の数も約二十体と中々多い。
そこで斬りかかるだけでは俺達を仕留める事が出来ないと悟った甲冑は動きを変えた。
俺達を追いかける甲冑達の数を減らして前方に先回りした約十五体もの甲冑が二列編成で横に並んでバリケードを作り上げたのだ。
「添島!位置変更!」
それを見た俺は即座に添島に指示を出して速度を落として添島と位置を変わる。
添島は全身にエネルギーを纏って猪の様に急加速し、亜蓮をも追い抜かして最前列に躍り出た。
そして、走る為に下段に構えていた大剣を持ち替えて肩に担いで、走ったそのままの勢いで左脚を勢い良く地面について急停止。それで負荷がかかった力を全て変換するかの様に腰を回してそれに合わせて上半身も捻り高威力の薙ぎ払い攻撃を繰り出して前方の六体の甲冑達の身体を粉々に砕く。
あまりの添島の攻撃の威力にその吹き飛んだ甲冑の破片が空中を舞い、後方の俺達にも降りかかるがナイスだ添島。
しかし、俺は気が付いていなかった、奴らが何故二列編成でバリケードを組んだのかを。
単純に十五体もの甲冑達が並べるスペースが無かったのは事実だが、それをするくらいならば、後衛六体でバリケードを作ってから前方七体がランダムに襲いかかって来た方が普通に厄介だ。
つまり、奴らは作戦を組んで二列編成にしたのだ。
実際にーー
「何!?」
「添島!」
バリケードを組んでいた甲冑を軽々蹴散らした添島の表情がドヤ顔から驚きの表情に変わる。
その添島の足元はカチコチに凍り添島は身動きが取れなくなってしまっていた。




