276話 願わくば、我に罠の道を与えたまえ
洞穴から抜け出して数時間が経過して俺達は無事に五十八階層を突破する事に成功した。
あれから、何度か戦闘はあったものの体力もマナも万全の俺達にとってその戦闘はそこまで苦にならない物だった。ただ足を止めては囲まれる事は分かっていたので移動しながらの戦闘になった。
生き物の習性として動く物を見ると追いかけたくなると言うのもあるのだろうし、ヘイト管理や立ち回りを上手くやればかなり楽に戦えたと言う実感は俺の中であった。
竜の巣の奥地は行き止まりになっており、一際巨大な竜の巣が存在していた。その巣は遠目からでもはっきりと見え、半径二十メートルを優に超えていた。
その巣はエリアモンスターの存在を彷彿とさせたが、巣には生活感が無く、巣の主は既にどこかに旅立ってしまったかの様にも見えた。
亜蓮が巣に入り込んでチェックすると巣の裏に人一人入れるかどうか……と言う抜け道がある事を発見し、その穴を進む。
ただし、アクアはその穴を潜る事が出来ないので他に進む道が無いか辺りを確認すると、巣から出て岩山を超えると同じ場所に出る事が判明してアクアは空からの移動となった。
距離にして二キロ程の洞穴を進むと、洞穴は行き止まりになり、遥か上空に通気口の様な穴が確認出来た。
その穴を登る為にマジックバッグに収納していた鉤爪状のピッケルを取り出してその壁を登ると、アクアと何とか合流して武骨な黒岩だけで形成された広場に出る。
広場から真っ直ぐと正面を見据えると、アクアでも余裕で通れる程の立派なトンネルが整備されており、そこを潜り抜けると景色は一気に変貌した。
それと同時に俺は階層が切り替わったのだと認識する。
奇襲を警戒していたものの、思った以上にスムーズに階層が切り替わった事もあって敵襲は無かった。
切り替わった景色は先程とは対照的な色面構成の世界が広がっている。先程までは黒色の平らな岩が大地を覆っていたのに対してここは全体が水晶で出来ているかの様に輝いていた。
どちらかと言えば、色面構成は五十七階層に近いか……?
だけど、ここが五十七階層や五十八階層と違う点を指摘するならば、敵モンスターの気配が一切無いと言う事や、キラキラと光を反射して輝く水晶が露出した五十七階層の様に断面が切り立っている場所もあれば五十八階層の様に平地の場所もあり地形が混雑していると言う事だろうか?
敵モンスターの気配が無いと言うのは今までの階層では、空中を巨大な飛竜達が支配しており、それが遠目からでも目立っていた。
だが、この五十九階層ではその様な物は一切無く、どこか閑散とした雰囲気が窺える。
まるで、階層全体が眠りについているかの様に静かなのだ。
ただ、俺達もそれで油断する程無知では無い。今までの経験から考えるとほぼ間違い無くモンスターは潜んでいる筈だ。
と、なると擬態の説が割と濃厚である。
途中の平地になっている道は如何にも俺達に通って下さいとばかりに開けており、その左右を切り立った水晶は道に沿って生えていて俺達を待ち伏せしているみたいだ。
五十七階層の様に険しい崖がある訳でも無く、頑張ればこの明らかに罠の様に見える道を通らずに進む事も可能だろう。
だけど、バラバラに配置された水晶状の山やカールと言われる巨大な圏谷が形成されている事もあってそちらを進むのならばかなりの危険が付き纏う。
すり鉢状の窪地になっているその場所は剃り立っている山の傾斜をより強調し、激しく見せる。その場所で敵の奇襲を受ければ仲間達との連携が取りにくいのは確かだった。
更にはそちらを進むのならば、傾斜二十五度を越えた急傾斜の道を進む必要があり、それは俺達にとってもかなり厳しい。
氷山だったならば湖などが少しでもあれば心の癒しにでもなるのだろうが、流れる水さえも凍り、氷とは思えない程の強度を誇る異世界の氷山の氷は溶けもしなかった。
この迷宮の氷山が擬似氷山で、性質が氷とは違い、鉱石の分類なのかも知れないが、少なくとも今の所湖や河川などはこのエリアでは確認が出来ていない。
恐らく、擬似的な氷河河川の様な物が海階層の最後の場所だったのだろうと俺は推測した。
しかし、あそこは氷河の侵食があまり見られていなかった為か、モレーンなどの土砂や氷が堆積して出来た盛り上がりも無く、ほぼ平地に近い為に特徴的な地形は見られなかった。
何となく、俺としては地球で言う異世界感覚でそう言う特徴的な地形を見てみたいって言うのはあった。
地球で南極や北極に行くのは正直しんどい。色々骨が折れる。楽して行ける場所では無いのは確かなのだ。
話が逸れたが、様々な理由を考慮した結果この道に罠が仕掛けられているとしてもこの道を進むと言う事にメリットを感じた俺達は真っ直ぐと道に従って進む事を判断した。
「亜蓮。罠の類は?」
「ああ、あるな。水晶状の結晶の中に僅かにマナを感じる」
やはり、あるか。何となく俺もマナの力を感じていたんだ。
しかし、あの水晶本体がモンスターだとしたならば、もう少し露骨に分かりそうなもんだけど……。
取り敢えず、左右からの奇襲を警戒して道を進む様に仲間に伝達するものの、道幅は狭く、俺達全員が横に並んで歩く程のスペースは無い。
道幅三メートルって所か?
頑張れば二人は入れそうだが、戦闘面の事を考えると二人入るのはかなり現実的では無い。
だから俺達は後衛職を挟む様に隊列を組む。
何故、後衛職を一番後ろにしなかったのかと言うと、背後からの奇襲を想定している。後衛職の場合この様な狭い場所で戦うのには向いて居らず、背後からの奇襲にも対応し辛い。
最後尾に添島を置く事によってかなりの安心感が生まれる。
先鋒は亜蓮で、敵の出現に手早く対応出来る体制を整えた。アクアは狭い道を通る事は出来ない為に上空から敵の確認だ。
アクアから伝達が入ったが、やはり、この階層には上空からはモンスターの一匹も視認できないとの事だった。
「後衛職は前衛職が戦闘に突入次第適当に援護しろ。俺は遊撃も兼ねて隊列を離れる事もあるかも知れないから柔軟に頼む」
「「了解!」」
正直、俺のスキルは仲間を巻き込む可能性も高いし、刀を振り抜けるかどうかも微妙だから遊撃のポジションも取れる。
それは添島にも言えた事だが、添島の場合はあくまで奇襲を防ぐ為に配置するのが無難だと思った。
添島の方が武器も大きく、あまり、大きく動く事は出来ない為、無難に力で敵を撃退する形を取る他無かった。
カウンター主体でサポート職の山西や、武器が小型で命中精度も的確な亜蓮に取ってはこの地形は逆に利点となる。
亜蓮の場合は特に壁を利用したトリッキーな動きも期待して良いだろう。
隊列の三番目に山西を配置したのはその辺を考慮した連携を考えての事だ。
重光はいつも通り後衛からの援護で、背後は添島に任せている為特に言う事は無いと思う。
俺の考えに異論がある仲間は居らず、全員が表情を固めて道へと足を踏み入れた。
罠だと分かっていても俺達にとっては進むだけの価値がこのルートには感じられた。




