271話 成長
光り輝く階層の狭間を抜けると俺達は開けた場所に立っていた。
「グルルルァァ!!!」
しかし、俺達が周りを確認している暇も無くドラゴンの咆哮が辺り一面に響き渡り、俺達は階層の狭間を抜けた先が安全地帯……いや、そこまでは行かなくとも氷谷の階層を抜けた直後で気が抜けていたのは確かだ。
何だこの状況は……?俺が今立っている場所は仄かに暖かく、足元は白銀の柔らかい羽毛で包まれておりふかふかとしている。
周りを確認すると、先程よりは数が少ないにしろ、何匹かの飛竜達が俺達を中心に囲んで怒りの形相で睨んでいた。
ここはもしかして、ドラゴンの巣か……?
俺は瞬時に状況を理解して、直ぐにこの場所から立ち去る判断をする。
もうザイルは必要無いと判断した俺はマジックバッグに全員分のザイルを収納する。
竜の巣の主である親飛竜達の注意が俺達に向かっているのを良い事に地を這う巨大なワニの様な蜥蜴が何匹か竜の巣を血に染まった様な真っ赤な目を輝かせて、長い舌を出し入れしながら確認している様子が窺える。
どちからかと言えば、飛竜達が警戒すべきなのは俺達よりかは、そこの鰐蜥蜴達だと思うんだけど、そんな事はどうでも良い!
「逃げるぞ!」
巣から一直線に走り出した俺達目掛けて飛竜達は一斉にこちらへ飛翔し、口を大きく開けてエネルギーを溜め始めた。
「アクア!」
俺の声に反応してアクアは一人俺達を追いかける飛竜達の方向へと飛び出した。
どうせ、飛竜達の飛ぶ速度から走って逃げ切る事はほぼ不可能なんだ。
それならば、ここで飛竜達を足止めする方が戦略的には優れていると言えるだろう。飛竜達を倒すのには少し動力を使うし、飛竜達の怒りを買いかねない。
無駄な殺戮は避けた方が無難だ。
Aランクのモンスターにもなって来ると頭も冴えている為に、仲間が殺された位しか理解する事の出来ない下等モンスターと違って自分達をおちょくっていると勘違いし出す種も出て来る。
だから、正直言って足止めも微妙な線引きが重要になって来る。
飛竜達の方向に突っ込んで行ったアクアに一瞬飛竜達は驚き、動きが鈍る。
「ギュルルル!」
アクアの低く、唸る様な咆哮が後ろで聞こえ、それに呼応する様に飛竜達は喉を唸らせて動きを止め、俺達の追跡をやめた。
しかし、アクアの声を聞いて和解の道はまるで無いとばかりに飛竜達はそれぞれ今までよりも大きな咆哮を上げてアクアを威嚇し、アクアに飛びかかった。
それは自分達よりも小さな身体を持つアクアがまるで邪魔だと言っている様だった。
その様子を確認したアクアは一人……いや、一匹落ち着いた様子で、ふぅと溜息の様に息を吐き出して飛竜達に対して呆れた態度を取る。
それと同時に俺は確認していた。
アクアの背中に生えている鳥の様な三対の翼から四方に向かってマナのバイパスが伸びて互いに繋がっている事に。
空気中に広げた大きなバイパスは遠くから見ると雪の結晶の様にも見えなくも無い。そこからまるで血液が流れるかの様に水色のエネルギーがアクアの口に向かって収束して行く。
口を大きく開けてアクアに飛びかかる飛竜に向かってアクアは長い尻尾に水を纏わせて鞭の様に大きく身体をしならせて飛竜の身体に攻撃を叩き込む。
鈍い音が響き、飛竜は水圧もかかった思い一撃に後ろに吹き飛ばされる。
重さ悠に一トンは有ろうかと言う飛竜の肉体が自分より小さく、スリムな肉体を持つアクアの一撃によっていとも簡単に空中を舞う。
だが、その肉体が地面に落下した際に立てた音はその重厚感溢れる体重そのままの音だった。
アクアから既に数百メートル離れていても僅かにこの音が聞こえると言う時点でアクアに吹き飛ばされたそれがどれだけの質量を誇っていたのか想像するのは容易い。
数百メートル離れていてもアクアのその戦闘の様子をしっかりと確認出来るのは強化された身体能力のお陰である。
だが、アクアが吹き飛ばした飛竜はたった一匹だ。
飛竜達も最初はアクアの舐めていたのか一斉にかかる事はしなかったが、一匹の飛竜が一撃で吹き飛ばされたのを確認してアクアの強さを理解したのだろう。
アクアが尻尾を振り払った瞬間に、飛竜達は牙を剥き出しにしてアクアを一斉に殺しにかかる。
飛竜達の肉体は下腿が大きく、腕は小さめだ。
どちらかと言えば地上で戦う時は四足歩行よりも、二足歩行を選択する。
だが、元々空中での利を持っている飛竜達にとって地上で戦うと言うのは最初から不利な状況を選んでいるとしか思えない。
そう、これはアクアが地上戦に自ら持ち込ませているのだ。
アクアは三対の鳥の様な翼と二対の四足動物と変わらない程の長さを持つ四肢を持っている。
三対の翼での飛行は、飛行と言うよりは高速ホバリングに近く、繊細な飛行が可能だ。敢えてそれを何かに例えるとしたら戦闘機の速度で動けるヘリコプターの様な物だ。
しかも、アクアは二対の長い手足と長い尾を持っている為に地上戦も得意なのだ。
その代わりに、敵との戦闘では体格差で劣る事が多い。
一斉に遅いかかって来る飛竜達にアクアは、焦る様子を一切見せない。
正直、もう十分に足止めは出来たのだから俺達の所に戻って来ても俺はアクアを叱る事は無いがアクアはこの飛竜達を完全に足止めしないと納得しないだろうな。
アクアの中身を考えると、結構物事の加減が未だ分かっていない様な気がする。
その辺はまだまだ子竜って事だ。
そして、その時は訪れる。
アクアのエメラルドグリーンの綺麗な瞳が輝きを増して、四方に広げた雪の結晶の様な形のマナのバイパスが光を帯びる。その状態でアクアは大地を蹴った。
尾を振り払った状態で飛竜たちに背を向けたまま、アクアは四肢で獅子の様に大地をかける。
だが、翼から展開したマナのバイパスは展開した場所に固定されたままで動かず、アクアが口に蓄えたエネルギーを中心に蜘蛛の巣の様に引っ張られる。
それを飛竜達は阻止しようとしてブレスを吐いた。
その瞬間、アクアが頭だけを後ろに振り向かせて口に蓄えたエネルギー弾を飛竜達に向けて飛ばして、口の端を吊り上げて笑う。
あ、アクアが悪い顔してるな。
そして、飛竜達は氷に包まれた。
また、やりやがったな。
飛竜達の目の前には飛竜達の全身を覆う様に巨大な水の壁が形成されており、蜘蛛の巣の様に身体に絡みついたマナのエネルギーは常に水を放出し続ける。
それを飛竜達は自らのブレスで凍らせて、パニックに陥った。
仲間同士で叫び合い、互いのブレスで互いの身を滅ぼして行く。
それは見るも無残な光景だった。
そのまま十分に地を蹴って加速したアクアは空に飛び立ち、事前に逃げた俺達に追いついた。
自慢そうな顔をして俺に顔を擦り付けてくるアクアの頭を撫でながら既にアクアの戦闘能力が俺達を上回っているんじゃないか?と俺は少し焦りを感じた。




