269話 高火力の奇襲劇
このエリアの材質が氷だったならば、山西に頼んで氷のレールを空中に作って俺達は楽出来るのによ……。
まぁ、普通そんな楽に進めるって事は無いよなぁ。
身体強化された肉体のお陰でまだ筋力には余裕はあるが、この渓谷がどこまで続くのか全く見当もつかない。
しかも、一々俺達を目掛けて力の差も考えずに襲って来るフロストレイドドラゴンがとにかく厄介だ。
アクアが同時に相手取って有利に立てるのは一対一の戦いが限界だと俺は思っている。
流石に二匹同時に来られたらアクアは戦えない事は無いだろうけど、この渓谷を進み続ける俺達に遅れをとって監視範囲外に出てしまう。
そうなると、今度は俺達の自衛が怪しくなって来るな。
このザイルを握った状態での戦闘は添島以外は実質可能と思われる。
添島とかは大剣を鞘から外すとこの階層の攻略中は常に片手で移動する事になってしまう。
添島の大剣は取り外しが効かない武器なのだ。
だが、他のメンバーは全員なんらかの遠距離攻撃手段を持っている。
まぁ、添島も今の身体能力だったら武器無しでもそれなりに攻撃に参加は可能かも知れないけどな。
それにしても、妙だ。
渓谷エリアでは、これだけ険しい地形でも翼や飛行能力を持たないモンスターが多数居た筈だ。
だが、この階層に入ってから飛行能力を持たないモンスターを見かける事は無い。
壁に擬態している可能性もあるが、どうもここの階層で碌な餌が取れるとも思えないし、フロストレイドドラゴンの食糧となる餌が少な過ぎる。
あの巨大な肉体を維持する為には相当な食事量が必要なのは確かだ。
元々肉体を軽くする事によって飛行能力を得ている飛竜系のモンスターもいる訳であって、それだけで十分な食糧源だとは言えない。
俺達が谷の奥に進むにつれて空全体がフロストレイドドラゴンや他の飛竜種の影で覆い尽くされているのが見えた。
生態系のバランスが崩れている……?
これは流石に捕食者が多過ぎる。
あの空を覆い尽くす程の飛竜種を俺達は相手出来るのか?
現在、俺達はその飛竜種達が集まっている場所に自分から進もうとしている。
流石にあの数はこの悪い地形では手に負えないな……。
谷の下に降りれば足場はあるかも知れないし、谷の下に一回降りてみるって言う考えも俺の中にはあった。
実際に渓谷エリアでは谷の下に一回落ちたもののそこから這い上がって何とか次のエリアに進む事が出来た。
だが、ここは規模があの時とはまるで違う。
それこそ十倍以上だ。
敵も強い。
まぁ、戦闘になれば切り立った水晶の上を経由しながら戦う他無いだろうな。
流石に、ターザンごっこをしながら飛竜達とやり合うのはゴメンだぜ。
――そのまま、切り立った崖をしばらく進み、先程遠目からでも確認できた飛竜達が大量に集まっている場所に俺達は到着した。
斜めに切り立った水晶に身体を傾けて引っ付けて土属性のエンチャントで身体を固定して巨大な水晶の陰から目の前を大きな音を立てて通過する飛竜の姿をしっかりと目に刻む。
氷谷は既に終わりに近づいており、現在俺達が止まっている場所から距離にして約五百メートル程先は景色が開けており、巨大な切り立った水晶の崖は円状に広がっている。
そして、水晶の崖はそこで行き止まりになっており、一番奥の一際大きな水晶の先に次の階層への入り口の光が見えた。
しかし、周りの飛竜達はその扉を守る様に群がって安易に近づける状況では無い。
だが、俺達がゆっくりと休める様な場所はこの近くには無く、戦闘を避ける他無かった。
何とかそれぞれの方法で水晶の陰に隠れている仲間達も長くは保たない。
それは俺も同じだった。
エンチャントで固定した部分の金属がキリキリと嫌な音を立てており今にもくずれそうだし、しゃがみ込んで水晶の鋭い断面で隠れているこの体勢を続けるのにも無理がある。
全員一斉に行ってもこれは、飛竜に落とされる可能性が高いな。
ザイルを水晶に引っ掛けてゆっくりと進んでいる暇は無い。
ここをゆっくりと進んでしまえば、ほぼ確実に俺達は飛竜の的だ。
それに、これだけ大量の飛竜がいれば、水晶に引っ掛けた鉤爪部分を直接狙って来る飛竜もいるだろうな。
アクアに乗るにしても、五人乗ってしまえば機動力が格段に落ちてしまうか……。
ちょっとマナの消費が気になるが、身体強化を受けていて良かったぜ。
「俺が奇襲を仕掛ける!それが合図だ!大きな爆音が聞こえたら全員一斉に動け!交互にアクアに騎乗する!いいな?覚悟が出来たら大きな音に気をつけろ!」
俺は仲間達に大声で叫んで作戦の概要を伝えて身体からマナのバイパスを円状の巨大水晶が切り立った真ん中……次の階層への入り口がある場所に向かって伸ばした。
先程の俺の声で飛竜達が反応したが、関係無い。
それこそ、今までに無いほど太く大量のマナのバイパスを張り巡らせた俺は一気にマナを注いだ。
これが、俺の遠隔爆破の威力だ。
強化された俺のマナの七割近くを注ぎ込んだ攻撃はAランクに位置する飛竜の装甲さえも容易く砕く。
「共鳴属性付与! 火!!」
俺達の存在に気がついた飛竜達が一斉に俺達の方向に向かって来るのと同時に俺の身体からマナが急速に奪い取られる。
そして、俺を除く全員がザイルを遠くに投げ、アクアも俺を背中に乗せて上空に飛び出した。
ドォォン!!!!
耳を引き裂く様な爆音が辺り一面に響き辺り、その音は水晶を伝って反響する。
俺の視界は真っ赤に染まり、真っ黒に焼け焦げた飛竜達の死骸が大量に遥か上空から落下して行く。
爆炎が映し出した赤は、水晶を反射して想像以上の輝きを放つ。
視界全体がギラギラと輝き、落ちて行く飛竜と生きている飛竜の区別がつかない程だ。
だが、それでも何匹かはこちらに飛竜達が向かって来ているのが目に取れた。
本当に一瞬の勝負だ。
この一瞬……少しでも気を抜いたら死ぬと思え。
敵も俺達もどちらもな。
俺はアクアに乗ったまま、近くを通過した仲間に合図を取ってタイミングを合わせてザイルを上空に放り投げた。




