266話 駆け抜ける雪風
雪の重みを感じる足を上げてザザッと言う音を立てて深く足を地面にくい込ませる。
この防具は完全防水性なので、水を吸い込んで重くなったりする事は無いが、一歩歩く毎に深く食い込む地面と徐々に急になっていく傾斜に着実に体力は奪われて行く。
白銀の世界に木々や草花の一つでもあれば、少しは気分も安らぐのだが、この温度では草木も一切育たない。
いや、異世界の植物ならば育つ植物もあるのだろうが、今の所モンスターみたいな植物を除けば植物はこの階層で見かけていない。
地面の傾斜は既に二十度を超えており、かなり急だ。
少しでも気を抜けば、足を滑らして地面の雪と一緒に落下しかねない。
普通の人間ならば、防具が無くてもこの坂を登るだけでも疲れてすぐに動けなくなってしまう。
増してや、この防具の重さは常人には平地で支える事さえも難しい重さなのだ。
その状態でこの坂道を登る事は不可能である。
今の俺達だからこそ息も切らさずに、サクサク登れているのだ。
この坂道を登り始めて既に三時間が経過している。
三時間程度大した事は無いが、この状態が十時間とか続くと精神的に疲れが出てくるのは間違いない。
特に、体力的にも不安がある山西とかに不安が残る。
今までは、地形と言うよりもモンスターが脅威だった。
雑魚モンスターでさえ、神経を尖らせて戦わないと一歩間違えれば死が待っていたのだ。
だが、今の俺達は雑魚モンスター相手なら多少手を抜いた所で致命傷を受ける事は減った。
ここで減ったと表現したのは、手を抜くと言う行為はしないにしても、強くなっても油断してしえば、直ぐに俺達は負ける。
そう言う事を自分の中で意識しておかないとダメだと言う啓示である。
何の為にフローラが力をくれたのかを考えれば、調子に乗るのは良くない事だと言うのは言わなくても分かる事だ。
決して俺達が楽する為では無いのだ。
しかし、これだけ移動速度が遅いと直ぐに敵に狙わーー!?
山のいくら歩いても見えない頂を見ようと顔を上げていた俺の視界が上空の空に移り変わり、踏み込んだ足が地面ごと後ろに移動する。
「敵襲だ。全員構えろ!」
上空からは巨大な雪玉が落下して来ており、その上には大きな人影の様な物が見える。
俺は即座にオーバーインプレスエンチャントを発動させて空中に浮遊した足から炎を勢い良く噴出させて、空中で半回転する。
そして、地面の雪に向かって腕を突っ込み、マナを注ぎ込んで地面をその上に乗っかっている雪ごと爆発させた。
既に後ろでは山西が落下防止用に雪の形を変えて大きな氷壁を形成し、周囲の雪も雪崩を防ぐ意味も含めて氷壁に吸収させた。
俺の強烈な一撃で爆散した雪は空中辺りに飛び散ってそこを補おうと雪山の上から大量の雪が落ちて来るが、それを山西がカバーして俺は何とか雪崩の難を逃れる。
爆散した雪の影からは、液体状になった何かが飛び出したが、そこは重光が手を合わせて形成した巨大な炎の槍を投擲してその液体を仕留めた。
巨大な炎の槍をまともに受けた液体状の何かは体内から大きな水泡を発生させて、大量の水蒸気を上げて消失し、手の平サイズの魔石を雪の中に落とした。
空中では、雪男の様なモンスターが、頭に半透明のナイフを受けて落下している姿が目に入り、雪玉が綺麗に真っ二つになっており、添島が腰を低くして大剣を振り切った姿勢でずっしりと事から二人がやった事は理解した。
雪男の様なモンスターは地面に四つん這いに着地し、頭のナイフを受けた部分の分厚い毛皮の下の黒い皮膚を露出させ牙を剥いて威嚇する。
白い毛は大量の血で赤く染まっており、雪男の様なモンスターの動きもどこかふらふらしている事から亜蓮のナイフがかなり深く刺さった事が分かる。
しかし、そのモンスターにもう先は無い。
大剣を振り切った姿勢から、視線をそのモンスターに向けた添島は大剣を手から離して身体を半回転させ、空中に浮いた大剣の柄をそのままの体勢で握り直して猛スピードで駆け出した。
勿論そのまま大剣を握った状態と言う事は大剣の刃の向きは逆になる……だが、両刃大剣と言う添島の武器にはそんな事は関係無い。
地面が雪で覆われていると言う事を感じさせない程の速度で駆け出した添島は威嚇状態から後ろに飛び上がって添島の攻撃を回避しようと戦略を切り替えた雪男の目の前に一瞬で移動して両手で握った大剣を勢い良く振り下ろした。
空中で添島の高速の攻撃を受け止めようとした雪男に当然強化された添島の攻撃を受け止める事は叶わない。
「ガルルルッ!!!」
雪男の分厚い毛皮を纏った黒い肉体に添島の大剣が食い込み、抵抗なんて一切無いと言わんばかりに雪男の肉体を豆腐の様に切り裂く。
肩口から入った添島の大剣はそのまま雪男の肉体を真下に両断し、雪男の贓物が溢れ、雪男は悲惨な姿で断裂魔の様な叫び声を上げて命の灯火を消す。
真っ白な雪は赤く染まり、辺りに強い臭いが漂う。
地面に潜んでいた何かの魔石は回収出来なかったが、雪男のグロテスクな死体を長い間見るのも苦痛なのでさっさと雪男をマジックバッグに回収する。
ここに臭いが染み付いても、モンスターの標的になるだけなので、俺は仲間達に声をかけて進むペースを上げる事にする。
アクアが気を利かせて聖属性魔法で血で汚れた雪を浄化していたけど、アクアに声をかけて先を急ぐ事を伝えるとアクアも頷いた。
正直、頭まで防具でしっかりと覆っている事もあってあまり臭いは感じないのだ。
視界も、クリスタルレンズのお陰か色が若干青がかって見えているからかグロテスクさは少し減っている……筈だ。
雪が積もった地面を蹴って坂道を跳ぶ様にして走る。
そして、やっと見えた光り輝く扉を雪が反射して見えにくいんだよなぁと心の中で文句を言いながらその扉を駆け抜けた。
走る俺達を獲物と思って嬉しそうに後ろから追いかけてくる巨大な狼達が少し可愛いと思ってしまったのは内緒である。




