261話 授与
無理だ。
俺達なんかにそんな思い願いを期待されても応えられる能力が無い。
あの闇智やジジイにその力を与えてもこの迷宮の管理者には勝てないんだろ?
それだったら一層――
《いえ、違うのですよ?私は元から貴方達なんかに期待はしていません》
じゃあ、お前は何を俺達に求めているんだ!
そんなの俺達に言ってもどうしようもーー
そう心の中で大きな叫び声をあげて抗議を唱える俺の心を鎮める様にフローラは人差し指を真っ直ぐと立てて俺の胸をツンッと軽く突いた。
《だけど、時間が無いの。だから私は貴方達に期待をしているのでは無いわ。私は貴方達が持っているかもしれない僅かな可能性に期待をしているのです》
俺達の持っているかもしれない僅かな可能性……?
《ええ、今私があの二人に力を与えてもこの迷宮の主に勝てる確率はほぼゼロ。いいえ、確実にゼロよ。貴方達も思っていたんでしょう?何故みんな俺達なんかを育てるんだ?目的は何だ?と》
確かに俺はずっとここの迷宮に来た時から思っていた。
あれ程の力を持つジジイや闇智達は何を考えて俺達を深層に向かわせているのかと。
既に百階層まで攻略を完了しているあの人達が俺達を鍛える必要なんて無いのだ。
しかし、あの人達は自分達の力でここの管理者を倒せないと悟ったんだ。
だから僅かな可能性でも良いから俺達を鍛える事に決めたんだ。
《ええ、そうなのです。貴方達はあの人にとっても可能性を期待されているのです。そして、これは私達にとっても貴方達は最後の可能性の希望なのです!》
ぐっ……ここまで重い言葉を投げかけられるのは俺にとっても初めての経験でこれを抱えてこれから迷宮を攻略しなくてはならないのかと思ったら心が痛む。
もし、その希望に応えられなかったらーー
《違う!貴方達は何も考えなくても良いのです!ただ私達が勝手に掛けた希望を勝手に受け続ければ良いのです!勝手に掛けられた希望に貴方達は応える必要は無いのです!》
あまりにも重い期待に今にも泣き崩れそうになり、弱腰になっている俺に対してフローラは声を張り上げて俺の両肩を小さな腕で力強く掴んだ。
顔を覆った布は湿り、輝く水が地面に落ちた。
《だから、貴方達は勝手に私達の力を受け取って勝手にこの迷宮を攻略してくれれば良いのです!拒否権はありません!》
ごめん。
それでも俺はそんな力をーー
どうしても心の準備が出来ていない。
いや、この迷宮のどうやっても抗う事の出来ない真実を知って逃げたくなったのかもしれない。
逃げたい。
帰りたい。
だが、あのジジイ達は実際に管理者と対峙して絶望して何故希望を捨てない?
《そうなのです。それが、強さなのです。貴方達と言う希望は勝手に存在しているだけで良いのです。更に下層には私の仲間達もいます。その方達からも力を授かって下さい》
フローラは顔の布を解いて真っ白な肌を露出させて手を合わせた状態で空中に浮遊する。
透き通る様な肌と綺麗な艶のあるピンク色の唇はまるで女神の様だった。
俺も少し状況を受け止めて、いや正直受け止め切れていないし、受け止めたくも無いが、俺達は存在しているだけでみんなの希望になれるのなら。
それで良いんじゃないか。
俺は涙で汚れた顔を右腕で拭って笑顔を必死に作る。
話はそれるが、最後にフローラがアンデッドにならなかった原因を知りたい。
《迷宮の主は私達を脅威とみなしたのです。アンデッドになっても自らを殺めかねん存在だと。だから、迷宮の主はアンデッドになった私達を消滅させようとしたのです》
フローラは空中に浮いた状態で真紅の切れ長の目を開いて語る。
徐々に話をしながらフローラが纏うマナの大きさが大きくなっていくのが分かる。
そして、それと同時にそれはフローラとの別れが近い事を示していた。
《だけど、私達は最後の抵抗として自分達に強力なマナを纏わせて迷宮の主の結界を破ったのです。アンデッドになる前の私達に封印を掛けられた迷宮の主は私達を追う事も出来ずに最下層に封印されました》
それで、現在の形になると言う訳か……これでこの勇者達がここにいる理由も分かった。
この迷宮の真実は大分分かったもののこの勇者達の詳しい経歴などは殆ど明らかにはなっていない。
フローラの体には膨大な量のマナが圧縮されてフローラの体が直視出来ない程輝き出す。
《私達もマナの尽きるまで上層に上がり続けました。肉体を失った私達の残された使命はこの迷宮の未来を変える者に魂に刻まれたマナを分け与える事です!後の事は残りの勇者二人に聞いてください》
今にも爆発しそうなほどマナを膨張させたフローラに俺は焦り涙を流しながら声をかける。
おい!まさか!お前――
《さようなら。貴方達の可能性には私達の全てを賭ける事が出来ます。それではご武運を祈ります》
待て!フローラ!
フローラが最後に言葉を発した直後視界は眩い程の光に覆われてフローラの身体は膨張して爆発した。
フローラは自身の最期に笑顔で俺達を見送った気がした。
そして、フローラが爆発した場所から途轍も無い量のマナが粒子になって噴き出して俺達全員の身体に吸収されていく。
それと同時に自身の身体の中から力が湧き上がってくる。
そんな……無理だよ。
俺達が、勝手に授かった力をーー
それをただ希望と言う存在でいる事なんてーー
無理に決まってるだろ!
俺の視界がぐらぐらに歪み、目からは大粒の涙が流れる。
だが、俺は唇を強く噛み締める。
俺はフローラの願いを受け止める事は出来ねえ!
だが、その重い希望を背負っていく運命にされちまったんだ。
どうにか責任取らなきゃいけねえだろうがよ!
空中から降ってきたフローラの着けていたブローチが軽い音を立てて地面に落下する。
「ブローチ……?」
俺は落ちて来たブローチに近づき拾い上げる。
「うわぁっ!?」
拾い上げた瞬間体に流れ込んで来たマナに俺は驚き声を上げる。
《まだめそめそしているですか?めそめそしていないですか?どうせ、貴方の事だからめそめそしてるんだろうと思ってね》
フローラ!?フローラなのか!?
再び心に響いたフローラの陽気な小学生みたいな声に俺は涙を拭いて一人立ち上がる。
しかし、フローラの返答は無い。
まるで事前に録音した音声が流れている様だ。
《そんなんでめそめそしている様じゃ誰も守れないですわよ?貴方の目的は何でしたっけ?》
俺の目的……それは誰も死なさずに元の場所へと帰る事。
そうだ。それが当初の目的だったんだ。
《それで良いの。私の魂は貴方達の中に刻まれているからめそめそしないのです!》
それからフローラの声は聞こえる事が無かったが、その声はフローラが俺の心の声にどこか返答している様な気がした。




