248話 氷海の捕食者
俺が考え事をしている間に光の道は終わりを告げようとしていた。
船の正面に再び巨大な門が形成されて階層の狭間を俺達は抜ける。
それと同時に冷たい空気が俺達の肌に触れて身体が自然にぶるぶると震える。
海は冷たく、薄っすらと氷が張っており流氷の様な物が大量に漂っていた。
寒いな。
身体を水で濡らしてしまえばほぼ確実に身体が凍ってしまう程の寒さに船内に入りたくなるが、新しい階層と訳で、状況確認の為にも俺達は船の甲板で外を眺める。
重光は操縦室に戻って船を進ませる。
俺達の海賊船は海表の氷をバリバリと砕きながらゆっくりと進み始めた。
氷で進めないかと思ったが、強引に進む事が出来そうだ。
本来であれば、寒い所などを進む船には氷を砕く機械が船前方に付いているのだが、俺達が乗っている海賊船にそんな機能は搭載されていない。
つまり、強引にその馬力だけで氷を砕いて進んでいるのだ。
普通の船であったならば、船体に傷が入って直ぐに使い物にならなくなるだろう。
取り敢えず、この寒さだと流石に身体に堪えるので俺はエンチャントを発動させて人間エアコンに成り下がる。
身体からぽかぽかと熱が込み上がって来て、周囲をも暖める。
確か、氷に覆われている海の下の生物は光が十分に届かない為に深海魚みたいな見た目の物が多い。
そして、その寒さに対応する為に哺乳類の場合は身体の表面積と体重の比率を高めて体温を保ったりしている。
耳などの部分を小さくして放熱量を下げているのも特徴である。
例えばホッキョクグマとかが良い例である。
本来ならば、爬虫類や両生類は体温が一定を下回ると動けなくなる筈なんだが、アクアの表情を見る限りそんな事は無さそうだ。
竜種は分厚い皮膚と鱗で外気を遮断して、内部に秘めた強大なマナによって体温を一定以上の水準に保っている。
いや、それは竜種に限らずモンスター全般に言える事だが、ここでは地球の常識が通用しない事も少なくはない。
まぁ、今の所哺乳類の候補にあたっているのは主に鯨の仲間なんだけどな……。
この分厚さの氷ではホッキョクグマの様な陸上での生活を主にする哺乳類は生息出来ない筈だ。
この海エリアが先に進めば進むほど寒くなって来ているのは何と無く理解した。
と、言う事はこの先更に寒くなるって訳か……。
上空には、翼を畳んだ状態で水中に突撃しては空中に飛翔する薄水色の巨大な鳥の群れが飛び交っている。
翼を畳んだ状態でさえその大きさは俺達を超える。
翼を広げれば、その大きさは六、七メートルにもなるだろう。
その鳥は翼に比べると小さな胴体を完全に隠した状態で飛翔する。
キラキラと水を受けて輝く青い羽はまるで水晶の様で見る者を魅了する。
しかし、羽は風に靡くどころか風を切っており、羽の様な柔らかさを一切感じさせない。
あれは、羽と言うよりは鱗だな……。
あれはグラシャギスと言われるモンスターで俺的に、鳥類なのかどうか微妙な部類だ。
あの大きな翼で胴体を殆ど覆い尽くしてはいるが、あの鳥の本領は戦闘において発揮される。
普段は、水中と空中を行き来して高速で飛翔する。
あれを飛翔と呼ぶかどうかは別として俺は飛翔と捉えている。
あの大きな翼に不釣り合いな胴体には小さな丸い頭が備わっており、長く曲線を描いた嘴にはギザギザの鋸状の歯が上下に不揃いに生えている。
グラシャギスは、獲物を見つけると翼を収束させて、自身の身体を針の様に鋭く細く尖らせて突撃し、ギザギザの鋸状の歯で対象の肉を抉りながら身を貪る。
その上、翼の羽の硬度はそれなりの物で生半可な攻撃では倒す事は出来ない。
鳥は、自身の肉体を極限まで軽くする事で空を飛ぶ事が出来る。
だけど、この異世界ではマナと言うエネルギーがある為に重量をあげても空を飛ぶ事が可能になるのだ。
その良い例が竜種である。
強靭な鱗と筋肉、巨大な体躯を持っているのにも関わらず、それがどうした?とでも言わんばかりに空を軽々と飛んで見せるのだ。
まぁ、グラシャギスは何か不都合が無い限り襲っては来ないと思うのだが、このまま船を真っ直ぐ進ませているとぶつかりそうで仕方がない。
それに、グラシャギスが俺達の船の周りに群がっていると言う事はこの近くに獲物がいると言う事だ。
そうなると、当然他の捕食者達も集まって来る訳であってかなり厄介だ。
しかもグラシャギス達は俺達の船の真下に向かって突撃している。
新たに現れた動く物体に反応して魚達が集まって来たらしい。
普通の魚ならば、動く物体から離れるがここの魚達は何故か集まって来る。
そして、当然このグラシャギスでも捕食対象にされる訳であってーー
ドンッ
船の真下を何かが急襲して船体が大きく揺れる。
全く、何故毎回毎回俺達は襲われるんだ……。
普通の船であればグラシャギスの時点で船体に巨大な穴を穿かれていても全く不思議では無い。
いや、それどころか絶対に既に穴を開けられて沈没しているだろう。
本当に異世界の生態系のバランスは狂ってやがるぜ。
俺達は迎撃と逃走の準備を兼ねて一部の仲間を船の武器庫に移動させた。




