247話 エルキンドの離反
「おい、安元!起きろ!」
「ん?」
俺は気がつくと海賊船の上で横たわっていた。
俺達は確か、船の上に避難して……白鯨に食われてスケルトンフィジーターと戦っている最中に意識を失った筈だ。
俺はその時にあの夢を見たが、他の仲間達はあの夢を見ていない。
海上には他の骸骨兵達が乗っていた海賊船の姿は無く、俺達が乗っている海賊船の周りから光が立ち上り上空の黒い雨雲を晴らす。
辺りはまるで全てが夢であったかの様に静寂が訪れており、白鯨の姿さえも無かった。
そして、海賊船の進行方向に高さ百メートル程もある光り輝く巨大な門が何も無い空間から出現して扉を開く。
俺達の船はその光に吸い込まれていく。
俺は後ろに何かの気配を感じて振り向くが、光に覆われて良く見えなかった。
だが、途轍もなく大きな影が海の奥深くに映っており、その深さは門の輝く光があってやっと視認できる程だった。
その影の大きさは白鯨の大きさにも引けを取らない、いや、それよりも大きいかも知れない。
影からは複数の触手の様な物が伸びており、それは深海へと消え去り、俺達も門の向こう側に移動した。
エリアモンスター……。
あの特徴的なシルエットはクラーケンだ。
クラーケンは巨大なイカの怪物で何隻もの船を太い触手で絡めて深淵へと導くと言われている怪物だ。
あんな奴と戦闘を行えば、俺達も簡単に深海に沈められてしまう。
エリアモンスターだから、自ら俺達を襲う事は無いかも知れないが、ヒュージトレントの時の様に俺達が意図せずに戦闘になる場合や、砂漠エリアのダークレイの様に無意識で攻撃をしてくるタイプまで様々だ。
ジジイは遭遇確率は低いと言っていたが、本来は生成されるまでに時間がかかる上に相手にされないからエリアに存在している事は存在しているのではないか?
と俺達は思ってしまう。
あまりにも、俺達の遭遇確率が高過ぎる。
それか、この迷宮で何かが起きているかだ。
大分前に起こった迷宮での地震も何か関係があるのかも知れない。
元々地震は大陸下のプレート同士が擦れ合う事によって起こる。
この迷宮は、その大陸は勿論の事、世界自体が迷宮だ。
地震なんて物が起こる事は無い。
エリアモンスターなどの強力なモンスターが暴れればその可能性はあり得るが、揺れるのはその階層のみだ。
その時、そんな巨大なモンスターが暴れたと言う記憶は無かった。
そもそも、地震がいつ起こったかさえ曖昧で上手く思い出せない。
だが、以前原因不明の地震があったのは覚えている。
揺れも長期間に及ぶ物でも無く、余震も無かった為にあれを地震とカウントして良いものか迷うが、あの揺れは不可解な揺れだった。
そして、エルキンドを疑い始めて俺はジジイさえも怪しいと思ってしまう。
エルキンドは確定では無いにしろ、あのジジイも何かを隠している。
エリアモンスターの話に関してだが、自ら攻撃を仕掛けてこない上に肉体にある程度のダメージが通らないと攻撃してこない共通した習性があると言った発言についても俺には疑問が残る。
あれは、ただ単に俺達を大した敵とみなしていないと言う事では無いかと思った。
肉体にある程度ダメージが通らないとと言うのも、バーニングドラゴンフライがダークレイを攻撃した時だってそうだ。
あの程度の攻撃でダークレイがダメージを受けるとも思えない。
ただ単に目障りだったから消したと言う印象を俺達は受けた。
しかし、エリアモンスター自身に余裕があって他のモンスターに比べるとかなり温厚なのは事実だ。
それか、誰かが俺達を攻撃させて殺させない様に管理している可能性がある。
そう、それこそこの迷宮の管理者の存在だ。
エルキンドの話が全て本当とは思わないが、聞いている話によればここは相当異質な迷宮だ。
あのヴァンパイアが言っていたここは既に迷宮では無くて、核が分離していると言う事だ。
やはり、この迷宮の管理者が分離した核で全てを仕組んだ奴だって言うのは間違いなさそうだ。
だが、俺達を生かす理由も分からないし、どうやって俺達の世界に干渉したのかさえも不明である。
俺達の海賊船は階層の狭間と言われる場所……海も何もない光る空間を光の尾を引いて進んでいた。
今回は結構階層の狭間が長いな……周りの景色故に船が空中に浮いている様に見えているが、実際には船の出力は現在切っており船の力で進んでいる訳では無い。
ここの階層の狭間は自動転送って形なのか……つまり、ここで休む事は許されないって事かよ。
時間もあるから、再び俺が見た夢の内容を整理する。
今回はあの夢に発展は殆ど無かった。
例の魔術師の顔がエルキンドそっくりだった事。
そして、明らかに別格の魔族の戦士……いや、魔神が現れて魔術師に何かを語りかけた事。
所詮その程度しか夢は進展していない。
今ならば、分かる。
最初の夢で蹂躙されていた兵士達の中でも強く、マシン兵とそれなりの戦いをしていた兵士達はAランクレベルの強さを持っていた。
つまり、あの魔術師にとっては雑魚兵士の役割である戦士にさえ今の俺達では五人でかかってやっと又は勝てないのだ。
そして、その後に救援にやって来た少数の別格の猛者達は恐らくSランク冒険者と予想できる。
今の俺で、目で捉えるのがやっと……いや、それ以上だ。
一切動きを目で追う事は出来なかった。
しかし、そこであの魔術師が登場して一瞬にしてそのSランク冒険者を葬った。
最初の銃器での蹂躙がまるで遊びであったかの様に。
そして、そいつが引き連れて来た別格のマシン兵達はそのSランク冒険者達を絶望へと導いた。
一体一体がSランクに近い戦闘力を持つ上に数は圧倒的にその別格のマシン兵達の方が多いのだ。
そこで、現れた魔神。
ロークィンドではあのレベルの戦争が行われているのだろうか?
深刻な顔をして考えている俺に山西が心配して声をかけて来るが、気にしないで欲しいと言う旨を伝える。
「お前が考え事をするなんて珍しいな?いつでも俺達に相談しろよ?お前は直ぐに自分一人で考えて勝手に実行しやがるから意図を汲み取るのがこっちも大変なんだよ。お前は一人じゃねえからな?」
添島は、俺の顔を覗き込んで光の空間を眺めるのが飽きたのか船の中に入っていった。
深く詮索しない辺り添島なりの優しさだろう。
この夢がハッキリして来たら話すさいつか。
夢で考えた事を纏めてみてもエルキンドの謎は深まるばかり、彼はボードゲーム中に何気なくした会話で俺達に疑われない様に心掛けていた事も今分かった。
彼は相手の思考を魔法で読める。
既に俺達はエルキンドの話を鵜呑みにする態勢を勝手に自ら作ってしまっていた。
エルキンドが悪だと決めつける事は無い。
実際にエルキンドの情報はかなり役に立っているし、世話にもなっている。
だが、彼は貴族で冒険者と言う立場がありながら何故離反の道を選んだのか……ただ、それだけが俺の中で違和感を引き起こしていた。
彼は言ったんだ。
次元の戦争は勇者同士の対立が引き起こした戦争で帝国とギルドの連合軍と王国軍との戦いだと。
彼はどちらにも付ける立場にもありながら離反の道を選んだんだ。
いや、だからこそ離反を起こしたのかも知れない。
そこはそこまで問題では無い。
その離反して起こした行動がこの迷宮に向かうと言う行動が俺には不可解だったのだ。
そして、同じ冒険者であったスパイルとカオストロも同じく離反者である。
エルキンドは何か大きな目的を持ってこの迷宮に来ていたんだ。
それこそ、護衛依頼などでは無く大きな目的でな。




