230話 飛翔
――安元視点
「大分制御出来るようになって来たな。自由に飛んでみろ」
俺は闇智に言われた通りにオーバーインプレスエンチャント・オーロラを発動させて上空に飛翔する。
炎のマナと氷のマナの出力を調整してある程度自由に空を飛べる様にはなった。
だが……
「やべぇ……」
俺は突如出力を失って頭から真っ逆さまに落下する。
マナ切れだ。
一瞬で発動させる分には問題ないが、常にオーバーインプレスエンチャントを発動させて飛翔する事は効率が悪く、あまりにも非現実的と言わざるを得なかった。
闇智が水で俺を覆い安全に着地させて、マナポーションを再び投げる。
「続けろ」
闇智が意味も無くこんな事をするとは思わない。
俺は分かって来た。
このオーバーインプレスエンチャントを常に発動するという事は常に精密な操作を行い続けるという事だ。
これに慣れた俺は瞬時にオーバーインプレスエンチャントを発動させる事など、苦でも無くなっていた。
そして、地味に燃費も良くなった気がする。
「――良し。次のステップに行くぞ」
暫く同じ事を繰り返した後に闇智が言い出した言葉に俺は首を傾げざるを得なかった。
次のステップ?
まだ俺はオーバーインプレスエンチャントを完全にマスターしたとは言い難い。
なのに闇智は次のステップへと進む様に俺を促したのだ。
それが、オーバーインプレスエンチャント関連の事で有れば、まだ俺も理解できた。
だが、闇智が言い出した事は全く、別の手法だった。
「俺の攻撃を遠隔的に防げ」
は?
俺にはそう呟く間も闇智は与えてくれなかった。
闇智が大地を蹴り、右手で大気を握りつぶす様なポーズを取りながら一瞬で俺の間に入り込む。
闇智の手の指の隙間からは泡が出て来ており、その周辺の大気が風船の様に歪む。
逃げないと!
俺はオーバーインプレスエンチャントを発動させて、右足に炎。左足に凍りを纏わせ噴出。
腕をクロスして炎を付与して火力を上げて闇智に向かって全力で噴出する。
俺の身体が浮かび、炎の尾を引いて後ろに加速する。
まるでジェット機の様に俺は爆音を立てながら闇智を撒いた……と思っていた。
「そうじゃないだろ?俺は遠隔でって言ったんだ」
今の俺の速度は、訓練前とは比較にならない。
ヘラクレスに食らわした不死鳥と同等いや、それ以上の速度は出ている筈だ。
なのに闇智はーー
笑いながら軽々と俺の炎を右手で掻き切って空中を飛翔している俺に追いついた。
ただの脚力だけで俺に追いついたと言うのか!?
闇智との実力差を考えると当たり前の事だが、新技をここまで簡単にねじ伏せられると俺も達成感が無いーーっ!?
そう考えていた俺の意識が一瞬にして揺らぎ、俺の視界が闘技場上空の真っ青な雲一つ無い空に切り替わる。
そして、再び俺の身体から力が抜けて跳力を失う。
遠隔で攻撃……?
俺の頭の中には闇智の言葉が何回も繰り返されるが、具体的な考えは一切浮かんでこない。
無茶な話だろ……新しい技も完全に使えないのに更に新しい技なんて……
「それならば、お前はこの世界を生きて行ける自信はあるか?少なくとも俺はお前を死なしはしないが生きていけるとは到底思えねぇな」
自然落下する俺の横に闇智が足と腕を組んだ状態でぴたりとくっ付き眉を吊り上げて言う。
闇智の足元には水のレールの様な物が形成されており、闇智はその上に乗っている様だった。
「お前は仲間が少ない。少ない仲間を信じろ。そして、言う通りにしろ」
闇智は最後にニカッと笑って言い、腕を組んだまま右脚を真っ直ぐと上に上げた。
そして、
――っ!?
俺の腹に強烈な一撃が叩き込まれて俺は水の中に落ち、意識を手放した。
「目ぇ覚ましたか?」
闇智の声が聞こえて俺は目を覚ます。
「お前達の仲間はしっかりと訓練してやったみたいだぜ?」
闇智の声に周りを見渡すと装備品などはボロボロで疲労感は滲み出ているもののどこか達成感を感じている様なみんなの顔があった。
結局最後の遠隔で攻撃ってのは何だったのだろうか?
闇智の言葉から考えるに最初に放ったレゾナンスエンチャントの事か?
だが、それは闇智には一切通用しなかった筈だ。
オーバーインプレスエンチャントと繋がりがある?
それを絡めての話か?
オーバーインプレスエンチャントが出来る事が前提になる技か……気になるが、分からない。
俺の不思議そうな視線に気が付いたのか闇智は俺の方を見て口端を吊り上げて背を向け、手を振ってジジイの方に歩いて行った。
闇智がジジイに何か耳打ちすると最初に少し驚いた顔をして一瞬深刻な顔をした。
そして、その後嫌な顔をして闇智を振り払う様に手をシッシッと振った。
あの顔には何か意味があるのだろうか?
「それじゃあ、俺達の今回の役目はこれで終わりだ。また何処かで会う事を願っておこう。因みに言っておくが、俺達全員でかかってもこのジジイには勝てねえ。あまり馬鹿にしてると殺されるぜ?」
闇智達は茨燕の作り出したゲートの中に消えて行き姿を消した。
本当に嵐の様な人達だったな。
「ワシを散々馬鹿にしておいて良く言うわい」
ジジイは褒められた事に対して少し嬉しそうにしていたが、口調は不満そうだった。
ツンデレかよ!
誰がジジイのツンデレなんて見たいんだよ。
だが、あの五人が纏めてかかっても倒せない強さってジジイの強さがイマイチ想像出来ない。
いや、想像したくも無い。
その後ジジイに装備を渡して俺達は久しぶりに拠点に帰る事になる。
みんなの話を聞いている限り全員かなり強化されているのは間違い無かった。
この短期間でここまで強く出来るのは恐ろしいと逆に俺はあの五人に恐怖を覚えるくらいだ。
山西が箱型の魔道具を持って返すの忘れてたとか言っていたが、それはまた会った時にでも返すと言う事で納得させる。
流石に俺達も疲れたので、次のエリアの探索は明日にして一旦休んだ。
しかし、もう一日休む事になるとは俺達は思ってもいなかったし、ジジイの性格の悪さに少し腹が立ったのは余談である。




