229話 妄想を馬鹿にするなよ?
――亜蓮視点
「あらあら?先程までの威勢はどうした事ですの?上手く立ち回るのでは無くて?」
「うっせぇ。黙ってろ」
次々と眷属の数を増やす茨燕に俺は対処が追いつかなくなって来た。
いや、元から一対一でも対処は追いついて居ないのだ。
この女腹立つな。
特にその口調……へし折ってやりたい程に生意気だ。
俺はナイフを次々と生成するものの、簡単に攻撃を防がれてしまう。
指先に指向を集中させて、ヘラクレスに放った様な突きを放っても軽々眷属に止められてしまう。
俺がどう動こうが大量の眷属に囲まれている以上は、キリがない。
キリが無いどころか、その眷属の一体でさえ倒せない。
中身は好きじゃないが、強さは本物だな。
これが異世界チートって奴か?
どうせなら俺にもその異世界チートとやらを伝授して貰いたいものだな!
「――!?」
「貴方に本体が見極められるかしら?仮に本体が分かったとしても私の眷属は本体にも被せる事も自由自在!視野の狭い貴方には無理な事ですこと」
目の前の眷属に向かって突き出したナイフはあっさりと首を傾けて回避され、俺は腕を掴まれる。
そして、その眷属は形を崩して黒い鞭の様な物で俺の顔面を殴った。
俺の身体が宙に浮き、周りの多数の影が巨大化してひたすら俺を殴り俺を地面に落下させない。
「あらあら?貴方はお飯事の世界で生きているので?貴方の考えている事も大概ですこと」
俺の意識が薄れてくるが、時折聞こえてくる耳障りな笑い声に俺の怒りのボルテージが上がる。
あ?今俺の妄想世界を馬鹿にしたな?俺は現実には然程興味はねえ。
だから、いつも他人行儀な反応で生きていけるし、妄想世界の完成の為に知識も溜め込む。
だがな、それがあるのは俺の妄想世界が完成に向かって成長しているからなんだよ。
俺の妄想世界を勝手にお前如きに壊せると思ったら大間違いだ。
お前に壊せるのは俺の現実だけだ。
だから、お前らは俺の妄想に付き合うだけで良い。
妄想通りにならねえ?そんなの分かってら。
だからこそ、俺は妄想世界で生きてるんだよ!それくらい察しやがれ現実主義者!
オタク舐めんじゃねえぞ。
イキってる奴は粛清してやる。
クソビッチBBAが!
俺の中からどこに向けたら良いのか分からない怒りと共に謎の力が湧き出て、身体に紫色のオーラを纏う。
生きとし生ける物全てのリア充に告ぐ。
爆発せよ。
実際にこの戦闘とは一切関係の無い怒りが俺の中から込み上げ、俺の手には約四十本のナイフが握られた。
一つの指に五本。
普通であれば持てない数だ。
だが、俺は強烈な力によってナイフの柄を全ての指が鬱血する程の力で握り締めていた。
「今年も夏コミ行きたいに決まってんだろうがよ!!!」
「は?」
俺の身体からは四十体の黒い騎士が生み出されて様々な方向に解き放たれる。
その騎士は指向性を持たずに所構わず自分の意思を持って磁石の様に茨燕の作った眷属に敵意を持って斬りかかり、茨燕の眷属もその騎士達に引き寄せられる様に鞭の形を保ったまま殴りかかる。
そして、俺は地面に叩きつけられ、放出した騎士達も茨燕の眷属に叩き潰される。
「はぁっはぁっ……」
「分かった。分かった。貴方の熱意は認めるわ。立ち上がりなさい」
俺は大粒の汗を垂らしながら地面に平伏しているが、茨燕は息一つ荒らげていない。
だが、俺の熱意が伝わったのか若干口角をピクピクと動かして引き気味にこめかみを抑えて俺にマナポーションを渡す。
俺も色々溜まっていた物を放出して気分が良くなったし、茨燕も俺の熱意を認めてくれた?って事で俺も満足した。
更にはシャドウナイトの自動化にも成功した。
もうこれは、言う事無い程に大成功じゃないか?
正しくはシャドウナイトの自動化と言うよりは指向性を複数に持たせる技を完成させる為に行った結果がこれである。
どこにもつかない指向性をシャドウナイトに持たせる事によってランダムで近くの敵に磁石の様に指向性を持たせる事の出来る能力だ。
少しギャンブル性は高いが、複数の対象に指向性を持たせる実験としては成功。
俺が目標とする対象全てに指向性を持たせる方法の前段階としては十分な結果だ。
俺はまだまだ成長出来る。
そう、俺は確信している。
そうでなきゃ、俺の妄想は妄想で終わってしまうからな。
俺の異様な熱意に茨は完全に頭を抱える。
「行くわよ。さっきの力一回限りと言う事は無いと信じていますわよ?」
「当たり前だ」
俺はそう言って、再び先程の感覚を思い出しながら地面全体に黒い沼の様な物を形成する。
そこに入った物の動きは全てゆっくりに見えて、俺自身も妄想と現実が入り混じった様な感触に襲われる。
これだ。
ナイフなんて要らねえな。
あんなのは攻撃する手段の一つでしかない。
一体一体に指向性を付ける必要は無い。
全てに指向性を向ければ良いだけだ。
簡単だ。
妄想と現実の全て……概念に怒りをぶつけるのと同じ様にな。
俺はただ、妄想を膨らませて対象を定めれば良い。
茨燕はまた動きの変わった俺に対して奇怪な目を向けながらも眷属を俺に向かわせ、一言『やるわね』とだけ呟いた。




