224話 茨燕 査姫
――亜蓮視点
「あら、お久しぶりですわね。私の自己紹介はもうしなくてもお分かりでしょう?」
マジかこいつ……いつも思っていたが、この図々しい態度と言い、半分ほど形が崩れているお嬢様言葉と言い、俺が気に入らない事ばかりだ。
茨燕査姫……こいつは、俺達の前に姿を現した事がある。
謂わゆる闇智グループの偵察部隊の幹部兼、俺達の見張りだ。
いつも気配は感じられないが、何と無く俺達の情報を逐一報告している事から常に確認しているのはほぼ間違い無い。
実際には茨燕のスキルによる監視で、常に見ている訳では無いのだが、そんな事は亜蓮が知る筈も無い。
お嬢様言葉ってのはな!ファンタジーの世界でこそ生きるんだ。
現実世界であんな奴居ねえだろ。
だから、舞台がファンタジーで整っていない以上は使ってはダメな言葉なのだ。
論点はかなりズレているし、偏見だが、亜蓮にとって異世界の妄想は崩したく無い。
それが亜蓮にとってのもう一つの見えている世界なのだから、それをぶち壊されては困る。
茨燕は長いカールした金髪を指の長い紅く染めた爪でくるくるとして俺の事をにやにやしながら見ている。
「何ですの?私の態度がそんなに気に入らなくて?」
茨燕は体を薔薇をモチーフにした鎧を着ており、ヘソの部分や太腿などの部分を大きく露出しており、男を煽情的にする様な格好だ。
二次元以外は殆ど関係の無い俺にとって色気は通じないが、実際茨燕は美人でスタイルも良い。
安元位だったら釣られてもおかしくないな。
あいつ単純だし。
安元が実際に亜蓮の心の声を聞いていたならばツッコミを入れていたに違いないが安元は現在闇智と対面している為亜蓮の方に注目する事は無い。
茨燕は俺の目線に気が付いたのかふふっと笑い胸を寄せる。
「あら?私の身体がもっと見たくて?」
その言葉は俺の琴線を刺激した。
「うっせぇババア。俺は一部を除いて三の次元の奴には興味ねぇよ」
「ば、ばばあ!?ですって?こ、これでも、まだ二十代ですのよ……」
茨燕は俺のある言葉にショックを受けたのか、少し落ち込んでばばあを小さな言葉で繰り返している。
あ、すまんな。俺には慈悲も容赦もねえから。
遠慮はする気は無い。
「ま、まぁ良いわ。かかって来なさい」
「ああ」
俺は一言呟いて速攻でマナを込めたナイフを人差し指との間に挟み、小指の部分でもう一本のナイフを取り出して茨燕の頭狙って投げる。
その速度はグリフォン程度の敵ならば容易く死に至らしめる程の威力。
そして、それはフェイクだ。
俺は茨燕を馬鹿にはしているが、戦闘面では評価している。
バクを捕まえた時の動きは正直俺達には到底真似出来ない物だった。
それならば、本気で最初からかかるのが、正しい判断だと俺は思った。
ナイフを投擲しながら俺は空中で一回転して茨燕の横をマジックインジェクションで空中加速し、擦り抜ける。
茨燕の四方は既に囲んだ。
しかし、茨燕は一切の動きを見せなかった。
俺は左手にもナイフを持ち、先程放ったフェイクのナイフが茨燕の頭部に接するか否かと言うタイミングでシャドウウォーリアを放ち茨燕の注意拡散を狙った。
チェックメイトだ。
俺自身も既に足払いの態勢に入っており、万が一俺の攻撃が回避されたとしても俺のナイフは指向性を持っている。
避けたナイフは砕かない限り、茨燕を追い続けるだろう。
更にはそのナイフを避けた瞬間に本命のナイフが茨燕を襲う。
俺はいくつものパターンを予測してこれだけの手を打った。
さぁ?どうする?
俺の気持ちは昂り自然に笑みが溢れる。
だが、現実はそんなに甘くは無かった。
「残念ね」
「何っ!?」
突如後ろから聞こえた声に俺はあまりの事に思わず、驚く声を上げる。
「何勝てると思っちゃっているのかしら?あの程度の攻撃で私が動揺するとでも思ったの?」
馬鹿な!?俺の目の前には俺が放ったナイフを身体から黒い影の様な物を出して粉砕して、俺の足払いを笑顔で受け止めている茨燕の姿があった。
だが、俺が驚いたのはそこでは無い。
俺の後ろ、後ろだ。
後ろにも俺に顔を密着させ、指を拳銃型にして俺の頬に突き刺してニヤリと笑っている茨燕の姿があった。
これはどう言う事だ?
お嬢様言葉が既に崩れているのはもう突っ込まないが、どう見ても俺には茨燕の姿が二人見える。
「あら?言ってなかったかしら?これは私の能力『眷属創造』による物ですの」
眷属創造?俺はその言葉だけで大体を理解した。
眷属とは一般には親族やそれに属する物を表すが、ファンタジーの世界では少し違う。
ヴァンパイアやアンデッドモンスターの中には眷属と言う自分の従属なる下僕を創り出す事の出来る種類が存在する。
眷属は能力こそ劣るものの、大量に生成できる為に純粋な戦力としてはかなりの物となるらしい。
眷属にも種類が色々あるが、そう言う感じの能力なのは間違い無いだろう。
しかし、この茨燕の眷属は眷属とは思えない程強い。
いや、それは本人が強いからなのだろうが厄介だ。
影の様な眷属は様子を見ている限り自由に姿を変えられる様に思える。
更には、その影による多彩な攻撃も容易だ。
これは厄介だ。
「茨燕。この眷属は同時に何体まで出せる?そして、何処までの範囲で出せる?」
恐らく答えてはくれないだろうが、恐る恐る聞いてみる。
「それは私も分からないですの。今の実力での限界までの数を出した事が無いですからぁ!まぁ、数千は出せるのは間違い無いですの。範囲も同じですこと」
は?何言ってんだこいつ。
一瞬俺は何故質問なんかしたのか、と言う気持ちに駆られる。
いやいや、俺の聞き間違いじゃ無ければこいつの能力だと一人で軍隊を作る事も容易って事じゃねえか!
しかも範囲も同じ事って事はほぼ無限の範囲で眷属を生み出され続けるのかよ!
飛んだチートだろ。
「実際に離れた場所に眷属を置いておけば、眷属転換で場所も自由自在……転移も容易な事ですこと」
なんかもう説明聞くの嫌になって来た。
取り敢えず、勝つ事は無理だな。
俺は集団戦が苦手なんだ。
指向性を未だに単体にしか付与出来ない。
「さて、私の能力を教えて差し上げたのですから当然貴方は先程よりも上手く立ち回れるのですわよね?」
「ああ、当然だ」
茨燕の挑発的な態度に咄嗟に返事を返してしまったが、当然そんな訳が無い。
だが、そう言ってしまった以上何かをしないといけないのは間違い無かった。
俺の返事に茨燕はニヤリと口の端を吊り上げて笑った。




