215話 二種類の炎
「来ないのか?」
ヘラクレスは左手をグイっと上に傾けて俺達を強い眼光で睨む。
ヘラクレスの身体の炎が消えてもヘラクレスの身体能力を考えると迂闊に突っ込めば、俺達何て瞬殺されてしまうだろう。
しかし、ヘラクレスも好戦的な笑みを浮かべてはいるものの、一切こちらに攻撃を仕掛けてくる気配が無い。
亜蓮は現在戦闘不能……しかも、かなりの深手を負っており、この戦いではずっと使えないと思っておいて間違いは無いだろう。
――
「龗牙よ、あやつ達はヘラクレスに勝てると思うかの?」
「無理だな。ほぼ勝機はゼロに等しいな。ヘラクレスもまだ本気じゃねえ。もし勝てるとしたら……いや、やめておこう」
隣から物凄いいびきの音が響き渡る中、神宮は闇智と酒を飲みながら安元達の状況を話し合う。
その会話の内容は安元達が勝つ事が出来る確率がほぼ無い事を表していたが、二人の表情は悩むと言う表情などは一切感じられない。
お互いに口の端を吊り上げて笑っているのだ。
「ガッハッハッ。それでも、やはり何かを感じるのかのう……彼奴らはセンスこそ無いものの才能の塊じゃよ。キッカケさえ掴めれば直ぐに開花するじゃろう」
神宮の台詞に闇智は何も言わずに視線を神宮から安元達に戻して左手で横で大いびきをかいて寝ている鎧を着た男の頭を軽く殴った。
しかし、闘技場に響き渡った金属音は到底軽くとは思えない程の轟音だったと言う。
横の鎧の男は何事も無かった様に頭を起こして試合の進展があまり無い事を確認するとまた同じ体勢に戻ったのだった。
――
急加速だ!自身の身体を急加速させるイメージだ。
俺は全身両腕にマナを込める。
しかし、今のタイミングでしくじってしまうと詰みだ。
轟々と俺の腕からは炎が燃えており、抑えきれなくなったマナが漏れ始めている。
それを見たヘラクレスは来たか。とだけ呟いて棍棒を構えた。
炎を纏う気配は一切無い。
添島に目で合図して、重光のアクアランスのタイミングに攻撃を被せるように指示した。
アクアは遠距離攻撃又は補助に特化させる。
ヘラクレスの身体能力相手だとアクアは相手にならない。
勿論、俺と添島も相手にならないレベルだが、アクアはその方が能力が生きる。
ヘラクレスを中心にして添島と対角線になる様に陣取った俺は全身でマナを圧縮するイメージを固めて溢れ出したマナを体内に押し込める。
全身が萌える様に熱くなり、自分が何を考えているのかさえ分からなくなった。
そして、俺は不死鳥の様に背中の炎の翼をはためかして全身を炎に包む。
全身に炎を収束させた自分はまるで、少しでも操作を間違えれば体内から破裂してしまいそうな位脆かった。
だが、それを乗り越えた先に強さがある。
俺は大地を蹴った。
ヘラクレスが反応するが、遅い。
全てがスローモーションに見える。
足と背中、腕、頭。全てにインプレスエンチャントを発動させる。
そして、俺は重光のアクアランスを加速して追い抜いた。
ヘラクレスは先にアクアランスの攻撃が来る事を予測していたらしく、少し動きが遅れる。
今の俺はこの技を使っている間は真っ直ぐと前方に加速するのが精一杯だ。
当然止まる事も出来ない。
だから必ずこの攻撃を当てる必要がある!
「全身内部圧縮属性付与 不死鳥!」
「――がっ!?」
ヘラクレスはこの戦いが始まって初めて腹から声を上げる。
俺の両腕はヘラクレスの腹部に食い込んでおりヘラクレスの背中からは腹部を熱で照らし回り込んだ炎が翼の様に噴き上がる。
そして、ヘラクレスの重さ百キロは優に超えているであろう巨体は空中に浮き、真っ直ぐと真後ろに吹き飛んだ。
ヘラクレスの正面からは偏差で飛んで来た重光のアクアランス。
後ろからは添島が向かっている。
俺は身体に纏った炎を解除して息を荒らげながら立ち上がる。
最高の物理技が出来た。
燃費はそこまで悪くは無いものの、自分自身を削っている気がして、心臓に悪い。
連発は精神的にもキツいし、操作性が悪過ぎる。
だが、改善する事が出来れば化けるのは間違い無い。
空中を舞うヘラクレスーー。
ヘラクレスはこんな事を考えていた。
――あの炎を使うかーー
空中を舞うヘラクレスはアクアランスと添島を捉えて全身にドス黒いラインを光らせる。
「自らを殺める炎と何か大切な物を殺める炎……どちらが良かろうか?いや、どちらも否だ!」
ヘラクレスは大声でよく分からない事を叫び、周囲に衝撃波と殺気をばら撒く。
その異常とも取れる殺気に俺は心臓がグッと掴まれた様に痛くなり、一歩後ずさる。
無理だ。
ヘラクレスが放った衝撃波は重光のアクアランスを吹き飛ばし、近づいていた添島さえも後ろに吹き飛ばす。
そして、大地に着地したヘラクレスは今までとは別の姿になっていた。
ヘラクレスの目からは黒い炎が燃え上がり、その炎は全身を包み込んでヘラクレスの姿が見えなくなる程だ。
そして、先程までと違い、凛々しく見えた戦士の姿は最早獣。
背筋は曲がり、腕をだらりと垂らしている姿は俺達に恐怖を与えさせるには十分過ぎた。
ヘラクレスの視線が俺を捉えた。
「殺めてやろう」
俺は一切動けなかった。
ヘラクレスの奥底から響く様な低い声が響き、俺の体内の鼓動が徐々に大きくなる。
ヘラクレスは黒い炎を手で握り、腕を俺の方に振りかぶった。
見えなかった。
気がつくと俺は全身を焼かれ、視界が真っ白になっていた。
ヤバい。死ぬ。
もう既に感覚神経まで焼かれてしまったのか痛みも何も俺は感じなくなっていた。




