13話 固有スキルの有用性
十階層のボス戦前半です。
「なっ!添島!?」
「は?」
俺は叫んだ。その声に反応した添島は大剣の柄で俺を小突いた。俺達の目の前には黒く一本一本が針の様に硬そうな体毛を持ち、凹凸のある厳つい顔をしたゴリラが地に座り、鼻をほじくっていた。身長は二メートル近くあり、かなり威圧感がある。
そして、微かにゴリラの体が光っている気がした。だが、それは気のせいか?おい、ゴリラが出てくるのも謎だが一番の謎は鼻をほじって座っている事だ。その態度は完全に俺達を舐めている。そのゴリラは俺達を見ても一切動こうとしない。くそ……そこで俺は添島の方とゴリラの方を交互に見る。案外似ているかも知れない。見た目が。
「よし、十階層のボスは添島か?いや、よく見たらそっくりのゴリラだな」
「おい、てめぇ。次はマジで殴るぞ」
添島は俺に向かって大剣の柄では無く、刃の方を向けた。
「冗談だよ……冗談」
全く、冗談の通じない奴だ。俺は誤魔化す様に添島の視線から逃れる。うん。本当に似ているかと言われたら似ていない。だが、どちらも筋肉ゴリラだ。しかし、圧倒的にボスの方が体格と態度は大きい。体格は大きいとは言ってもオークも大きかった為そこら辺は気にしない。地球でもゴリラは危険生物リストに搭載されている程怒らせると危険な生物だ。攻撃を仕掛けるならば奴が油断している今の内って所だな。
「ったく。冗談に聞こえないんだが……それにしてもだ、あのゴリラの体が光っていないか?」
添島は苦笑いを浮かべた。どうやら俺の気のせいでは無かった様だ。亜蓮も頷く。間違い無い。あのゴリラ光っている。その光の原因は直ぐに判明した。俺達の疑問に対してそれを確認した重光が答える。
「見た感じあのゴリラの体からは濃縮されたマナを感じるわ。魔法に強い耐性がありそうね」
どうやらあのゴリラは重光曰く魔法に対して強い耐性があるみたいだ。一旦『魔法障壁』とでも名付けておこうか。
しかし、そうなってくると厄介だ。どう見てもあのゴリラは見た目的に肉弾戦タイプだ。物理耐性も高いだろう。そして何よりあのゴリラは本当に俺達を舐めきっているのかピクリとも動きはしない。ポケ○ンのケ◯キングかよ!?
「チッ。あのゴリラふざけてるのか?魔法が効きにくいなら俺達が本気で切りに行けば多少はダメージ位は入る筈だ!重光達は支援を頼む!」
添島がゴリラに向かって駆け出した。確かに十階層の扉前にいた金属鎧のオークでさえ断ち切る添島の攻撃だ。通らない方がおかしいだろう。しかし、俺の魔法付与は一応魔法では無いのだが、それも効きにくいのだろうか?こればかりは試して見る他無さそうだ。
「属性付与!雷!」
「身体強化 撃!速!」
俺と山西は後方から添島を追う事無く添島の補助をする。今は一旦様子見だ。俺達の中でも一番物理火力が高い添島が突っ込めば今後の行動の目処が立つ。それを分かっていて添島は駆け出したのだ。
「流石にこの攻撃を見て無反応と言う事は無いだろ!」
添島が正に全力。全身の体重を全て乗せ、大剣の重量も利用してゴリラの体目掛けて腕を振るった。
「ウホ?」
「避けない!?」
ゴリラは避ける素振りも一切見せずに添島の全力の一撃を背中で受けた。ゴリラの背中の筋肉が隆起し、背中の体毛がハリネズミの様に逆立つ。その体毛に触れた大剣はまるで金属にぶつかっている様な音を立てて止まった。
「なっ!?何て硬さの筋肉と体毛だ!こんなので殴られたらーー」
「ウホ!」
ゴリラは添島が全力で振り下ろした大剣を背中に受けたにも関わらず、一切ダメージを受けた様子は無く寧ろ口元を綻ばせたゴリラは身体を捻った。
「不味いっ!?」
「ガァァァア!」
添島は大剣を急いで引き戻した。助走も付けずにゴリラが放った拳の一撃。その一撃は直ぐに添島の剣まで到達した。その刹那。添島の身体は俺達の方へと吹き飛んだ。壁にぶつかった添島は地面に倒れ込み、咳き込んでいる。
「嘘だろ……?」
そんな馬鹿な……全力の添島の攻撃が一切通らないなんて!俺達の間に動揺が広がった。あのゴリラ……どんな化け物だよ!しかも、今のゴリラの攻撃……全然本気じゃないのにこの威力!?こんなの勝てる訳ないだろ!
「回復!」
重光の声に合わせて緑色の光が添島目掛けて飛んで行き添島壁に寄りかかりながら立ち上がった。良かった。重光のお陰もあり無事のようだ。剣の腹で攻撃を受けた事もあり、添島は軽い打撲で済んでいた。防具がヘッドバットータスの甲羅で作った防具だったのも大きな要因の一つだろう。
「ありがとよ……それにしても、こいつ硬すぎるぜ。魔法も効かねえし、物理も効かねえ。こいつはとんだ化け物だ。まだ俺達には早かったって事か?クソ……どうやって倒せば良いんだ?また出直すしかないのか?」
添島が早くも弱気になっている。そりゃそうだ。今まで大体の敵は添島の攻撃にひれ伏していた。効かないにしろ多少はダメージは通っていた。それが今回に至っては一切ダメージは通っていない。それは俺達が奴に出来る有効打は無い事を示している。添島が言っている事は道理が通っていた。だからってまた出直すのか?逃げるのか?だが、それと言って勝つ方法が……!?
俺は無い知恵を絞って考えた。出来れば早い内に諦めたく無かった。俺はわがままだった。だけど、もしかしたらあの方法なら行けるかも知れない!俺はこの可能性に賭ける。無理だったらまた出直すだけだ。あのゴリラは俺達が決定打を与えるまでは俺達を見下したままだろう。それが大きかった。
だから、十分に勝機はある。失敗しても逃げる事も可能な筈だ。だが、今は逃げる事は考えない。勝つ事だけを考える!
「添島。俺に考えがある」
「あ?お前どうやって……?」
添島は怪訝な顔をして、すぐに何かを理解した顔に切り替わった。
「そうか!『魔法付与』か!?だが、確証はあるのか?さっきお前が俺に雷属性を付与して俺はゴリラを斬った。だが効果はなかったぞ?」
確かにそうだ。だが、蛙蟷螂戦を思い出して欲しい。あの時俺が奴の体内に放った攻撃はただの付与であったか?否。付与では無かった。俺はその可能性に賭けたのだ。
「確証は無い、だが可能性に賭けてみる。それに自分に魔法付与を掛ける時だけは何か違う気がしたんだよ。そう何か内側から湧き出してるような感じだな。たまには俺の可能性に賭けてみるって言うのも悪くは無いんじゃないか?何方にせよ、今は打開策が無いのは確かなんだから」
少しカッコイイ事を言ってみたかった。ただ出来なくても文句は言うなよ?すると添島は笑いながら言った。
「ハッ。面白ぇじゃねえか!そうだなお前がそんな事を言うなんて天地がひっくり返っても無さそうだ!やろうぜ!その可能性に賭けてやるよ!俺達がサポートするから思い切りぶった切ってこい!あのゴリラのムカつく面を壊して来いよ」
思った以上に添島はノリノリだ。相当あのゴリラにムカついていたらしい……うん。正直俺もムカついていたから丁度いい。
「魔法付与!火雷!」
俺は自分に魔法付与を二つ付与しながら融合させ、炎と雷を放出しながら駆け出した。因みに両手に片手ずつ火と雷を付与するならば普通に呼び方はファイア、サンダーである。現在は片手に雷と火が融合した物を纏い、それを両手に付与している状態である。
「ウホ?」
相変わらずゴリラは俺達を舐めきった態度で見ている。
「身体強化 撃!速!」
「うぉぉぉぉお!」
山西の援護を受け俺は左手を左腰の鞘に添えて鞘を背後に投げ捨て、紫電を放ちながら回転し、ゴリラの胴体を切りながらゴリラの反対側へと抜けた。ゴリラの正面に立った俺はそのまま左手で右腰の刀を鞘ごと持ち上げて縦に回転させ、鞘を正面のゴリラに投げ付けながら刀を引き抜き、ゴリラの腹を横薙ぎに切り裂いた。
「くっ……やっぱり駄目か!」
「いや、あれを見てみろ!少し毛の表面が焦げてるぞ!」
添島はそう叫ぶが、俺の五感に入って来た情報は甲高い金属音と、少し欠けた刀の刃、鞘を腕で弾き飛ばして俺を見下すゴリラの姿だった。しかし、添島の言っている事も間違いでは無い。本当にほんの少し毛の表面が焦げているのだ。だが、あれだと有効打にもならない。つまりほぼノーダメージだ。
「ウホホッ」
それを出直して来な?とでも嘲笑うかの様にゴリラは俺達を嗤った。添島と同じ様に攻撃が来る事を警戒して俺はゴリラと目を合わせたままゆっくりと後退し、距離を取る。しょうがねぇな、あの技を試すとするか!これも確証は無いのだが、何もしないよりはマシだろう。
「ふっふっふっ。こう言う事もあろうかと俺は秘策を生み出した」
「あ、また何か始まったぞ……」
亜蓮が俺の言葉に対して呆れた声で呟く。そう、俺は時々こんな感じで調子に乗るべき場面では無いのに調子に乗りだすのである。つまり場違いである。これがKYとか言われる原因かも知れない。いや、でも何か時々妙な自信に襲われる事無い?何か自分ピンチなのに妙に俺何かイケる気がするわ。的な。そして、案の定破滅するって言うね。いや、今回は破滅しない筈だ……多分。いやフラグじゃ無いぞ。
「はぁ!?そんなのあるなら先にそれをやりなさいよ!
」
山西が愚痴る。まぁ待て。まだその時じゃ無い!
「勿体ぶった方がカッコイイだろう?」
何か周りから全然カッコ良くないとか、早くしろとか言われてる気がするが気にしない。皆忘れていると思うが現在戦闘中である。当のボスであるゴリラは欠伸をしながら寝ようとしている。俺に追撃せんのんかい!!なんてこった。すると添島が呆れた様子で踏み入れてきた。
「それで、その秘策とは?」
ふふふよく聞いてくれたな添島くんや。では答えよう。
「今まで使う機会が無かったから使わなかったんだが、これは前のゴブリンエレメンタル戦で思い付いた技なんだ。名付けて『魔力壊付与』!これは自分にしか使えない。そして一瞬しか効果が無いからほぼ同時に誰かが攻撃する必要がある」
「いまいち属性付与との違いが分からないぞ?むしろ一瞬しか使えないとなると逆に劣化版とも言えると思うのだが……」
そうこれは無属性のマナを付与する技なのだが魔法はあのゴリラには通らない。
だが俺の魔法付与は俺の推測だが魔法では無い。俺のさっきの攻撃でゴリラの毛が焦げていた事からそれは確かだ。いや、それは魔法無効化でも無い限り、魔法でも食らうのか?ううん……よく分からない。もしかしたら魔法耐性じゃなくて、属性耐性なのかもしれないが……その辺は置いておく。
そんな事はどうでも良い。重要なのは魔力壊付与が奴に通用するかどうかって事だ。それに新技が一瞬しか使えないのには理由がある。いや、普通に使う分では長時間でも使える。だが、あのゴリラの周りを覆っている魔法障壁は相当な厚さだ。それを突破するには俺も無属性のマナを相殺する位の威力で出すしか無い。
そうなると長時間マナを放出し続けると俺の身体が保たない。俺の保有マナ量は重光とかに比べると多くは無い。当然マナを使い過ぎるとこの前の重光みたいに意識を保てなくなり戦闘続行は不可能になってしまう。無属性である理由は他の属性でやってしまうと相殺では無く上から押しつぶす形になる為、バリアを裂くのでは無くバリアの上からダメージを与える形になってしまい効率が悪く、俺以外の人ではダメージを与えられなくなってしまうからだ。それは困る。流石に俺の火力ではあのゴリラは倒せない。正直俺の攻撃の威力はオークを一撃で殺せるか?って言われたら微妙なレベルだからな。
「まぁそう言うなよ、ちゃんと策はある。大丈夫だ、俺を信じてくれ」
仲間に説明すると長くなる為取り敢えず俺に従って貰いたい。
「分かったよ。同時にって点で俺は何する気か大体分かったぜ」
どうやら添島は何となく気がついた様だ。
「安元!亜蓮!行くぞ!安元が斬りつけた場所を直ぐに俺が全力で斬りつけたら良いんだな?山西!二重強化できるか?」
「そうだ!流石は添島理解が早いな!」
「多分大丈夫よ」
添島は俺の意図を汲み取ったらしく指示を受けた亜蓮と俺と一緒に走り出した。
「二重強化!撃速防……!うぷっ……」
いつもよりも強力な強化魔法を唱えた山西は気分がかなり悪そうだ。流石は嘔吐芸人。でもまだ吐くなよ?
「ありがとな。暫く休んでいろ。直ぐに終わらせる!」
「今だ!」
「おりゃぁぁあ!」
山西の支援により身体能力が上昇した俺達は加速してゴリラの正面から突っ込んだ。俺を中心にして、後方に亜蓮と添島が待機している。三角形の布陣である。
「魔力壊付与!」
先陣をきった俺は両手に握った刀を振るい、ゴリラの腕に這わせた。普段であればゴリラの正面から突っ込むなど言語道断。危険な行為であるが、半分寝かけているゴリラであれば関係無い。そして、俺が刀に向かって無属性の魔力を全力で込めた瞬間、ゴリラの光っていた腕の一部の光が裂けた。
「来た!」
「うぉぉぉぉ!」
「はぁぁぁあ!」
そこへ、添島と亜蓮が強化も含め、威力が渾身の一撃を叩き込んだ。亜蓮が素早くククリソードを斬りつけ、それによって出来た傷口目掛けて添島は大剣を振り下ろした。
「ウォォオオ!」
ゴリラの腕から血飛沫が上空に舞い、ゴリラは叫び声を上げながら飛び起きた。その瞳には闘志が宿り、ゴリラは俺達から距離を取る為に反対側の腕を使って後方へと飛び退いた。そして、俺が斬り裂いたゴリラの腕を再び光を浴びた。だが、傷を付けた方のゴリラの腕はもう使い物にならないだろう。
「まずは一手。ナイスだ。安元」
「ああ」
しかし、厄介なのはこれからだ。臨戦態勢に入ったゴリラは手強いだろう。遊びで添島を軽く吹き飛ばす攻撃力を誇る腕は厄介だ。四足歩行のモンスターではあるが、片腕はやった。これで、戦闘が大分楽になれば良いけどなぁ。俺は相手が動揺している隙に追撃を加えようと思い、再び刀を構えた。それに対してゴリラは威嚇をしているのか、二本の足で立ち上がり、怪我していない方の腕を掲げて胸を叩いた。
「威嚇なんて呑気な奴だ。追撃を……」
「いや!ダメだ!」
「っ!?」
ゴリラの胸を叩いく腕に収束する光。それを見た添島は俺の肩を掴んで背後に方向転換させると、亜蓮と共に後方に走り始めた。
「何してんだ!速く来い!」
「ウォォオオオ!!!」
そして、ゴリラは光り輝く腕を持ち上げ、地面に向けて叩きつけた。俺達との距離はその時五メートルも離れていなかっただろう。初めてゴリラに有効打を与えた俺達が喜ぶも束の間……辺り一面は轟音と光に包まれた。
〜〜〜単語やスキルなど〜〜〜
ボス戦のゴリラ…モンスター名:気螺大猩々(オーラゴリラ)黒く厳つい身体に身長二メートルはあるかと言う体格をしているゴリラ。身体は微かに光り物理攻撃と魔法攻撃を軽減する。また元々の身体スペックが高いため、多少の攻撃では傷一つつけられない。敵が自分に勝てないと見るや敵を見下す。普段はポ◯モンのケ◯キングみたいな感じ。攻撃する時拳を光らせていたが何が起こるのか?次話をお楽しみに!
魔力障壁…物理攻撃や魔法攻撃で受けるダメージを軽減する。防御壁と比べて動きやすく、一度の衝撃で割れたりする事が無い。例え裂かれても直ぐに張りなおせる。主人公は勘違いしているが、属性攻撃も軽減する為、添島に掛けたスキルのエンチャントは効かなかった。ただ、物理、魔法耐性に比べると耐性が低い属性耐性は主人公の攻撃の際には属性の火力が強く、ゴリラの表面を焦がす事が出来た。
属性…属性を融合させると呼び方が変わる事がある。
魔法壊付与…敵の張っている属性の障壁と同じ属性を付与し力ずくで相殺させる技。