22.解呪
俺たちのトランプも一段落し、ダインも満足した顔で稽古から帰ってきたので、ふたたび本題に戻ることにした。
ちなみにサウスはふらふらの足でやってきて、アヤメの回復魔法を受けると、再びふらふらな足取りで帰っていった。
アヤメの魔法でも回復しないということは本当に限界だったんだろうな。今夜はきっとぐっすり眠れるよ。
「さて、そろそろお姉さんを呼んだ理由を聞かせてもらいたいなあ」
フォルテがさっそくたずねてくる。
「まさかラグナちゃんと話をさせてくれる為ってわけじゃないんでしょ~。私としては楽しかったけどぉ」
「そうなんですけど、それももしかしたら役立つかもしれないなと思いまして」
「というとぉ?」
「とある結界を解除してもらいたいんです。どうも魔法を色々無効化するみたいなうえに、魔素もからんでるので俺らのメンバーじゃ誰も手が出せなくて」
「ま、行くほうが早いだろ」
ダインが面倒くさそうに発言する。
確かにそうだな。魔法に関しては俺はまったく詳しくない。口で説明できるはずもなかった。
「スキル発動。<ゲート>」
さっそくアウグストの城へのゲートを開く。
さらに潜伏のスキルも使うと、ゲートを超えて向こう側に降り立った。
正門だとまたケルベロスに嗅ぎつけられるかもしれないので、少し離れた場所に出る。
ちなみに来たのは俺とフォルテだけだ。
バトルするわけでもないし、人数が多いほど潜伏スキルの効きが悪い気もするしな。
フォルテがさっそく目の前の城壁を見上げた。
「なるほどねぇ。これは見たことない魔法理論だわ~。見たことも聞いたこともない魔法なんてさすがにもうないと思ってたけど、お姉さんちょっと慢心してたかも。世の中は広いのねぇ」
「アウグストはネクロマンサーだからな。魔法とはもしかしたらちょっと違うのかもしれない」
よくは知らないが、火や氷を生み出す魔法とは違うような気がする。
フォルテが納得したようにうなずいた。
「ああ、なるほど。それでなんか生きてるような感じがするのねぇ。魔法的な結界というよりは、霊体による薄い膜って感じのほうが近いかしらぁ」
「なんとか解除できないかな」
「うーん」
フォルテが頬に手を当てながら考え込むように首を傾げる。
どうでもいいがそういう妖艶な仕草が本当に似合う人だな。
うっかりドキッとしてしまいそうになった。
「どうにかしろといわれたら、どうにかできないこともなさそうねぇ」
「本当か?」
思わず食い気味に反応してしまう。
フォルテが笑みを浮かべた。
「んふふ~、せっかちなのは嫌いじゃないけど、それじゃモテないわよ~。魔素が使われてるみたいだから、魔素について研究する時間がほしいわねえ」
「それはどれくらいかかりそうなんだ」
「まあ2、3日ってところかしらあ。こればっかりはやってみないとだけど~」
思ったよりも早いな。
研究には一ヶ月かかる、なんて言い出すのかと思った。
自分でも設定しといて忘れてたがフォルテも一応は天才だったな。
「それならもしかして、ネクロマンサーのアンデッド化の解呪方法なんかもわかったりするのか?」
相手は卑劣なネクロマンサーだ。
俺が小説で書いた以外にも様々な呪術を持っているだろう。
どんな手を使ってくるかわからない。対抗策は多ければ多いほどいい。
「私の知ってる方法とは少し違いそうだからそれも調べてみてからだけど、たぶん大丈夫よぉ」
「そうか。助かる」
「あっちもこっちも、命の基本は魂と肉体みたいだからねぇ。そうなればネクロマンサーが行う呪術は本質的には三種類だけ。仮の肉体に本物の魂を入れる方法か、本物の肉体に仮の魂を入れる方法か、あるいはその両方。仮の肉体に仮の魂を入れる方法しかないわぁ」
ふむ、なるほど。
それなら何となくわかりそうな気がする。
あのケルベロスの肉体は明らかに作られたものだ。
しかしその動きは獣そのものだった。
おそらく狼から取り出した本物の魂を入れたんだろう。
狼は元々群で狩りをするものだから、三つの魂が同時に存在しても連携をとりやすいだろうしな。
「本物の不老不死なんて存在しないわぁ。肉体と魂が別だからこそ、肉体が限界を超えても再生させることで動けるの。もし本当に不老不死なんてのがいたのなら、それはきっと生命ではない別の何かよ~」
ふむ。
数千年生きたという例なら身近にいるしな。
魔力そのものらしいから厳密には生命ではない、とかなんとかいってた気がする。
「この結界も本質的には同じはずよぉ。結界を肉体と捉え、その機能を魂と捉えれば、これもまたアンデッドみたいなもの。それさえわかればあとは魔術理論から逆算するだけなの~。でもひとつ問題があるわぁ」
「それはなんだ」
「私じゃ魔力が全然足りないのぉ。誰か強力な魔力の持ち主がいればいいんだけど~」
「それならラグナかな」
魔力量とやらではきっとラグナの右に出るものはいないはずだ。
「うむ。我が適任かの」
いつの間にか横にいたラグナが幼い顔でうなずく。
さっきまでいなかったけど今更もうこれくらいでは驚かないぞ。
むしろフォルテのほうが驚いたはずだが、驚きよりも好奇心のほうが勝ったらしかった。
「あら、いつのまに来たのかしらぁ。ずっと気にはなってたんだけど、ラグナちゃんも手伝ってくれるのなら心強いわ~」
「主の頼みならば断れまい。我には細かい魔力の操作は苦手だしの」
「確かにすごい魔力を持った子だなとは思っていたんだけど、ラグナちゃんは何者なの~?」
「見てみるといい。お主ならそのほうが早い」
「では失礼して~」
フォルテがラグナの頭に手を乗せる。
はたからみれば年上のお姉さんが年の離れた妹の頭をなでてるようにしか見えないが、いつも余裕のある態度の崩さないフォルテの目が驚愕に見開かれていった。
「えっ、これは……魔力……? 純粋な魔力のみなのに自ら形と意志を持つなんて……こんなことが、ありえるの……?」
「ありえる。今のところ我だけだがの」
「でも、どうしてこんなことが……」
「それは我も知らぬ。気がついたら我が生まれていたからな。我思う故に我あり、という話ではないのかの」
「そういう話ではないと思うけど……。でも、そうねぇ。これなら魔力に関してはなんの心配もいらないわぁ。ふふ、それにラグナちゃんを色々調べるのも、とーっても楽しそうだわぁ。もしお姉さんに聞きたいことがあったら、ラグナちゃんも聞いていいわよぉ」
「ふむ。そういうことなら人間の生活について知りたいの」
「あらそれくらいお安いご用よぉ。でもそういうのは他の仲間に聞いてもいいんじゃないの?」
「聞いたのだがなかなか教えてもらえぬでの。我は生命というのに興味がある。とりわけ交尾について知りたいの。生命が生命を生み出すそのメカニズムは我にはなかなか理解不能で興味深い」
おいバカやめろ。
なんて思ったがもう遅い。
フォルテの目が今までで一番輝いた。
「あらあらあらぁ、そういうことならお姉さん大歓迎よぉ。特にラグナちゃんみたいにかわいくて幼い子をお姉さん色に染めるのだーいすきなの。もう手取り足取り腰取り何でも教えちゃうから~」
「うむ。よろしく頼む」
早くも興奮して鼻息が荒くなっているフォルテに対し、ラグナが大真面目にうなずく。
ある意味最も引き合わせてはいけない二人を引き合わせてしまった気がするな……。