21.深淵
どういうことかとたずねた俺に、フォルテがいつもの間延びした声で答えた。
「魔界は滅びそうなんじゃない。もうとっくに滅んでいるの~」
「…………………………は?」
フォルテの言葉に、俺は思わず聞き返してしまった。
「魔界がすでに滅んでるって、つまりどういう意味なんだ?」
「そのままの意味よぉ。理由はわからないけど、この魔界には私たちの想像を遙かに超える災害が起こったみたいなの~。その結果世界は滅びた。それは、生命が絶滅したとか、巨大隕石が落ちたとか、そんな程度の滅びじゃないの。文字通り世界そのものが消滅したのよぉ。世界は消滅し、崩壊した魔力の残骸だけが残された。それが魔素の正体よ~」
あっさりと言われた内容に、俺の理解が追いつかなかった。
「滅びたって、じゃあ、今のここは……?」
今にも滅びつつあることは確かだが、少なくとも今俺は魔界に立っている。滅んでなんかいない。
「わからないわぁ。なにかとてつもない存在がこの世界を維持してるみたいねぇ。再生させたわけでも、新しく作ったわけでもない。滅んだ世界を滅ぶ前の状態で維持する、なんていう意味の分からないことをやってのけてるのよ~。でも、維持してるだけ。なんらかの超常的な力が消えた瞬間に魔界は消滅するわ~」
「どう、して……そんなことが……」
たずねる言葉がかすれてしまう。
恐怖とか驚きとかではなく、ただただ理解が追いつかない。
魔界がなくなるなんてありえない。少なくとも今俺は魔界にいるわけだし、それになにより、物語的にも魔界がなくなるなんて起こってはいけない。
俺の設定が甘くて矛盾が生じたときや、物語の展開とは違う行動を起こしたとき、いままでなら物語の修正力とでも言うべき力によって、強引に物語通りになるように設定を追加されてきた。
例え無茶苦茶で不条理とも思える強引な設定だったとしても、そこには「物語と同じ展開にする」という方向性が見えていた。
しかし今回はまったく逆だ。
魔界が消滅すれば、魔界で起こる物語が消滅することになる。
これでは物語が破綻するどころか、物語そのものが成り立たなくなるじゃないか。
こんなこと起こってはいけない。
絶対に起こってはいけないんだ。
なのに……。
混乱してまともに頭が回らない。
俺の言葉足らずな「どうして」の質問を、フォルテは「どうして魔界は消滅するのか」という意味に受け取ったようだった。
「だって魔界はもうないからぁ。ないはずものもをあったことにしているだけ。だから、維持する力が消えたら元に戻るだけなのよぉ」
ダメだ。全然意味が分からない。
いや、それとも俺がわかりたくないだけなんだろうか。
そういやラグナが魔素について説明するときも、なんか細かいところはぼかしていたな。あれはひょっとしたら、俺に知らせたくないからだったのだろうか。
「因果をずらしておるようじゃの」
ラグナがまたよくわからないことを言い出した。
「つまり過去に起こった結果を起こらなかったことにしておるということじゃ」
おお。それなら何となくわかるような気がしなくもないぞ。禊風に言うとオールフィクションってことだな。
「しかし完全になかったことにはできなかったようじゃの。その結果、滅んだ世界と滅ばなかった世界の二つが混ざり合った状態になった。むしろ少しずつ滅びの状態が勝りはじめているようじゃの」
「ふうん。なるほどねぇ。でもどうしてかしらぁ」
「簡単な話じゃよ。最初の滅びで世界だけでなく因果律すらも完全に消滅してまったのじゃ。ここまでくるともはや滅びですらないの。存在が消滅して虚無に戻ったという方が近い。そんな状態から再び世界を取り戻そうというのだから、それはもう無から有を作ることと同義よの。じゃがわずかに力が及ばなかった。この世界を維持させているのは神のごとき存在であることには違いないが、本物の神ではなかったということじゃ」
「なるほどねぇ、興味深いわ~。魔界について調べれば、ひょっとして世界の深淵についてわかるのかしらぁ」
「否定はせぬが、そういうときに言うべき言葉を知っておる。お主が深淵を覗くとき、深淵もまたお主を覗くのじゃ」
「うふふ~、怖いわぁ~」
なにやら高度な会話が繰り広げられている。
俺にはもうまったくわからないので理解することをあきらめたよ。
わかったのはひとつだけ。
魔界はヤバい。
これだけ理解すれば十分だろ。
「……ん? そういやダインがいないけどどこ行った」
「お姉ちゃんなら難しい話は頭痛が痛いといって外へ素振りしに行ったよ」
久しぶりにダインに共感できたわ。
ラグナとフォルテによる魔界についての難しい会話は宿屋に戻っても続き、約一時間後くらいにやっと一段落ついたようだった。
「んふふ~。有意義な時間だったわぁ~」
フォルテが妖艶で満足そうな表情を浮かべる。
ちなみにそのあいだ、俺とシェーラとアヤメはトランプをして時間を潰していた。この世界にトランプなんてなかったので俺が自作したものだ。
ちなみにやってるのは大富豪な。
作るのが簡単で、ルールもそれほど難しくないのにはじめると以外に奥深い戦略が楽しめるから暇つぶしには最高だ。
ダインは宿屋で暇そうにしていたサウスを半ば強引に連れて行ってなにやら模擬戦をすると行っていた。
模擬というわりにはときおり外から轟音やら泣き声のようなものやら聞こえていた気がするけど気にしないでおこう。
「ちょっとは気にしてほしいんだけど!」
おっ、サウスが部屋にやってきた。
どうやら生きてたようだ。
「というかなんなのあの人!? 本当に人間なの!?」
「その気持ちすごいわかるが人間だ」
火力も耐久もスピードも全部がSSRクラスというぶっ壊れのチートキャラだからな。
並の人間では相手がつとまらないだろう。
むしろそんなダイン相手に模擬戦がつとまるだけでもものすごいことだ。
サウスを見れば髪が乱れていたり、服が裂けていたり焦げ痕がついていたりしているが、体に傷はないようだ。
一応模擬戦というだけあってダインもその辺配慮はしてるようだな。
「あ、すぐに回復しますね」
アヤメが回復魔法を唱える。
目立った外傷はなかったが、やはり無傷というわけではなかったんだろう。
それに回復魔法では体力は回復しないのだが、アヤメにかかれば多少の疲労もいやしてくれる。
サウスもその効果に驚いた顔になった。
「これは……。すごいね。回復魔法のお世話になることはなどもあったけど、こんなにすごい魔法は初めて。あなたたち、本当に何者なの」
「そんな……。私なんて、大したことないです」
アヤメが謙遜するが、そのすごさは俺たちもみんな知ってる。
何よりもそれを一番よく知っている長身の美女がサウスの後を追うように室内に入ってきた。
「アヤメの回復魔法を受けたな。ならもう一戦いけるよな」
「今度こそ死ぬわよ! あんたたちも遊んでないで助けて!」
サウスが悲鳴じみた叫び声をあげる。
それまで黙っていたシェーラが、手にしていたトランプをばさっとテーブルにおいた。
「はい革命」
「ああああー! ここで革命とか俺の2のスリーカードがあああああああ!」
「さっさと使わないからよ」
「だめだー、もう終わったー、アヤメ助けてくれー」
「ユーマ君が8以下を出してくれれば返せるけど……」
「ちなみにあたしあと3と4と5しかないから」
「この人ガチすぎる」
「思いっきり遊んでないで早く助けて!?」
サウスのさらなる悲鳴が聞こえた気がしたがきっと気のせいだろうな。