17.決戦
時空の門が開き、アウグスト城の目の前につながる道を作りだした。
門の先には、どことなく黒ずんだ雰囲気の城がたたずんでいる。
ざっと見ただけでも漆黒の鎧を身にまとった警備兵が数十人は城のまわりを警備していた。
「まずは準備運動にあいつら全部ぶちのめせばいいんだな」
「いや、やめてくれ。城の外だけであの人数だぞ。中には何人いることか」
体力バカのダインならともかく、俺にはそれだけのバトルを続けるだけの力なんてもちろん無い。
「じゃあどうするんだ」
「こうするんだよ。スキル発動。<潜伏LV.10>」
俺たちのまわりを見えない気配が包む込むのを感じた。
以前にとある貴族の屋敷に忍び込むのにも使用したスキルだ。
あのときは兵士の目の前を通り過ぎても全く気づかれなかったからな。性能は実証済みだ。
「これで見張りには見つからずに進めるはずだ」
「こそこそ隠れながら行くのは性に合わねえんだがな」
「城に入る前から騒ぎになってボスに逃げられるよりはマシだろ」
「ふん、口だけは達者だが、その通りだな。ここはリーダーの作戦にしたがってやろう」
ダインも納得してくれたので、さっそく俺たちはゲートの中に足を踏み入れた。
ゲートを抜けた瞬間、空気が重くなったのを感じる。
アウグスト城は全体的にどことなく薄暗い感じがあるが、それは見た目だけではないようだ。
「この感じ、ろくなものじゃないわね」
シェーラが真剣な顔でつぶやく。
ラグナも小さくうなずいた。
「うむ。魔素が濃い。それに呪詛も多い。攻性防壁というやつじゃの。並の人間なら近づくだけで意識を失うじゃろう」
マジか。そんなにヤバい状態だったのか。
とはいえ敵地のど真ん中に来たんだから、安全なわけはないよな。
近くには見張りの姿もちらほら見える。ざっと見ただけでも十人近くはいそうだ。
城の守りに詳しいわけではないが、これはたぶん多いほうだろう。
それだけ相手も警戒してるってことか。
「それで、これからどうするの?」
「とりあえず中に入る方法を探さないとな。正面入口に向かってみるか」
以前、貴族の館に進入したときは正面から堂々と入れた。
今回も同じ方法が使えると楽でいいんだがな。
正面と思われる場所に向かって壁沿いに歩いていく。
周囲には武装した兵士が巡回し、壁の上には弓を構えた兵士が周囲を警戒している。
しかし、潜伏スキルのおかげで見えなくなっているはずとはいえ、やはり敵の目の前を歩くのはかなり怖いな。
どうしても足音をたてないように慎重な歩き方になってしまう。
アヤメが俺の背中にぴったりくっついてきた。
ダインやシェーラは臆する様子もなく普段通りに歩いてるように見えるが、その足運びが慎重なのは俺の目にもわかるほどだ。
いつでも剣を抜けるように手は常に柄の上に置かれているし、視線は油断なく周囲を見張っている。
兵士たちの息づかいまで聞こえるほど近づいたとき、彼らの会話が聞こえてきた。
「しかし暇だな。ほんとに敵なんてくるのか? ここ最近は偵察もまったくいなかったんだろう」
「知らないよ。上からのお達しだ。俺たちは言われたとおりに警戒するだけだ」
「とはいってもなあ。気の張りっぱなしじゃ神経が保たねえよ」
シェーラがちらりと彼らに視線を向ける。
「上からの指示、ね。やっぱり警戒してるのかしら」
「そのようだな。ヤシャドラの報復を恐れてるんだろう。といってもどんなに見張りを増やしたってヤシャドラのような影狼族を防ぐことはできないんだがな」
そのことはアウグストも当然知っているはずだが、それでも見張りを増やすとやはり安心感が違うのだろうか。
そのとき、見張りの兵士が突然こちらを向いた。
「ん? おい、今なにか話し声が聞こえなかったか?」
兵士の一人がそんなことを言い出した。
俺たちのあいだに緊張が走る。
シェーラとダインがそろって剣の柄に手を伸ばした。
「そうか? 俺たちの話し声じゃないのか?」
「いや、それとは別の声が聞こえた気がしたんだが……」
そういって首をひねりながらも、俺たちがいるところを正確に見つめている。
俺一人の時はまったく見つかる気配がなかったが、この人数になるとさすがに完全にとはいかないのかもしれないな。
早いところ離れた方がよさそうだ。
足音を忍ばせながら正門へと向かう。
見たところ他に入り口は見あたらない。
裏口くらいはあるだろうが、正規の入り口となるとこの正門だけだろう。
巨大な鉄の扉は堅く閉ざされている。
俺なんかがちょっと押したくらいじゃビクともしないだろうが、しょせんは物理的な扉だ。シェーラやダインが本気を出せば簡単に破壊できるだろう。
だというのに、なぜか正門には見張りは一人もいなかった。
「なんだ、拍子抜けだな。大暴れできると思ったんだが」
「戦闘がないのは助かるけど、誰もいないってのも怪しいわね」
「周囲にあれだけ見張りを配置してるのにここには一人もいないってのは、罠と考えるのが妥当なんだろうが」
しかし罠は罠と悟らせないからこそ意味がある。
こんなに堂々と怪しければ誰も近づかないだろう。現に俺たちは今こうして怪しんでいるわけだし。
だからこそ正門を守れている、という見方もできるが……。
「んなもん考えたってわかんねえだろ。行くしかねえなら行くしかねえだろ」
ダインが豪快に笑い飛ばす。
相変わらずの脳筋理論だが、そのシンプルすぎる考えが一番正しい気もするな。
罠ならそれはそれでいいだろう。
どうせ道はここしかないのなら、行くしかない。
「とりあえず様子を見ないと作戦も立てられないしな」
そういって扉に近づこうとしたとき、俺の中でなにかが警告した。
直感というべきものが危険を訴えている。
なんだ? なにが危険なんだ?
隠密スキルでまわりからは見えなくなっているし、そもそも正門には見張りもいない。危険なんてなにもないはずだ。
だが危険を訴える感覚は、消えるどころかますます強くなっていく。
なんだ。なにを見落としている?
つい足取りが鈍りながらも、門に向ける足は止まらずに進んでいた。
そのとき、背筋を悪寒のようなものが這い上がっていった。
見えない氷の手が背筋をなでるような、体を包む大切なものをはぎ取っていくような、冷たい喪失感。
直後に悟った。
「しまった、スキルをはがされた……!」
俺が気づくと同時に、目の前の地面がひび割れた。
爆発するように大量の土砂が吹き上げる。
「なっ……!」
「おっ、こいつはすげえのが来たな」
地面から出てきたのは、三つの首をもつ真っ黒な獣だった。
体は俺の倍以上もある。
三つの目がそれぞれ俺たちをとらえると、一斉に口を開いた。
「ぐうううううがああああああああああああっ!!!!!!」
大気が振動するほどの大音量。
それだけで鉄の門がきしみ、俺たちの体を衝撃波がおそう。
なんとか踏ん張って飛ばされるのだけは耐えられたが、叫ぶだけでこれとか相当な化け物だな。
「明らかにあたしたちに反応して出てきたみたいだけど、ユーマのスキルで感知されないんじゃなかったの?」
「そのつもりだったんだが、考えてみればアウグストはゲートを無効化するほど強力な結界を張ってるくらいだ。当然隠密スキルへの対抗策も考えてあるに決まってたな」
兵士たちに感づかれていたのも、結界によって俺のスキルの効果が弱まっていたからだろう。
そして門へと足を進めることで結界に触れてしまったために、完全に無効化されてしまった。
それだけでなく、この獣が現れた瞬間から、空気の重苦しい感じがさらに強まっている。
「ほう。主よ、こいつは危険じゃぞ」
ラグナのどこか楽しそうな声に、俺は無言でうなずく。
漆黒の体躯に、三つの首。凶悪な牙が並ぶ口腔の奥には、赤黒い炎が渦巻いている。
これだけの条件が並べば誰だってその正体は分かるだろう。
地獄の番犬ケルベロスが俺たちの目の前に立ちはだかった。