16.襲撃
今後の活動方針を決めていた俺たちの目の前に、いきなりラグナが現れた。
「アウグストの居場所を見つけたっていうの?」
シェーラの問いかけに幼い顔がうなずく。
「うむ。主から頼まれておったからの」
「魔界に行ってから迷うのは目に見えていたから、先にラグナに頼んでおいたんだよ」
魔素が充満する魔界で事前に活動ができるのはラグナしかいなかったからな。
それに場所なんて見当もつかないし。
「なるほど、さすがユーマだな。話が早い。それでそいつはどこにいるんだ」
「そのためには、ラグナに頼んでおいたものが必要だ。どれくらい集まった?」
「この通りじゃ」
ラグナがテーブルの上に大量の紙束を置いた。
古いものから新しいもの、大きいものから小さいものまでとサイズも種類もバラバラだ。
ざっと見ても2、300枚はありそうだ。
「おお、集めてくれたか。悪いな」
「大したことではないが、数だけはあったからの。少々骨が折れたわい」
「これは、地図?」
シェーラが紙切れの一枚を持ち上げてつぶやく。
「うむ。主に魔界中のあらゆる地図を集めてくれといわれての」
「この中から探すの? 大変そうだけど、みんなで力を合わせればきっとできるよね」
アヤメが健気なことを言ってくれる。
「そんなことをしなくても、もっと簡単な方法があるぞ」
俺は質屋のおばちゃんから手に入れたばかりの紙を広げる。
店にある一番サイズの大きい紙をくれ、といって売ってもらったやつなので、広げると俺の身長よりも大きい。
中は白紙でなにも書かれていなかった。
ダインが興味深そうに白紙の紙をのぞき込む。
「こんなのでどうするんだ?」
「まあ見てろって」
俺は広げた紙を右手に持ち、ラグナに集めてもらった地図の束を左手に持つと、意識を集中して目を閉じた。
「合成。<白紙><地図>」
両手が光に包まれ、手にあったものが光に溶けて消えていく。
代わりに、俺の正面のテーブルに一枚の大きな紙が現れた。
大きさは俺の身長より大きいくらいで変わりない。
しかし先ほどと同じ白紙ではなく、巨大な紙面にびっしりと詳細な地図が書き込まれていた。
「え、これって……」
シェーラが驚いたように手を伸ばす。
「そうだ。世界地図だよ」
「世界地図って……、まさか、魔界全土の?」
シェーラが絶句したようにテーブル上の地図を見つめている。
あのダインですら言葉もなく目の前の地図を見つめていた。
「さすがユーマ君、すごいね」
アヤメだけ驚き方に温度差があるのは、俺と同じ現代人だからだろう。
俺たちからしてみれば世界地図なんて見慣れたものだ。
地図どころか、グーグルアースで地球の衛星写真がいつでもどこでも見られるくらいだからな。
しかしこの世界の人たちはそうじゃない。
「これだけのものが、こんな簡単にできるなんて……」
「なるほどなあ。これがあればここから先の旅にも苦労しねえな。便利なスキルじゃねえか」
シェーラとダインもそれぞれの驚き方で驚いている。
測量技術がそこまで発達していないこの時代、世界地図はそれこそ世界で数枚しかないような貴重品だ。
ましてや軍事機密にも関わることであるため、世界地図があったとしてもどこまで正確かは疑わしい。
知らない部分を適当な妄想で書いた偽物も多いだろう。
シェーラの王宮にだって、自分たちの国の地図はあるだろうが、世界地図となるとどうだろうか。ひょっとしたら無いかもしれない。
それくらいに貴重で、オーバーテクノロジーな代物だ。
それがこんな簡単にあっさりと手に入ってしまったのだから、驚くのも無理はない。
といっても俺の手柄じゃないけどな。
俺は単にすべての地図を一枚に書き写すイメージをして「合成」のスキルを使っただけだ。
誰のおかげかといったら、これだけの地図を集めてくれたラグナのおかげだろう。
「うむ。存分に感謝するがよい」
ラグナが幼い顔で鷹揚にうなずく。
そういや俺の考えてることは丸わかりなんだったな。
だから俺が口に出してないことでもこうして相づちが打てるのか。
「それで、肝心のアウグストとやらの居場所はどこなんだ」
「それならここじゃよ」
ラグナが地図の一点を指し示す。
それは予想通り、ザナハドの街からさらに北へと魔界の奥まで進んだところだった。
アウグストの城には一大冒険の末にたどり着くんだから、それなりの距離があるはずだ。
街の目の前にあったら冒険するまもなく話が終わってしまうからな。
「ここからだと結構な距離がありそうね」
「だがユーマのゲートとかいう魔法ならすぐに行けるんだろ?」
「確かにダインのいうとおり行けることは行けるが、実はそこまで便利じゃない。ゲートは行ったことのある場所か、目に見える範囲の近い場所でないとうまくいかないんだよな」
「じゃあ歩いていくしかないの?」
アヤメが少し困ったような顔になる。
地図上だとわかりにくいが、アウグストの城までの距離は、街にくるまでに歩いた距離の十倍以上はある。
街に来るのに2日かかったから、単純計算で20日かかることになるな。
それだけの距離を歩くとなると、さすがのアヤメも不満が顔に出てしまうようだ。
もっとも、俺だってそんな距離を歩くのは勘弁願いたい。
道の途中には魔物だって出るんだしな。
「それについては俺に考えがある」
「へえ、さすがじゃない。どんな方法なの」
「そのためにはシェーラの遠見の魔法を使う」
街まで歩いているときにシェーラが使っていた、遠くを見るための魔法だ。
道の途中でラーニングさせてもらっていたからすでに拾得済みだ。
「遠見の魔法を? 何に使うの?」
「そいつはな、こうするんだ」
俺は両手を広げ、意識を集中した。
「スキル合成。<ゲート><遠見の魔法>」
二つの種類のスキルを組み合わせ、新しいスキルを生み出す。
スキル合成により新たに作られたスキルが発動し、目を閉じた俺のまぶたの裏側に、俺たちを上から見下ろすような光景が写った。
ちょうど、幽体離脱した俺の意識が上から見下ろしている感じだ。
意識をさらに上へと向けると、視界がそのまま空へと上っていき、ザナハドの街を見下ろす視点になった。
よし。どうやら成功したようだ。
ゲートを開くときは対象の地点を思い浮かべる必要がある。それは、イメージとしては自分の視点を対象地点に飛ばす感覚にも似ている。
そこで役に立つのが遠見の魔法だ。
視点を移動させてゲートを開く魔法と、遠見の魔法で遠くを見る感覚を組み合わせれば、どこにでも行ける便利魔法になるってわけだ。
あとはアウグストの城まで移動すればいい。
俺は頭の中で先ほどの地図を思い浮かべる。
確か地図上だとこの辺だったよな……。
そう思った瞬間、俺の視界が瞬時に切り替わり、見たこともない城に変わった。
俺は小説内でもアウグストの城の外観を詳細に描写したりはしなかった。
ま、もういつものことだな。俺の小説はだいたいの場合、描写が少ないんだ。でもまあ小説なんてそんなもんだしな。
細かい描写を売りにしている戦争物でもない限り、城の外観や防備についての詳細な説明をすることなんてないだろう。
俺にも城のイメージがなかったということもあるが、単に悪いやつが住んでいる城、くらいの感覚しかない。
そして目の前にあるのは、まさしく「悪い奴が住んでそうな城」だった。
城は全体的に薄暗く、尖塔なんかもとんがっていて攻撃的な見た目をしている。門番は漆黒の鎧を身に付けていていかにも悪そうだ。
こんなわかりやすくていいのかと思うくらいだが、これも俺のイメージが反映された結果なんだろうな。
ここが間違いなくアウグストの居城だ。
それを確信すると、俺はさらに中を確認するため視点を城内へと移動させる。
しかし、城壁を越えてアウグストの城に入ろうとした瞬間、見えない壁のような物に弾かれてしまった。
視界が白くフラッシュし、真っ白な光に包まれる。視界が晴れるとそこは元の会議室に戻っていた。
「どうしたのユーマ?」
シェーラが心配するように聞いてくる。
「アウグストの城までゲートをつなげるか試してみたんだが、城に入ろうとした瞬間、何かの力で弾かれちまった」
「魔法を弾く? 結界でも張ってあるのかしら」
「我がヤシャドラの妹を助けたからの。報復を恐れてヤシャドラの魔法に対する結界を張ってある可能性は十分にあるじゃろう」
なるほど。それは確かにそうだな。
アウグストはヤシャドラの妹を人質にとって脅迫していたんだから、その妹が取り返されたとわかれば、ヤシャドラの報復を警戒するのは当然だろう。
ヤシャドラは万物をすり抜ける影狼族だ。石の城壁はもちろん、並の結界も機能しない。それこそ<大結界>並の専用の魔法障壁が必要になる。
たぶんアウグストの城にはその結界が張ってあるんだろうな。
だから俺のゲートの魔法も中に入ろうとした時点で弾かれちまったってわけだ。
ダインがつまらなそうに背中の大剣をもてあそぶ。
「なんだ。じゃあやっぱり歩いていくしかないってことか」
「いや、入れないのは中だけだ。手前までは問題なく行けた」
細身の美女が凄絶な笑みを浮かべる。
「ほう。なら善は急げだ。早いとこ片しちまおうぜ」
好戦的なダインらしい発言だが、今回ばかりは俺も賛成だ。
「そうだな。行くなら早い方がいい。みんなはそれでいいか?」
「お、ユーマにしては珍しく強気じゃねえか。もちろんオレはいいぜ」
「アタシもかまわないわよ。いつでも準備はできてるからね」
「う、うん。私もだよ。頑張るね」
「我に尋ねる必要はないの。主が行くというのであればどこであろうと行くだけじゃ」
全員がそれぞれの覚悟でうなずいてくれる。
それに対して俺も力強くうなずき返した。
未だ戦争が起こっていないとはいえ、ヤシャドラの妹が救出されたことはアウグストにとっては大きな誤算のはずだ。
少なくとも小説ではなかった展開だから、今後どのような動きになるか想像がつかない。
アウグストが計画を早める可能性だって十分あるだろう。
やるなら早い方がいい。
小説ならラスボスとの戦いに向けてもっと盛り上げなければいけない場面だろうが、いつだって最短攻略が俺たちの指針だったからな。
途中の強敵やイベントは全部スキップして、最速でボスだけを撃破してやろう。
長旅の後だというのにみんな休憩もなく俺の意見に賛成してくれたのも、きっと似たような思いのはずだからだろう。
俺は決意と共に目を閉じ、意識を集中する。
「スキル発動。<ゲート>!」
時空の門が開き、アウグスト城の目の前につながる道を作りだした。