15.作戦会議
ダークゴブリンの剣を売って無事路銀を手に入れた俺たちは、サウスの宿屋で外に音が漏れない無音部屋を借りていた。
壁の中に音を遮断する特殊な板が埋め込んでいるため、そとからでは絶対に室内の音が聞こえないようになっているんだよな。
中は普通の部屋と変わりない。部屋というよりは会議室だな。十人くらいは入れそうな大きな部屋に、今は俺たち四人がテーブルについている。
「なるほどね。それで外からだと声が聞こえないわけなのね」
俺の説明を聞いたシェーラが納得したようにうなずく。
「それにしても、なんでこんな部屋を用意してるのかしら。他にはない部屋を作って売りにするため、ってわけにしてはちょっと懲りすぎだと思うんだけど」
「簡単にいうと、ここはレジスタンスのアジトなんだよ」
「レジスタンス?」
「どの国にだって権力者に対抗する勢力はいるだろ。シェーラの国は王様がうまく統治していたから不満なんてほとんどなかったけど、こっちはそうじゃない。あちこちに強力な魔物がはびこってるし、統治もまともとはちょっと言えない。そのせいで結構な数の不満勢力が地下で活動してるんだ」
「なるほど、それでオレたちの実力を計るために襲ってきたのか」
「ユーマもそれを知っててここにきたのよね。てことはそのレジスタンスに参加するつもりなの?」
「いや、俺たちの目的はあくまでも魔王に会い、戦争をやめさせることだ。レジスタンスと協力できるところもあるだろうが、一緒に行動することはない」
「それなんだけど、魔王と話し合っても本当に戦争をやめてくれるのかな……」
不安そうな言葉を漏らしたのはアヤメだ。
「最初はできるかなって思ってたけど、あのとき会った魔王は……」
王宮でいきなり襲撃されたときのことを思い出しているんだろう。
「確かに、あの魔王を説得するってのは、ちょっと想像ができないわよね」
シェーラも同意する。
小説では魔王は悪の権化であり非人道的な存在であったが、対話は可能だった。理解し合うことはできなかったが、魔王は魔王なりの理由で人間界を滅ぼそうとしていたんだ。
しかしあのときの魔王は、なんというか、善悪を超越している感じだった。
とても対話が可能とは思えない。
「確かにな。だがそもそも人間界と魔界の戦争は魔王が起こすわけじゃないんだ」
「えっ、そうなの?」
声を上げたのはシェーラだったが、アヤメとダインも驚いた顔になった。
「戦争を指揮しているのは魔王四天王の一人『最悪のアウグスト』。こいつさえ止められれば、魔王と戦う必要はない」
ダインたちはともかく、読者だったアヤメまで勘違いしてるのも無理はない。
じっさい魔王も戦争に賛成していたし、ラスボスとして最後に戦ったからな。
だけど最初に戦争を起こしたのはこのアウグストだ。
魔王はあくまでもその戦争を引き継いで率いていたにすぎない。
魔王には戦争を起こす理由なんてなかったからな。
「よくわからんが、つまりその四天王ってやつを倒せばいいってわけだな」
「まあそうだ」
「一応確認するが、そいつは強いんだろうな?」
「そうだな、仮にも四天王だからそのはずだ。とはいえ魔王ほどじゃないと思うけどな」
むしろ魔王より強かったらどうしようもない。
「四天王って、あの影狼もそうだったのよね。しかも確か『最弱のヤシャドラ』とかって名前だった気がしたけど……」
「そういやそうだったな。あれで最弱ってんなら、他のは当然もっと強いってことなんだろ。なかなか歯ごたえがありそうなやつじゃないか」
ダインがニヤリと笑みを浮かべる。
あのヤシャドラよりも強いと聞いて笑みを浮かべられるのはダインくらいだろうな。
まあヤシャドラの最弱は攻撃手段を持たないって意味だったのだが、俺の設定の詰めが甘いせいでめちゃくちゃ強くなってて、これのどこが最弱なんだよ、って状態になってたが。
「ところで、そのアウグストってやつはどんなやつなの? 聞いた限りじゃすごい嫌なやつっぽいけど」
「アウグストは、ネクロマンサーだ。死霊を操って攻撃してくる。特に、死者の軍勢を召喚する<ゴーストレギオン>が強力なスキルだな。一国の軍勢を相手にすると思った方がいい」
「そいつはなかなか楽しそうな相手だな」
「さらにはラグナをアンデッド化させた強力な呪術師でもあるから、油断できる相手ではない。とはいえ、本人の戦闘能力自体はそこまでではない。決して弱くはないが、今の俺たちなら勝てない相手ではないだろう。少なくとも魔王のほうが百倍は強い」
「ふうん。アンデッドを操ってくるとなると、アヤメちゃんの出番かしらね」
「う、うん。がんばるね」
アヤメがロッドを胸の前で握りしめる。
実際小説でも、アウグストが召還した<ゴーストレギオン>はアヤメの白魔法で浄化されている。
負担はかかるが、他に手もないからな。アヤメに頼るしかない。
「まあそういうわけで、俺たちの目標はアウグストを説得して戦争をやめさせることだ」
「説得できる相手なわけ?」
シェーラの至極当然の疑問に、俺はすっと目をそらした。
「……たとえどんなに可能性が低くても、あきらめなければ0じゃない」
「つまり実質無理ってことね」
俺の希望的観測は、シェーラにばっさりと切り捨てられてしまった。
「その場合はオレがぶっ飛ばしてやるから気にすんな。むしろ説得なんかするな。オレにぶっ飛ばさせろ」
ダインが無茶苦茶なことをいう。
とはいえ、多分そうなるだろう。
アウグストはネクロマンサーだ。
死体が多ければ多いほど強くなる。
その死体を大量に作り出すために戦争を起こそうとしているくらいの外道だ。
私利私欲のために、敵味方関係なく大量に死ぬような戦争を起こせるくらいのやつだ。説得なんて無理に決まっているだろう。
それでも一応試みてはみるが、まあたぶん無理だろうな……。
「それで、そのアウグストってのはどこにいるんだ」
「それなんだがな、実はさっぱりわからない」
アウグストは自分の城の王座にいる。
しかし小説ではその城の場所を書いたことなんて一度もなかった。
街の場所を具体的に決めていなかったように、敵の場所も具体的にどこと決めていたわけではなかったんだ。なので俺にも場所まではわからない。たぶん魔界の奥の方だろう、ぐらいだ。
主人公たちも、各地にいるアウグストの部下を倒したり、情報を集めたりしながら魔界を旅していき、ついにアウグストの居城を突き止めた。
それはもちろん一筋縄ではいかない苦難の連続であった。
魔族側のレジスタンスを解放したり、圧制者を退治しながら進み、やがては解放軍対魔王軍という魔界全土を巻き込む一大決戦が始まる王国編に並ぶ長さを持つ一大冒険となるのだが、もちろんそこまでするわけにはいかない。
そもそもレジスタンスが蜂起するきっかけはアウグストがはじめた戦争だ。
未だ戦争が始まっていない段階では、サウスたちのように地下に隠れて諜報活動を行うくらいである。
武装蜂起するほどの準備は整っていないだろう。
それに魔界編でも多くの出会いと別れがある。
別れとはもちろん、サウスをはじめとした新しい仲間の犠牲だ。
「じゃあ、どうするの? 街の人から話を聞いてみるとか?」
シェーラの提案は悪くないんだろうが、アウグストは自分の居場所を隠している。
自分が暗殺されてもおかしくないことをしてる自覚はあったからな。
だからこそ主人公たちも大冒険の末にどうにか居場所を見つけだしているんだし。
「あ、だからレジスタンスのアジトにやってきたんだね」
アヤメが声を上げるが、俺は首を振って否定した。
「いや、レジスタンスもアウグストの場所は知らないだろう」
「そうなんだっけ? じゃあ、どうしたらいいのかな」
「それなんだが、すでに手は打ってある」
「え、もう? でも誰も知らないなら、どうやって……」
「それは我が承っておる」
突然かわいらしい声が響くと共に、金髪姿の幼い女の子が部屋の中に現れた。
前触れもなくいきなり姿を現すやつなんて一人しかいない。
困ったときのラグナ様だ。
「主よ、頼まれた物を集めてきたぞ」
「それはありがたいが、またずいぶんタイミングがバッチリだったな」
「うむ。ずっと見ておったからの」
そういってカラカラと笑う。
相変わらず人が悪いというか、からかうのが好きな奴だな。
「ラグナちゃんはユーマに何を頼まれていたわけ」
シェーラの問いかけに、ラグナが胸を張って答える。
「決まっておろう。そのアウグストとやらの居場所よの」