14.買い取り
サウスに部屋を用意してもらっているあいだ、俺たちは宿の裏手にある買い取り屋に寄ることにした。
なにしろ魔界に来たばかりでこっちの通貨はなにも持ってないからな。
部屋を用意してもらうのはいいが、このままだとその部屋の使用料も払えない。
買い取り屋はサウスの宿屋に併設される形になっていて、扉ひとつでつながっていた。
抜けた先に広がったのは雑多な空間だった。
武器防具から日用品、何に使うのかわからない不思議な置物まで、様々なものが所狭しと並べられている。
そんな雑多な空間の中に申し訳程度に作られたカウンターに、恰幅のいいおばちゃんが座っていた。
「あんたらがサウスのいってたお客さんだね。金がないってんならうちが特別に高く引き取ってあげるよ」
そんな気前のいいことをいってくれる。
俺はさっそく用意していたものをカウンターに置いた。
「これなんだけど、どうかな」
置いたのは一本の剣。
魔界に来た直後に現れたダークゴブリンがもっていた剣だ。
おばちゃんが柔和な笑みを浮かべながらも、眼光だけは鋭く俺が置いた剣を手に取る。
「なるほどねえ。こいつはなかなか……いや、これは本当に……」
しばらく見入ったように検分していたが、やがて顔を上げると腕を組んでうなり声をあげる。
「これはあたしよりもあの人のほうがいいみたいだねえ。ちょっとアンタ! 来ておくれ!」
店の後ろに声を張り上げると、しばらくして大柄な男が現れた。
きっと店の主人だろう。厳めしい顔つきで口元を引き結んだまま、おばちゃんから渡された剣を黙って受け取る。
ポケットから小型のルーペを取り出すと、じっくりと検分しはじめた。
それから数秒もしないうちに俺たちに目を向けてきた。
「……これをどこで手に入れた?」
厳めしい見た目通りの、低くて威圧するような声が響く。
やくざ顔負けの迫力に怯えたアヤメが俺の背中に隠れた。
それを見て取ったのかおばちゃんがきさくに話しかけてくる。
「すまないね、この人こんな顔だから誤解されがちだけど、別に怒ってるわけじゃないんだよ。むしろ口を開くこと自体めったにないことなんだけどね。やっぱりこの剣はそんなにすごいものだったのかい?」
「……特殊な金属が使われている。作ったのは人間ではないだろう」
「人間ではない、ねえ」
つぶやいたのはシェーラだ。
それは、ダークゴブリンから手に入れた武器だから、というわけではないだろう。
俺たちは魔界に住む者のことを魔族と呼んでいるが、それは俺たち側から見た呼び方にすぎない。
魔族から見れば俺たちの世界こそが「自分たちを脅かす魔の世界」であり、そこに住む奴らのことを魔族と呼んでいる。
だから魔族も自分たちのことを「人間」と呼ぶんだ。
あ、そうそう。
いまさらだが言語は共通である。
なんでっていわれても知らん。俺の小説ではそうだったし、あらゆる小説でも魔界の言語は人間界と同じだろう。
魔界に降りたら言葉がまったく違いましたってのは、マンガでならありそうだが、小説だと、よほど凝ったものでもない限りないはずだ。
指輪物語辺りならたぶん言語も違うんだろうな。確か作者は言語学者とかだったって話だったし。
完全に脱線したな。
ええと、何の話だっけ。
……ああ、そうそう。売りに出した剣の話だったな。
「確かにその剣はダークゴブリンから手に入れたものだ」
俺が話すと、ピクリとおっさんの頬が動き、おばちゃんが驚いたような顔になった。
「あれまあ、あんたたち、ダークゴブリンを倒したのかい!?」
「なんだ、そんなに驚くようなことか?」
ダインの言葉に、おばちゃんが大げさに声を張り上げる。
「当たり前さね! ダークゴブリンといったらこの辺りの街を苦しめている元凶なんだ。1匹倒すのに並の兵士が十人がかりでようやくといった相手だよ。それをあんたたちだけで倒すなんて……」
「たしかにそこそこやるやつらだったな」
ダインがこともなげに答える。
文字通りワンパンだったので俺には強さなんてわからなかったが、ダインがそういうからにはやはりそこそこの強さだったんだろうな。
おばちゃんが苦笑のような表情を浮かべる。
「そこそこ、ねえ。あれのおかげでこの街も長年苦しんでるんだけどね。ここだけじゃない。近隣の街はどこも防壁で街を守らざるを得なくなってる。複数の街が合同で数十人規模の討伐隊を編成するも返り討ちにされて帰ってきた、なんてこともしょっちゅうさ。あんたらみたいなのが来てくれたら大助かりだね」
「……これひとつあるだけで実力の証明になる。仕事には困らんだろう」
ま、そうだろうな。
人類最強と目されるダインだが、こっちの世界でもそれはかわらないようだ。
「それで、いくらくらいになりそうなんだ」
俺の問いかけに、厳めしい主人が無言で5枚の金貨をカウンターに置いた。
それを見たおばちゃんが驚く。
「アンタ、そんなにかい!? 相場の5倍じゃないか!」
ふむ。どうやら剣一本の相場は金貨1枚のようだな。
ちなみに元の世界と魔界での金の価値は変わらない。金貨1枚で10万ゴールドの価値があるので、つまり10万円になる。金貨5枚なら50万だな。
そう考えるとたっけえなおい。
「……ダークゴブリンをいとも簡単に討伐できるほどの客だ。多少は色を付けてある」
「なるほど。そういうことかい。今回は特別大サービスだから、今後もうちをごひいきにってことだね」
「……だがそれだけじゃない。ダークゴブリンの剣を見るのは初めてじゃないが、これは今まで見た中でも一番質がいい。おそらくリーダー格が持っていたものだろう。にも関わらずほとんど未使用だ。僅かに焦げ目があるようだが……戦闘の形跡はいっさいない。いったいどうやって手に入れた?」
「どうといわれても、シェーラが魔法で丸焼きにしたからな。即死だったから未使用なのは当然だろうな」
「……魔法、だと? やつらは体内に魔素を大量にため込んでいる。魔法はほとんど抵抗されるはずだが」
「ああ、それで効きが悪かったのね。骨も残さず焼き尽くすはずだったのに装備が残るからおかしいと思ったわ」
シェーラが納得したようにうなずいている。
そういえば魔法で消し炭にされた後に剣だけが残ったのも、これが特別上等な物だったからかもしれないな。
ダークゴブリンに魔法耐性があるらしいし、奴らが持つ剣に同じ魔法耐性があってもおかしくはないか。
小説でもこの剣が残されたんだが、特に理由は考えてなかった。
どうやらそういう設定になったようだな。
「オレの一撃を受けても砕けなかったしな。上物なのは確かだろ」
「ダインお姉ちゃんは剣に魔力を乗せて威力を上げてるから、それで抵抗されたのかも」
「なるほど、その可能性はあるな。さすがオレのアヤメだな」
「この辺りの魔物はみんな呪文の効き目が悪いのかしら。だとしたらあたしも剣に変えようかしら」
「骨も残らなかったんだぞ。十分オーバーキルだから気にするな」
俺たちがあれこれと言い合う様子を、おばちゃんがあんぐりと口を開けて見守っていた。
「あれ、どうしました?」
「……いや、なんでもないよ。あんたたち、すごいんだね」
若干顔がひきつっていたが、すぐに元の笑顔に戻った。
「とにかく、ダークゴブリンの剣が一本だから、金貨5枚だね。はいよ、これが代金だ」
「あ、いや、ちょっと待って」
「なんだい。まさか5枚じゃ不満だっていうのかい。いっとくけどそうばよりもかなり高いから、他のところに持って行ってもうちより高い値を付けるところなんてないからね」
「そうではなくて、実は……」
俺はカウンターの上に、さらに剣を取り出した。
「じつは全部で20本あるんだ。これもまとめて買い取ってくれないか」
おばちゃんと厳ついおっさんは、そろってぽかんと口を開けたまま固まってしまった。