13.秘密の部屋
俺の手に光の剣が生まれるのと、振り向きざまに突き出したサウスの円月刀が俺の喉元に突きつけられるのはまったくの同時だった。
「へえ、やるじゃない。あんたが一番弱そうだと思ったんだけど」
サウスが好戦的な笑みを浮かべたまま、驚きながらもどこか楽しげな声を響かせる。
喉元に突きつけられた円月刀に対して、俺の聖剣は生み出しただけなので、サウスの体にも届いていない。
でもまあ、向こうからしてみれば、まるで自分の行動を読まれたかのように思えるだろう。
実際その通りではあるしな。
ここで主人公が襲われるのは小説の通りだ。
だからこそ俺は店に足を踏み入れると同時にスキルを発動できたってわけだ。
聖剣を構えながら俺は肩をすくめる。
「サウスの読み通り、この中じゃ俺が一番弱いよ。ステータスも最弱だしな」
実際こうして余裕ぶっているが、内心では今も冷や汗物だ。
だって目の前に刃物が突きつけられているんだぜ? これで何も感じないのはダインくらいだろ。
……いや、ダインはむしろ大喜びだろうから、何も感じないやつなんていないか。
「アンタが最弱ねえ。その割にはあんまり驚いていないみたいようだけど。この距離からじゃ私の剣のほうが早いよ」
「でも攻撃する気はないんだろ?」
実際、喉元に切っ先を突きつけられているのに<女神の加護>が発動していない。
つまり最初から寸止めするつもりだったってことだ。
サウスが笑みを深くする。
「ふうん。確かに殺気は消してたけど、そこまで見抜いてるとはね」
サウスが円月刀をおろして背中に回す。すると、手にしていたはずの武器が手品みたいに消えてしまった。
普通に考えれば体のどこかに隠したんだろうが、スレンダーな体つきには隠せそうな場所は見あたらない。
理屈はわからないがすごい技術だな。これ絶対に暗殺系のスキルだ。
「おうおう、見せつけてくれるじゃねえか。これはつまりあれだな、オレとも遊んでくれるってことでいいんだよな?」
ダインが背中の馬鹿でかい大剣を引き抜きながら入ってくる。
広いとは言えない室内でも躊躇なく剣を持ち出してきた辺り、この家を破壊する気満々ということだな。
店の被害を思って、というわけではないだろうが、サウスはあっさりと引き下がる。
「やめておく。アタシじゃアンタにはとうてい勝てそうもない」
「そんなつまらないこというわよ。やってみないとわからないだろうが」
「わかるよ。アタシだって命は惜しいからね」
「その割にはずいぶんなめた真似してくれたじゃない。いったいどういうつもりなわけ?」
シェーラが低くなった声で脅しをかける。
サウスが抵抗の意志がないことを示すように両手をあげた。
「試すような真似をして悪かった。けどどうしても必要なことでね」
「人を襲うのが必要なことというのなら、よほどの事情があるんでしょうね」
シェーラの声は低くなってはいるが、冷静そのものだ。
しかし全身からチリチリとしたオーラのようなものが立ち上がり、金色の長い髪が風もないのにざわめいている。
どうやらかなり怒っているらしい。
静かに剣を抜くと、刀身が赤く燃え上がった。
「アタシやられたらやり返さないと気が済まない性格なの。目には目をっていうしね」
あくまでも静かな歩調で歩み寄るシェーラの前に、俺は立ちはだかった。
「まあ待てよシェーラ。俺のために怒ってくれるのはうれしいけどよ」
「なにユーマまでヌルいこといってるのよ。ユーマは優しさからそういってるのかもしれないけど、アタシは仲間が傷つけられても黙っていられるほどお人好しじゃないわよ」
おっと、いつもみたいに「ユユユ、ユーマの心配なんかしてないわよ!」といってくるかと思ったんだが、どうやらマジギレしてるみたいだ。
さすがのサウスも冷や汗をかいて気圧されるように下がる。
「悪かったよ。別に傷つけるつもりはなかったんだ。許してくれ」
「この人たちにも色々と事情があるんだよ。俺からも頼む。許してやってくれ」
「アンタ……」
サウスが驚いたように俺を見つめる。襲われた側の俺がかばってるんだから、驚くのも当然だろう。
シェーラの赤い目が俺を射抜く。
しばらく無言で見つめていたが、やがて剣を納めた。
「……ユーマがそういうなら、きっと理由があるんでしょうね。今日のところは引いてあげるわ」
「悪いな」
「他のやつならともかく、ユーマがいうなら仕方ないわ」
「……アンタずいぶん信頼されてるんだな」
「まあ一応リーダーということになってるんでな」
「へえ、アンタがねえ……」
なんかこんなやりとり前にもあった気がする。
どこだっけな……。
思い出せないけど、俺ってやっぱりそんなに頼りなさそうに見えるのか。
「そいつはもういいだろ。それで、お前はいったい何者なんだ。オレたちにケンカを売るくらいなんだからそれなりにできるやつなんだろ」
「それについては中で話そうぜ。立ち話もなんだし、あまり人に聞かれたい話でもないからな」
「やっぱり、アンタは私たちのことを知ってたんだね」
「まあな。ああ、そうだ。それと部屋なんだが、四人分の部屋とは別に、もうひとつ外から音が聞かれない部屋を貸してくれ」
「そんなことまで知ってるなんて……。ひょっとして、メンバーの誰かから聞いてきたのか?」
「まあそんなところだ」
実際には俺が作者だから何でも知ってるだけなんだが、説明していると長くなるからな。そういうことにしておこう。
「なるほどね……。そういうことなら納得だよ。それと部屋も用意しておくよ」
「悪いな。頼むよ」
「仲間の紹介なら気にしなくていいよ」
「宿を取るのはかまわないけど、そんな防音設備の整った部屋なんてなにに使うの?」
シェーラの疑問に、サウスが含みのある妖艶な笑みを見せた。
「フフ、そんなの決まってるじゃないか。男一人に美女が3人のパーティーなんだ。他人に聞かれたら困る声もあるだろ。つまり……」
サウスがシェーラに小声で何かを耳打ちする。
「……!!」
何をいったのか俺には聞こえなかったが、サウスに何かをささやかれたシェーラが耳まで真っ赤になった。
「え、そ、そ、それって……」
「うちは表向きは普通の宿屋だが、一部のメンバーにだけは特別な部屋を貸してるんだよ。ま、なにに使うのかまで詮索するのは野暮ってもんだけどね」
「……………………」
シェーラが無言のまま耳まで顔を赤くすると、鋭い視線で俺をにらみつけてきた。
「……そんな部屋を借りて、なにするつもりなの?」
「なにって、そんなの決まってるだろ。人には言えないようなことだよ」
俺たちが人間界から来たことだってバレるわけにはいかないし、魔王のこととか、これからのことを色々と相談しなければならない。他人に聞かれたらマズい話なんていくらでもある。
だから、防音設備のある部屋はどうしても確保したかったんだよな。
俺たちに限らず、聞かれたら困る話をしたい連中なんて山ほどいる。
サウスの部屋も元々はそういう目的に使われるためのものだからな。
今回の俺たちにも最適ってわけだ。
そういう理由なのだが、シェーラはますます顔を赤くして黙り込んでしまった。
うーん、密室で相談することがそんなに恥ずかしいことなのかな?
よくわからん。