9.転職
冒険者のままにするというと、シェーラが呆れた表情になった。
「冒険者って、最弱の職業なのよ。わかってるの?」
「わかってるって。これでいいんだよ」
実は主人公に隠された能力のひとつが、この冒険者って職業と相性がいいんだ。
最弱こそが最強、ってのが異世界でのお約束だろ。
「ユーマがそれでいいならいいけど。転職はいつでもできるしね。自分に向いてるのを見つけてからでも遅くはないか」
なんだかんだいってアドバイスをしてくれる。
ちょっと気は強いけど、根は優しくて面倒見がいい子ってやっぱいいよな。ツンデレとはちょっと違うんだけど、そこがいいんだ。ぐうかわ。
「ついでに私のカードの更新もお願い。クエストをひとつ終わらせてきたから、それが記録されてるはずよ」
「はい。それではお預かりしますね」
受付のお姉さんがカードを受け取ると、機械のようなものにカードを読みとらせた。
「ゴブリン退治のクエストが完了してますね。こちらが報酬になります」
冒険者カードには冒険者の様々な情報の他に、受注したクエストの情報や、その達成状況なんかも記録されている。
なのでこうして確認してもらうことで、クエストをクリアしたかどうかがチェックできるようになっている。
……って設定に自分でしといてなんだけど、そもそもどういう仕組みなんだ。
「冒険者カードには情報を解析する魔法『ライブラ』の力が込められています。それによって色々わかるようになってるんですよ」
「解析魔法にはライブラの他にも、自動で地図を書いてくれる『オートマッピング』や、未鑑定のアイテムを識別してくれる『アナライズ』とか、便利魔法が色々あるのよ。それだけじゃなく、極めれば相手の行動を先読みする『フォーサイト』なんかも使えるようになるしね」
「『フォーサイト』のスキルを取得してから、格闘家の『カウンター』に忍者の『一撃死』を組み合わせるコンボが一時期流行ったんですよね!」
受付のお姉さんがめっちゃ目をキラキラして語ってくる。
なんだろう。スキルマニアなのかな。
「あったわねそんなのも。攻撃しようとした瞬間にカウンターを食らわせて一撃死を発動させるのよね」
なにそれ怖い。
この世界の冒険者だけでも十分チートじゃないか。
「昔流行ったってことは、今はもうだれもやってないのか?」
「フォーサイトは修得に最低でも二年はかかるといわれているからね。誰でもすぐに覚えられる、というわけでもないわ。それにフォーサイトは心を読むんじゃなくて、相手の動きを見て次の行動を予測するスキルなの。だから、フェイントにすごく弱い」
「そうそう。そのせいですぐに対策をとられて廃れちゃったんですよね。そのへんの流行り廃りもスキル構成の醍醐味ですよね」
「とはいえそれでも十分便利なスキルなことにかわりはないんだけどね」
「心を読むスキルなら幻覚魔法の派生や、メンタリストなんかで覚えられますよ」
「メンタリストまであんのかよ……。色々な職業があるんだな」
そんなにたくさん設定したつもりもないんだが。
「『職業』というのはわたしたち冒険者協会が設定したものじゃなくて、元々人間の中に眠っている能力に名前を付けているだけなんですよ。なので仕事の数だけ職業がある、とも言えますね」
確かにそんな設定にはした気がするな。
スキルってのは、本来人間に備わっている能力で、生きていれば誰でも自然に身につけていくもんなんだ。
それをわかりやすくし、覚醒しやすくしたのが「職業」と「スキル」だ。
「一番意味わからない職業は『哲学者』ね」
「スキルも『神の存在証明』『形而上学的境界線』『非在統一』とか、説明されても全然わかりませんから。数秘術や算術師と組み合わせると強いともいわれてますが、そもそも終わりのない職業ですからね」
「試したことはないけど、魔物にも『職業』があるなんていわれてるわよね」
「その魔物や魔族にしか使えないスキルはけっこうありますからね。潜在能力という意味では、魔物や動物にもあるかもしれませんね。うふふ。未知の職業と未知のスキル。夢が広がりますね!」
なるほど。いろいろあるんだな。
俺は冒険者カードを見ると、取得可能スキルがいくつか並んでいる。
剣術などの一般的なスキルの中に、いくつか目を引くものがあった。
【中級火炎魔法 ファイアーボムLv.12】
【盗賊スキル 潜伏Lv.6】
【解析魔法 アナライズLv.1】
「え、これって……私のスキルじゃない!」
シェーラが驚く。
それはそうだろう。
レベル5の駆け出し冒険者が覚えられる魔法じゃない。
これが主人公が持つ特殊能力のひとつ。
相手のスキルを食らうことでそのスキルが取得可能になる「ラーニング」だ。
冒険者はあらゆるスキルを取得できる。しかも取得ポイントが他よりも低い。この「ラーニング」とは相性がいいってわけだ。
主人公はまだこの段階だと自分の能力について知らないから、なぜ覚えられるのかわからないんだが、まあ俺は作者だからな。
シェーラの火炎魔法をラーニングしたのは、あれか。結婚を申し込んだときに至近距離から撃ち込まれたやつか。
……中級魔法だったのか。
結構本気で怒ってたんだな。次からは気をつけよう。
潜伏は、たぶんゴブリンたちが姿を隠していたスキルかな。
いきなり現れたように見えたのは、そういうわけだったのか。
ゴブリンたちにそんな高度なスキルを覚えさせた記憶はない。
だからこれは、俺の書いたシーンに合わせるために世界のほうが調整した結果だろう。
なにもないところからいきなり現れた、というシーンの矛盾を解消するために、ゴブリンたちに潜伏のスキルを覚えさせた、ということだ。
それが誰かの操作によるものなのか、世界そのものが干渉してきたのかはわからないが、これは重要な事実な気がする。
あとでもう少し検証する必要があるな。
解析魔法はこの冒険者カードだろう。
ゴブリンの潜伏は直接食らった、ってわけじゃなかったけど、使用されることでラーニングの対象になるみたいだな。
ついでに詳細説明を表示してみるか。
【潜伏Lv.6
隠密スキル。気配を消して敵に近づくことができる。レベルを上げることで効果時間と効果範囲、成功率が上昇する。Lv.5以上で相手の視界からも消えるようになる】
なるほど。それでいきなり現れたように見えたのか。
便利そうなスキルだからこの場で取得してもいいが、いつでも取得できるしな。焦ることはないか。
そうこうしていると、やたらと背が高くてキレイな女性がギルド内に入ってきた。
高い身長とスレンダーな体型のおかげで、どこのトップモデルかといいたくなるような美女だ。
背筋をまっすぐに伸ばした姿勢のまま、まっすぐに俺たちのいる受付へと向かってきた。
「そんなとこにいると立ってられると邪魔だ。どけ」
ムカつく言い方にカチンときた。
誰だか知らないが、そんな風にいわれたら「はいわかりました」といってどく気もなくなる。
一言文句を言ってやろうと近づいてきた美人を見上げた。
俺は平均的な身長だと思うが、その俺より頭二つ分は高い。
薄い布の服を一枚つけているだけで、他に防具のようなものはいっさい身につけていない。
かわりに、背中にはやたらでかい剣を背負っている。
あんな馬鹿でかい剣を振り回すにはかなり鍛えないと無理だろう、と思って腕を見たが、スレンダーな体型通りの細い腕だった。
ひょっとしたら俺より細いかもしれない。
この腕ではあの馬鹿でかい剣はまず持てないだろう。態度がでかいだけな見かけ倒しってわけだ。
ニヤニヤとする俺の視線に気づいたのか、長身の美女がニヤリと笑う。
「ふうん。どうやらオレのことを知らないらしいな」
……ん? この特徴的な一人称と、異常なほどの美女っぷりはまさか……。
長身の美女が背中に手を回すと、自分の身長以上もある馬鹿でかい大剣を、しかも片手で引き抜いた。
そのまま切っ先の俺の眼前に突きつける。
振り下ろされた風圧だけで、あたりのものが一斉に吹き飛んだ。
「駆け出しの冒険者ごときじゃオレを知らないのも無理はないから、一度だけ許してやる。次オレの前をふさいだらこいつで叩き潰すぞ」
「まさか……まさかダインなのか……?」
「ほう。さすがにオレのことくらいは知ってたか。なら話が早い。さっさとそこを──」
「めっっっっっっっっっっちゃくちゃ美人じゃん!!」
確かに小説内でも「美人」と描写してはいた。
しかしまさかここまでとは。
これならまさに絶世の美女と呼ぶにふさわしい。
突然のことに目を丸くしていたダインは、やがておもしろそうに細めた。
「お前、なかなかおもしろいやつだな。オレが美人なのは周知の事実だが、そうやって面と向かっていわれたのは初めてだ」
周知の事実って自分で言っちゃったよ。
なんかよくわからないが気に入られたらしい。
この長身の美人はダイン。
竜殺しの異名を持つ高レベルの冒険者だ。
手にした馬鹿でかい大剣も曰く付きのドラゴンスレイヤー。
とある名工が国王に「竜を殺せる剣を作れ」といわれて作ったところ、確かに竜は殺せるだろうがそのかわり誰にも扱えない武器ができあがった、と言われている逸話が残るほど。
知ってる人は知ってるだろう。
あの有名な「竜殺し」の大剣だ。
身体強化のスキルを取りまくり、あの細身のまま竜殺しを片手で振り回す「レベルを上げて物理で殴ればいい」系の美人すぎる冒険者。
熊を素手で殺す怪物。人類の身体強化の限界点。撲殺天使。
そんな物騒な二つ名がいくつもつけられている。それがダイン=ゲルンだ。
それにしてもまさか、ここまで美人になるとは。
確かに小説内でも「美人」と形容してはいたが、具体的な描写まではなかったからな。
どちらかといえば「細身の体で馬鹿でかい剣をぶん回す女狂戦士」というイメージしかなかった。
そのため、目つきも鋭く、素人目にも幾多もの修羅場をくぐってきたんだろうと想像がつくほどの威圧感を放っている。
それが美人の顔立ちにさらに怜悧な美しさを加えていた。
そんなダインが浮かべる笑みは、笑顔というよりは獲物を前に舌なめずりする愉悦の表情だったが、それがかえって蠱惑的とでもいうべき魅力を放っている。
つい見とれていると、急に耳が引っ張られた。
「あんたは誰にでもかわいいとか美人とかいうわけ?」
「痛い痛いシェーラさん! 身体強化のかかった状態で引っ張ったらマジで引きちぎれるから!」
なんか知らないけどめっちゃ怒っている。
ひょっとして、あれか?
俺がダインを美人とかいっちゃったから、嫉妬してるとかそういうあれですか?
「まったくバカだなあ。この世界にシェーラよりかわいい女の子なんているわけないだろ」
「は、はあ!? なにいきなりバカなこといってるのよ!!」
「痛い痛い痛い痛い! なんかさっきより強くなってるんですけど!?」
俺たちのやりとりを見ていたダインがクツクツと笑い出した。
「ずいぶん楽しそうだなシェーラ」
「た、楽しくなんかないわよ! 勘違いしないでよね!」
「まさかとは思うが、そこの男とパーティーを組んだのか?」
「……そうだと言ったら?」
さっきまでの態度が嘘のように消えて、燃えるような赤い瞳が挑戦的に見上げる。
ダインが肩をすくめた。
「理解できないな。お前はこんなところでくすぶってていい才能じゃない。オレのパーティーに来いシェーラ」
「それだったら何度も断ってるでしょ。アンタとなんか組む気はないわ」
ばっさりと切り捨てるシェーラ。
ダインは表情を険しくさせ、シェーラの持つクエストの報告書に目を落とした。
次は明日の20時更新予定です。