12.宿屋
無事門番に合い言葉を告げ、巨大な門をくぐると、そこはもうにぎやかな街だった。
街の入り口はここしかないため、旅人は必ずここを通る。つまりここで待っていれば、必ず旅人を捕まえられるというわけだ。
それを狙った客引きたちが大量に待ちかまえていて、あっというまに俺たちを取り囲んだ。
「あら、お兄さん美人ばかり引き連れてモテモテじゃない、やるわねー!」
馴れ馴れしい口調でおばさんが話しかけてくる。
「うちの宿なんてどうかしら。お兄さんなら安くするわよ」
「おいおい、それならうちのほうがオススメだぞ。部屋は広いし料理も美味い。それにどこよりも安いからな」
「そんな都合のいい宿があるもんかい。安いのはオンボロだからだろう。出直してきな」
「寝心地ならうちが一番だよ。なにしろ最高級のコカトリス羽毛を使用してるからね!」
あっというまに何人もの客引きに囲まれてしまった。
放っておくとどんどん増えていきそうだ。
と思っていたら、彼らを押しのけて恰幅のいいおじさんがやってきた。服も上等そうでなんだか偉そうだ。
偉そうなおっちゃんは俺たちに向けて手を広げると、人の好さそうな笑みを浮かべた。
「我が街にようこそいらっしゃいました! 我が街に立ち寄っていただけるとは光栄の至りです!」
なにやらやたら上げてくる。
「あなたは?」
シェーラがたずねると、おっさんがすぐに頭を下げた。
「これはこれは申し遅れました。私はこの街の町長をしているロングと申します」
「その町長がわざわざ何の用なの?」
「わざわざなんてとんでもない。ウルベルン王族の関係者が来たとなれば、本来なら街総出で歓待すべきところなのですが、なにぶんいきなりのことでしたので」
いきなりのことに、周囲に集まっていた呼び込みの人たちもざわつきはじめた。
そりゃあ、いきなり王族の関係者といわれたら驚くだろうな。
シェーラがじっと俺を見つめてくる。
これはいったいどういうことなの、ということだろう。
まあ王族の合い言葉を使ったからな。連絡のいった町長があわてて駆けつけてきたんだろう。
「みなさまは宿をお探しですかな? それでしたらぜひうちに来てください。大したもてなしはできませんが、できる限り歓待いたします」
そんなことをいってくれる。
ちなみにここの小説でも町長はいい人で、善意からそういってくれている。
なのでこの申し出を受けてもいいんだが。
「いや、そこまで迷惑をかけるわけにはいかないよ」
俺はそういって断った。
俺たちの旅はいろいろとお忍びでやらないといけないことが多いからな。
なにしろ、魔王を倒しに来てるわけだし。
「王族の関係者っていっても、遠い親戚みたいなものだしな。それにこの街に来るまでに路銀が尽きちまってな。アイテムをいくつか換金したいんだよね。どこか知らないか?」
当然だが魔界と人間界で使われている通貨は違う。
尽きるもなにも最初から持っていないのだが、そこはそれである。
「だったらうちにきなよ」
声を上げたのは褐色肌の女の子だった。
スレンダーな外見に、引き締まった表情が印象的な、エキゾチックな美女だ。
群がる輪の中には加わらずに、少し離れたところからクールな表情で俺たちを見つめていた。
「うちは宿屋もやってるけど、本業は買い取り屋だからね」
離れているのによく通る声だった。
決して大きいわけではないのだが、意志の強さというか、なにか筋の通ったもののでも入っているかのように俺たちの耳に届く。
「そういうことなら、まずはそこにお邪魔したほうがよさそうね」
シェーラが、ややうんざりした表情でそういった。
人混みに囲まれてすこし嫌気がさしていたんだろう。
「じゃあついてきて。少し離れたところにあるから」
ハスキーな声でそう告げると、背中を向けて道を歩きだした。
相変わらずクールは人だな。
追いかけようとした俺たちに、他の客引きたちがそっと耳打ちする。
「あそこの店は悪くはないんだが、良くない噂があるから気をつけたほうがいいぞ」
「そうそう。換金したらうちにくるといいよ。すぐそこの宿だからさ」
「悪い噂って?」
「あそこはな、「出る」らしいんだよ」
声をひそめた男の言葉に、アヤメがビクッと体を震わせた。
「で、でるって、……なにがですか……?」
「そりゃあ決まってるだろう。この世のものではない何か、さ」
震え上がるアヤメの肩をダインが優しく叩いた。
「気にするな。そんなもんいねえし、たとえいたとしてもオレがぶっ飛ばしてやるからよ」
「あ、うん。ありがとうダインお姉ちゃん……」
ようやくホッとしたようにうなずく。
幽霊をどうぶっ飛ばすのかまるで意味わからんが、ダインならあるいは、と思えてしまうところがどうしようもない。
ま、実際に「出る」んだけどな。
褐色の女の子についていくと、整然としていた街並みがやがて雑多なものに変わり、いくつもの建物を建て増して作られたような街並みに変わっていった。
いわゆる貧民街というやつだろう。
「ここから先は入り組んでるから、初めての人だと迷いやすい。はぐれないようについてきて」
そういってすたすたと先に進んでしまう。
確かに道は入り組んでおり、右に左にと蛇行したり、三叉路や四叉路が何度も出てくる。
一応帰りに迷わないように道を覚えながら歩いていたんだが、三回目の曲がり角でそれもあきらめた。
それくらい複雑だったんだ。初めてここに来たら間違いなく迷うだろうな。
「ずいぶん雑多な街なのね」
シェーラも感心したように辺りを見回しながらつぶやく。
特に心配してる感じではなかった。
またなにか俺の知らない便利魔法でも覚えてるのかもしれないな。マッピング魔法くらいあってももう驚かないぞ。
「人が来る度に建て増ししてるからね。しかもみんな好き勝手に作るから、この辺りの地理を把握してる人はたぶんいないんじゃないかな」
たしかに道を歩く今も、あちこちに工事中と思われる作りかけの建物がいくつも見つかる。
女の子が歩きながら俺たちを振り返り、興味深そうに見つめてきた。
「普通はこんなところにまで連れてこられると怪しむか引き返すかするんだけどね。無警戒、ってわけでもなく、けれど不安がる様子もないなんてはじめて」
「まあ、今さらこれくらいならな」
街中で会う危険性なんて、せいぜいが強盗くらいだろう。
こっちはドラゴンやら魔王やらと戦ってきたんだ。
今さら人間相手に怖じ気付く俺たちじゃない。
「ところで今さらだが、アンタ名前はなんていうんだ」
ダインが問いかけ、女の子が少しだけ表情を動かす。
「そういえば名乗ってなかったわね。私はサウスよ。覚えておいて」
「サウスな。いいぜ。覚えておいてやるよ」
そういってニヤリと好戦的な笑みを浮かべる。
見ようによっては挑発してるようにも見えるし、実際そうなんだろうが、サウスはわずかに肩をすくめただけで再び前に向き直った。
戦意むき出しのダイン相手に無防備な背中をさらすことになるのだが、まったく躊躇する様子は見られない。
ダインが舌打ちをするでもなく、笑みを深める。
これは絶対ろくでもないこと考えてるときの笑みだな。
「おいダイン、平気だと思うが一応いっておくけど、背後からいきなり襲いかかるとかはやめてくれよ」
「……はっ。そんな野暮な真似はしねえよ。戦うなら正面から真っ向勝負に決まってるだろう」
そういう心配をしてるわけじゃなかったんだが……。
まあ、襲わないとわかっただけよしとしよう。
「もっとも、今背後から襲っても軽く防がれちまうだろうがな」
「……俺には無防備にしか見えないが」
「だろうな。オレにも無防備にしか見えねえ。だからこそだ。オレの敵意をまともに向けられてもなお平然と背中を向けられるなんてことは、普通は出来ねえ。間違いなくなんらかの訓練を受けてる」
確かに、俺がダインからあんな風に笑いかけられたら、全力ダッシュで逃げるだろう。
だけど目の前のサウスは平然と歩いてるんだから大したものだ。
「街に入った早々これだからな。魔界ってのはなかなか楽しませてくれるじゃねえか」
ダインが楽しそうにつぶやく。
まあ、ダインが名前を覚えようというくらいだからな。相当な実力者なのは確かだ。
そして実際にサウスは強い。この街でも指折りの実力者だ。
訓練を受けているというダインの読みも当たりである。
この辺りはもうさすがというしかないだろう。
スタンド使いは引かれあう、じゃないが、強者はやはり強者を見るとわかってしまうようだ。
「着いたわ。ここよ」
サウスが一軒の建物の前で立ち止まった。
見た目は周囲の建物となにも変わりない。看板もないため、言われなければここが何かの店なのかどうかすらわからないまま通り過ぎるだろう。
サウスが古びた扉を開けて中に入る。
その足取りに変わった点はなにもない。
俺もその後に続いて扉をくぐり、同時につぶやいた。
「<聖剣創製>」
「<ニードルピアッサー>」
俺の手に光の剣が生まれるのと、振り向きざまに突き出したサウスの円月刀が俺の喉元に突きつけられるのは、まったくの同時だった。
「へえ、やるじゃない」
円月刀を俺の喉元に突きつけたまま、サウスが好戦的な笑みを浮かべた。