11.見張り
見えてきたザナハドの入り口は、大砲の一撃も防ぎそうなほどの頑丈そうな門が作られていた。
その正面には何人もの人だかりが見える。
「ずいぶん見張りがいるわね」
巨大な門は今は開かれているが、ざっと見ただけでも門番と城壁の上にいる見張りだけで十人以上はいる。
街と外とをつなぐ唯一の出入り口だ。当然警戒も厳しくなるだろう。
それに、いざとなればあの頑丈な門がすぐに閉じるような機構も当然用意されているだろう。
強行突破は無理だと思った方がいいだろうな。
「私たちも中に、入れてくれるかな?」
「そのはずだがな……」
アヤメの不安に、俺も曖昧な答えしかできなかった。
人間と魔族に見た目の違いはほとんどない。
とはいえ、人間にだって種族差があるように、魔族にだって多少の違いはある。
魔族は当然人間と敵対している。
少なくともそういうことになっている。
実際に争ったことがないとはいえ、俺たちが魔族と聞けば否定的な感情を抱くように、魔族もまた人間と聞けばまずは敵だと認識する。
人間だとバレればまず街には入れてもらえないだろう。
というか戦闘になる。
そして小説ではもちろんバレてしまう。
なぜなら周囲には凶暴な魔物があふれているため、警備も厳しくなっていたからだ。
門の前には何人かの旅人が列を作り、門番のチェックを受けていた。
細かいやりとりまでは見えないが、荷物の簡単なチェックと、いくつかの問答で中に入れるようだ。
シェーラが遠くを見るように目の上に手を当てた。
「うーん、見たところ通行手形っぽいのはないみたいね」
「……え? この距離から見えるのか」
「簡単な遠見の魔法くらいならそりゃ使えるわよ」
なにその便利魔法。俺知らないんだけど。
「旅をするなら必須の魔法でしょ。むしろなんで知らないのよ」
シェーラに呆れられてしまった。
だってそんな魔法、小説じゃ使ったことなかったし。
確かに、日本と違ってスマホの地図アプリなしになにもない草原やら荒野やらを旅をするなら、遠くになにがあるかを確認できる魔法は必要なんだろうけど。
整備された都会でも、グーグルマップがあったって迷うくらいだからな。
目印もなにもない場所を旅するなら地図も使いにくいし、そういうのも必要だろう。
やがて俺たちは街の目の前についた。
多くの旅人が門の前に列を作って中に入っていく。
検査はそれほど厳しくないため今のところ全員が通れているようだが、俺の小説だと主人公たちは中に入れない。
主人公たちは門番と戦闘になり、なんとか逃げ出したあと、町外れに住む変わり者の魔族に会う。
人嫌いで誰とも会いたがらない彼は、魔族人間関係なく全員嫌いなので、主人公たちを見ても分け隔てなく拒絶する。
それでもなんとか説得して中に入れてもらい、彼の抱えている問題を解決することで信用を得て、街の中に入れるようになるんだ。
ま、このへんはよくあるよな。
そして作者である俺は街に入る方法はもうわかっているのだから、わざわざ会いに行く必要もない。
やがて俺たちの順番になり、鎧を着た門番の二人が近づいてくる。
そのうちの一人が話しかけてきた。
「お前たちはどこから来た」
高圧的な物言いに、我がパーティーきっての武闘派二人がカチンときたようだが、なんとかなだめて俺が代表して前に出る。
「ウルベルンの街からだ」
「そうか。遠いところからわざわざご苦労。それで今日は何の用だ」
「ちょっと金が必要でな。出稼ぎに来たんだよ」
「……どこか当てはあるのか」
「空の光はすべて星、といえばわかるか?」
俺の言葉を聞いたとたん、門番の二人が直立不動の体勢になった。
「これは大変失礼いたしました! 遠路はるばるご苦労様です!」
「ザナハドの街へようこそいらっしゃいました!」
門番の二人だけでなく、周辺にいた門番全員が一列に並び、最敬礼で俺たちを出迎える。
後ろに並んでいた旅人たちも何事かと驚いていた。
「お? なんだ、ようやくオレたちの実力に気がついたのか?」
「あら、久しぶりにこういうのも悪くないわね」
さすがのダインもいきなりの対応に戸惑い気味だったが、さすがに元王女様のシェーラは慣れているな。
……元じゃなくて一応現役の王女様なんだけどな。
そうこうしてるうちに、俺たちの前に一回り大きな鎧を着た門番が立った。
胸のあたりにカッコいい勲章のようなものもあるから、きっとここの偉い人なんだろう。
その偉い人が、さっと敬礼して声を張り上げた。
「ご苦労様です! 道案内は私がつとめさせていただきます!」
「あー、そういうのはいらないよ。大丈夫だ。それよりも門の警備に戻ってくれ。俺たちの警護なんかよりも、そっちのほうがはるかに重要な仕事だからな」
「はっ! お心遣い感謝します!」
敬礼と共に持ち場に戻っていく。
それと同時に周りの兵士たちもそれぞれの持ち場へ戻っていった。
といっても、直立不動で敬礼したままだ。
どうやら俺たちが去るまであの姿勢のままらしいな。
まわりの旅人たちもいったい何事なんだと騒ぎはじめている。
ううむ、居心地が悪いな。さっさと門を抜けてしまおうか。
足早に門をくぐるあいだに、シェーラが小声でたずねてきた。
「なんなの今のは。ユーマが変な言葉を言ってから急に態度が変わったけど」
「合言葉だよ。どこからなんのために来たのかを聞かれただろ。それによって合い言葉も変わるから、きちんとしたのを答えられないと中に入れないんだ」
街から街へと移動するときに、紹介所からこの合い言葉を教えられる。街や目的、紹介者によって合い言葉が変わるため、他人の合い言葉を盗み聞きしただけではすぐにバレてしまう。
これによって変身した魔物や、盗賊などが入ってくるのを防げるというわけだ。
主人公たちが変わり者の魔族から教えられる情報もこの合い言葉だ。
さらにいえば、紹介者の地位によって合い言葉も変わる。
実は町外れに住んでいた魔族はとある王族の末裔で、王宮での権力争いに嫌気がさして人のいない場所に隠れ住んでいた、という設定だ。
だからあの合い言葉をもらった俺たちは、王族の関係者ということになる。
門番たちの態度が急に変わったのもそれが原因だ。
なにせいきなりどこぞの国の王族がやってきたんだからな。そりゃ驚きもするだろう。
「いつものことだけど、ユーマはよくそんなことを知ってるわね」
「まあな」
俺がこの世界の作者だから、ということはシェーラにも一度はいってあるが、まあ信じないのが普通だよな。
ちなみに合い言葉は俺が適当に考えた奴だ。
特に意味があったわけではなく、書いてたときになんとなく頭に浮かんだフレーズをそのまま使った。
ここからは完全に余談になるが、頭に突然浮かんできたものは大抵自分で考えたものではなく、なにかで見聞きしたものを思い出しているだけなんだよな。
なのでこのフレーズも調べてみたら、SF小説のタイトルに近いものがあった。
読んだことはないのでたぶんなにかで目に留まったものを思い出したんだろう。SFなんて4、5冊しか読んだことないからな。
と思ってさらに調べたら、グレンラガンに同じ台詞があったのでやっぱりあれを思い出したんだな。
正直そんな台詞があったことはうっすらとしか思い出せないが、脳はちゃんと記憶してるんだよな。すごいもんだ。
だいぶ昔のアニメを思い出して懐かしい気持ちになった俺は、なんとなく空を見上げた。
その先に広大な銀河があることを夢想して。
……いまさらだが、この世界星見えないな。
ラグナの話だと確か魔界が生まれたときからこうだったといってた気もするし、ひょっとして魔族は星を知らないのでは……?
ま、まあいいか。気にしないことにしよう。