10.魔族の街ザナハド
ダークゴブリンたちを倒した後、俺たちは草原を北に向かうことになった。
魔賊たちが住む街は北の方角にある、と小説内で書いたから、実際に北にあるはずだ。
といっても情報はそれだけなんだけどな。
「じゃあ実際にどこにあるのかはわからないわけ」
「具体的にどこ、というのはさすがにわからないな」
街の具体的な場所は考えてなかった。地図も持ってないしな。なので実際にどこにあるのかはわからない。
……今回は俺の手抜きじゃないぞ。実際に街が魔界のどの辺にあるとか座標を書く小説なんてないからな。
魔界のゲートから北に100キロの地点にあります、なんていわれてもそんな情報どうでもいいからな。
「北といっても真っ直ぐ北ってわけでもないんでしょ? ちょっとは西とかにズレてたりするでしょうし。なんの目印もないまま歩き続けるのは危険だと思うわよ」
シェーラの心配ももっともだ。
今はだだっ広い草原のど真ん中にいる。
なだらかで歩きやすいが、そのかわりに地平線の彼方まで草原が続いており、果てしない。
この中のどこかにある街を見つけるのは、砂漠のどこかにあるオアシスを地図なしで見つけろというようなものだ。
多少方角がズレていても目印がないからわからないし、運悪く間違った方向に進めば通り過ぎても気がつかない。
そうなったらいつまでも延々と歩き続けるはめになるだろう。
しかし俺に考えがあった。
街の場所はわからないが、ヒントならある。
「ちょっと見てくるから少し待っててくれ」
「見てくるって?」
砂漠なら無理だったろうが、ここは草原だ。ならば必ずアレがあるはずだ。
俺は空を見上げ意識を集中する。
そしてスキルを発動した。
「スキル発動。<ゲート>」
足下にゲートが開き、俺はその中に落ちていく。
その先は空。俺の真上にあたる上空だ。
ふわりとした浮遊感が体を包み、虚空へと投げ出された。
「……うおおおおおおおおわかっててもやっぱ怖えええええええええええええっ!!」
高度何百メートルかわからないが、真下にいるはずのシェーラたちですら米粒ほどの大きさもないほどの超上空。
ここから地上にたたきつけられたら……考えたくないな。
とにかく即死は間違いないほど高い。
しかしそのおかげで周りがよく見渡せる。
俺は素早く首を巡らせて周囲の景色を見渡した。
いくら地上まで距離があるとはいえ、長く落ち続ければそれだけ速度はも上がっていく。風が猛烈な勢いで顔に当たり、すでに目を開けるのも辛くなってきた。
なので早いところ見つける必要がある。
予想通りなら必ずあるはずなんだが……。
俺は吹き付ける風圧に耐えながらめをこらし、そして……。
「……よし、みつけた!」
予想通りのものを見つけると同時にすばやく意識を集中する。
「スキル発動、<ゲート>!」
落下していく俺の真下にゲートを開く。
その先はもといた草原の大地だ。
俺は大地めがけて着地した。
「……っ!」
すぐにワープしたとはいえ、やはり落下時間が長かったようだ。
着地と同時にかなりの衝撃が足にきたが、高いところから落ちるのは何度も経験してるからな。
さすがに慣れるってもんだ。
アヤメが心配そうに俺の顔をのぞき込む。
「ユーマ君どこいってたの?」
「ちょっと空にな」
正直に答えたら不思議そうに首を傾げた。
まあそれだけじゃわからんよな。
「空にワープして周りを見てきたんだよ。おかげで次に進む場所がわかった」
「街が見つかったの?」
「いや、見つかったのは街じゃない。道だよ」
ここからさらに進んだところに街道が見えた。
道といっても、草原を長い年月のあいだ何度も往復したためそこだけ踏み固められたような土道だ。
「街が見つかったわけじゃねえのか?」
「さすがに見える範囲にはなかったな。だけど土を踏み固めてできた道ってことは、旅人たちが何度も往復してるってことだ。なにもないところを大勢の人が歩くはずがない。その先には必ず人の集まる場所がある」
「つまり道沿いに行けば街があるってことね」
シェーラの言葉に俺もうなずく。
「そういうことだ。道さえ見つかれば、あとは歩いていけばやがて魔族の街ザナハドが見つかるだろう」
「さすがユーマ君だね」
「ま、旅の基本といえばそれまでだけどね。それで、その街まではどれくらいかかるの?」
「……え?」
どれ、くらい……?
驚く俺にシェーラがあきれた表情になった。
「少なくとも空からじゃ見えないくらい遠くにあったんでしょ。今日中に着くならいいけど、着かないなら野営の準備をしないとだし」
……確かに。
小説では野営なんて一度もしなかったけど、旅自体は何日もかかってた気がするな。
「………………たぶん半日くらいじゃないかなあ」
「つまりわかんないってわけね」
俺の渾身の演技にも関わらず、あっさりとバレてしまった。
「まあ歩けばわかるでしょうし、さっさと行きましょ」
正論すぎたため、すたすたと歩いていくシェーラの後を追いかけることしかできない。
せめて魔族の街が意外と近くにあることを祈るとしよう。
結論からいうと魔族の街に着くまでに三日かかった。
そのあいだ食料や寝袋などは、シェーラとダインの旅慣れてる二人組によって用意してもらった。
ちゃんと用意してるあたりがさすがだよな。
ちなみに俺とアヤメはもちろんなんの用意もしていなかった。まさか街に着くまで徒歩三日なんていう地味なイベントが待ってるなんて思いもしなかったからな。
街が途切れることなく続いている現代と違って、ゲームのように街が点在している異世界だと、移動だけで何日もかかるなんてのはよくあることなんだろうな。
きっと中世ヨーロッパなんかでも同じだったんだろう。
半引きこもりだった俺の想像力じゃそこまでは思いつかなかった。百聞は一見にしかず、ってやつだな。
なので、日本独自の味付けや調味料によって仲間が絶賛してくれたり、通りがかりの旅人たちからうらやましそうにされたりといってことも特になかった。
なぜって俺に料理の経験なんてないからな!
せいぜいが、俺の「クリエイトウォーター」が役にたったりしたくらいだが、食料まではどうにもならないからな。
ましてや胡椒やらなんやらなんて持ち歩いてるわけない。醤油とか作り方すらわからないよ。大豆をどうにかするんだろうが、そんなの調べたこともなかったからな。
なので、小説でも料理シーンなんてろくに書いたことない。
せいぜい仲間に「うまい!」とか「なんだこの味付けは!」と驚かせるくらいだったな。
そういえば物語の最初の頃に食堂とか出てきた気が……。
いや、この話は忘れよう。
思いつきで書いたもののその後特に話を広げる方法も思いつかずになかったことにされるなんてのは、俺の小説ではよくあることだからな。
ちなみに旅のあいだ何度かダークゴブリンたちに襲われたが、全部シェーラとダインが瞬殺したので割愛する。
たまには手応えのある敵と戦いたいとダインが文句を言っていたが、ダインが手応えを感じるレベルの相手だとそれはアンデッドドラゴン並の世界の危機なんでな。我慢してもらおう。
それにいすれは魔王四天王たちと戦わなければいけなくなるんだ。楽しみはそのときまでにとっておいてくれ。
とにかくそうやって三日ほどの旅のあと、道の向こうにうっすらと壁のようなものが見えてきた。
「やっとか……」
「もう足が棒だよ……」
俺とアヤメが思わずため息のような声をこぼすが、同じく歩き詰めだったはずのシェーラはけろりとしたものだった。
「あら、もう着いたのね。意外と近かったじゃない」
三日の距離を近いと思えるのは、一週間とか一ヶ月とか平気で旅をしているからなんだろうな。
こちとら片道30分の距離を歩くだけでも遠いと感じる現代っ子なんだ。はやくルーラの魔法を開発しないと。
もっともルーラにしてもゲートにしても、行ったことのある場所でないと行けないってのがネックなんだけどな。
地平線の向こうに見えてきた壁は、進むに従って大きくなってくる。
魔族の住む大きな街は、その周囲を大きな壁で囲まれているという小説の描写通りだ。あれが魔族の街ザナハドで間違いないだろう。
「なんだありゃ、ずいぶん立派な壁だな」
見えてきた壁に向かってダインがわくわくといった様子でつぶやく。
まだ遠目に見えただけでしかないが、それでも石造りの外壁は見る者を圧倒する威圧感があった。
「そりゃ魔界と人間界はいつ戦争してもおかしくないんだから、準備くらいしてるでしょ」
シェーラがつまらなそうにいうが、ダインは首を振って否定した。
「そうか? その割にはけっこう古いし痛んでいる。あれが戦争のためだっていうのなら、すでに戦争をしてるってことになるんじゃないのか」
さすがに戦いのことになるとダインのほうが鋭いようだな。
「ダインの言う通りだよ。あれは俺たち人間と戦争をするための壁じゃない。周囲からの襲撃を防ぐためのものだ」
「なにそれ。魔界でも内戦状態にあるってわけ」
「すべての街が仲がいい、ってわけでもないから中にはそういう都市もあるだろうけど、ザナハドに限っていえば周囲の魔物が理由だろうな」
魔界の魔物は、ゴブリンですらあの強さだ。他の魔物となると当然もっと強い。
徒党を組めば街一つ滅ぼすのに十分な戦力となるだろう。
そのため、魔物に対する備えも強固なものになるんだ。
そしてもちろん、強化されているのは外壁だけではない。
近づくにつれて街の全容が見えはじめ、街と外とをつなぐ大きな門も見えてきた。
大砲の一撃も防ぎそうな頑丈そうな門の前には、屈強そうな見張りの兵士たちが詰めている。
ザナハドの入り口は一つしかない。
つまり、あれを突破しなければ中には入れないということだ。
真正面から戦うことになったら苦戦は必死だ。さて、うまく入れるといいんだがな。