9.北
俺の新スキルにより魔界の魔素を無効化したため、シェーラたちも魔界に降り立った。
シェーラがその場で足を止めて空を見上げている。
「思ってたのとだいぶ違うわね」
魔界は相変わらず終末感にあふれていた。
大地はこっちと変わらないのに、空だけが別世界みたいに荒れているところがよけいに不安をあおるんだよな。
「魔界って……こんなところだったんだ」
アヤメも驚いているようだった。
俺の小説では魔界の風景の描写なんてなかったから、アヤメは自分の頭の中で魔界の風景を思い描いていただろう。
それがどんなものだったかは知らないが、少なくともこんな風景ではなかったはずだ。
「アヤメのイメージでは、どんなところだったんだ?」
「うまく言えないけれど、もっと普通な感じだったかな。ちょうどこんなふうに向こうと変わらない草原が続いていて、魔界といっても私たちと住む世界は変わらないのかなって」
「そうか。なら俺と同じだな」
「そうなんだ。ユーマ君と同じだとなんかうれしいな」
なにしろ作者と同じなんだからな。
そりゃうれしくもなるか。
「しかしアヤメも俺とイメージは同じだったんだな。なんの描写もしてないから全然違うかもと思ってたんだが」
「でも、ユーマ君が魔界の話を書いているときはみんな普通にしてたし、なんとなくだけど、周りはこっちとあまり変わらないのかなって感じるところもあったから。やっぱり書いてる人のイメージはにじみ出てくるものなんじゃないのかな」
なるほどな。確かにそういうものかもしれない。
もし魔界に対する俺のイメージが、荒れ果てた荒野でそこら中に食人植物がいるような感じだったら、きっと文章の雰囲気も暗くなっていっただろうし、主人公たちのリアクションももっと驚いたものになってただろう。
何よりそんなイメージがあったなら、そういう奴らが襲いかかってきただろうしな。
ないということは、つまりそういう世界じゃないってことだ。
俺がなにも書かなくても、読んでる人には伝わっちまうってことだな。
それは書き手としては面白くもあり、ちょっと怖くもあるな。
「そんなことよりさっさと進もうぜ。見た目は普通でも魔界のモンスターは強いんだろ」
「そうだな。早いところ移動しよう」
「行き先は決まってるわけ? あたしは魔界のことなんて何も知らないけど」
シェーラの問いかけにうなずく。
「もちろん。まずは魔族の街ザナハドに向かう」
魔族だって生きてるんだ。もちろん街だってある。
主人公たちは魔界にはじめて来たばかりでもちろん地図なんかあるはずもなかったから、街の場所を見つけるのも一苦労だったが、作者たる俺ならばそんなことは当然知っている。
「まずは北に向かおう。そうすれば街道が見えてくるから、あとはその道に沿って歩けばすぐだ」
「そんなことよく知ってるわね。地図もないのに」
「まあちょっとしたコネみたいなもんだよ」
「ふうん。まあいいわ、ユーマがよくわからないこと知ってるのはいつものことだし。で、北ってどっち?」
「……え?」
シェーラの言葉に思わず戸惑ってしまう。
「どっちって、北は北だろ?」
「そうね。で、その北って方角的にはどっちなの?」
いわれて初めて俺は周囲の景色を確認した。
周囲一面は草原が続いていて、目印となりそうなものは少ない。
「北は………………上?」
苦し紛れに声を絞り出すと、シェーラがあきれ顔になった。
「上ってなによ上って。空にでも行けばいいわけ?」
「いつもなら空を見ればある程度は方角が分かるんだがな」
ダインの言葉にシェーラがうなずく。
「でもこの空じゃねえ」
旅慣れた冒険者二人がそろって空を見上げる。
確かに時間と太陽の位置がわかればなんとなくの方角は分かりそうだが、魔界の空は真っ黒に荒れ果てている。太陽なんて見えない。
もっとも、太陽があったとしても俺たちの知っている位置にあるとは限らないから結局はわからないことになるんだがな。
……やっべえ早くも詰んだ。
魔界に入って一歩目で毒に倒れ、二歩目でもう迷うとかどんだけハードモードなんだよ。
小説の主人公たちはどうしてたんだっけ、と思い出してみたが、あいつらなにも考えずにさっさと歩いていやがった。
まあなにも考えてなかったのは作者の俺なんだけどな!
物語ならさっさと話が進むのに、現実だと北に向かうことすらできないとは。世知辛いなあ。世知辛いの使い方たぶん違うけど、世知辛いなあ。
「……いや、まてよ」
よく考えてみたら、この世界には俺のイメージが反映されていることが多い。
ということは。
「このまま真っ直ぐ進もう」
俺の提案にシェーラが疑いの目を向ける。
「ちゃんとあってるんでしょうね」
「……たぶんだけどな」
俺のイメージだと北ってのは上で、なんというか、前って感じだ。ゲームでも上に進めば北だし、それって言葉にするとやっぱり「前」じゃん?
もしそのイメージがここにも反映されているなら、北はこのまま真っ直ぐ行けばつくはずだ。たぶん。……きっと。
「どのみち考えてもわからないなら、進むしかないだろ。間違ってたら戻ってくればいいんだし」
「ま、それもそうね」
「そういうこったな。決まったならさっさと行くぞ」
シェーラがあっさりとうなずき、ダインも同意したため、さっそく魔界の草原を歩きはじめた。
なだらかな大地は歩きやすく、そよぐ風は涼やかで心地いい。やわらかな日差しはまるで俺たちを包み込むようだが、空は相変わらずに荒れ果てている。相変わらず異様な光景だ。
雑コラだってもうちょっとは違和感をなくそうと努力するだろうってレベル。
しかしだからこそ異質感が際立っていると言える。
目の前に広がっている光景は魔界特有のものではなくて、本来あり得ないはずものということだ。
なにが原因で魔界がこうなっているのかなんて、たぶん教えられても俺には理解できないだろう。きっとまた俺の知らない設定がてんこ盛りになっているはずだ。
でも、このままだと魔界が最終的にどうなるのか、くらいなら俺でもわかるはずだ。
それがまともなものであることを願いたいが。
空を見上げてそんなことを思いながら歩いていたため、俺はそれに気がつかなかった。
「おいユーマ、あいつらは敵でいいんだよな」
ダインの声に我に返る。
敵だって?
あわてて正面に目を向けると、俺たちよりも一回り小さな人影が3体現れていた。
そいつはよく見慣れた小鬼、ゴブリンだ。
しかしその体は俺たちの知っている物とは違って黒く染まり、瞳は赤く光っている。
ダークゴブリン。魔界に住むゴブリンの亜種だ。
ゴブリンは最弱のモンスターとして知られてるとおり弱く、臆病で徒党を組んでいる時にしか襲ってこない。徒党を組んでいても、相手が強そうなら襲ってこないくらいだ。
しかし魔界のゴブリンたちは、俺たちを見つけるやいなや奇声を上げて襲いかかってきた。
ゴブリンとは思えない敵意むき出しの声に、アヤメが怯えて俺の後ろに隠れた。
そういえば思い出したが、俺の小説では魔界に入ってすぐに戦闘があるんだったな。
よし、ここは俺の新しいスキルを試すときだ。
さっそく新必殺技を……
「<フレイムインパクト>!」
シェーラの声とともに爆発が起こり、ダークゴブリンの一匹を消し飛ばした。
俺が驚く暇もなく、となりの美女が背中の大剣「竜殺し」を構えて走り出す。
「ちっ、先制攻撃は取られちまったか!」
突然の攻撃にゴブリンたちがひるむあいだに、ダインが目の前にまで肉薄した。
「吹っ飛べザゴども!」
自分の身長ほどもある竜殺しを、細い腕が高速で振り回す。
いつも信じられない速度で振り回すが、今日はいつもに増してすさまじい速度だ。
よくみてみると、剣の刃に風が渦巻いている。どうやらあれのおかげで攻撃速度が増しているようだ。
そういえば前にも属性をまとった攻撃してたっけ。
ただでさえ攻撃力がバカ高いのに、さらに魔法剣士として成長してるのかよなんだそれカッコいいなおい。
残っていた2匹のダークゴブリンが、ダインの一撃でまとめて吹っ飛ばされた。
空高く舞い飛び、文字通り地平線の彼方に消えていなくなる。
なんつー威力だ。小柄とはいえゴブリン2匹をまとめて吹っ飛ばすとは。
そもそも魔法剣士ってのは、魔法と剣士の両方を使えるせいで器用貧乏ってのが相場なんだが、ダインにはそんなの関係ないみたいだな。
せっかく新技を試そうと思っていたのに、準備するまもなくバトルが終わってしまった。
そういえば、小説ではダインがいない状態なんだが、それでも数行で終わるバトルだったからな。ダインが仲間になっている俺たちならなおさら瞬殺に決まってるか。
このバトルで書きたかったのは戦闘ではなく、それだけ仲間たちが強くなっていたんだよということと、魔界のゴブリンは凶暴化している、ということだったからな。
それにしても、物語通りゴブリンたちに襲われたってことは、やっぱり北はこっちであってるってことだな。よかった。
相手を吹き飛ばしたダインが満足気に剣を納める。
「今のが魔界のゴブリンって奴か。まあまあだな」
マジで瞬きするあいだに終わってしまったのだが、それでもダイン的には準備運動にはなったらしい。
というか俺がダインと戦っても秒殺されて準備運動にもならないんだが、そのダインにほめられるって実はめちゃくちゃ強いってことなのでは?
だから、というわけではないだろうが、ダークゴブリンたちの装備は普通のものよりも上等品である。
先に進むほど敵が落とす武器も強くなるのは常識だからな。
シェーラの魔法をくらっても焼け残っていた剣を拾い上げる。
一本しか手に入らなかったのは予定外だが、まあしかたない。
むしろ一本でも手に入っただけ良しとしておこう。
俺に剣は必要ないが、ここで拾っておけばあとで役に立つんでな。このあたりも作者であることの特権だ。