5.解決策
アメリアに魔界について色々聞いたが、やはり魔素についてはよくわからないらしかった。
とりあえずいったん休憩しながら、用意してくれた紅茶を口にする。
「おいしいなこれ」
紅茶の味とか高級なことはわからないが、単純に飲んで美味しいと思う。
お茶菓子としてついてきたクッキーも甘さは控えめだが、なんというか上品な味がする。
「ふふ、お口に合いましたようで何よりです」
微笑むアメリアの横から、幼い手が伸びてきてテーブルのクッキーをひとつつまんだ。
「うむ、やはり人間の食べ物は悪くないの」
「ラグナもクッキーとか食べるんだな」
「我に食料は必要ないがの。人間の姿を取る際に味覚も再現したため味はわかる。人間には色々な食料があって楽しいの。とくにこの甘いという感覚は悪くない」
うむうむ、とラグナが笑顔でうなずく。
口調は古くさいが見た目はかわいい女の子のため、そのギャップがなんだかほほえましい。
俺はそんなラグナを見ながら……
………………。
「……ってなんでラグナがいるんだ!?」
あまりにも当然のように入ってきたので、最初からいたかのように錯覚してしまった。
幼い瞳が不思議そうに俺を見る。
「なぜとは決まっておろう。魔界の話をするのなら我が一番詳しい。そこの人間の王もあまり詳しくはなかったようだしの」
そのアメリアは、いきなり現れたラグナに驚いて……というより、なぜだか若干不機嫌そうな顔でラグナを見ていた。
魔界に詳しくない、といわれてプライドが傷ついたのだろうか。
「せっかく二人きりになれたと思いましたのに……」
「それにしてもこのクッキーとかいうのはなかなか良いの。我も人間界を歩きながら色々と食べたものじゃが、これほど美味いと感じるものは初めてじゃ」
見た目を子供にしたため、味の好みも子供に近づいているのだろうか。
「ラグナがほしいのなら今度作ってやるよ」
俺には合成のスキルがあるからな。
材料さえ手にれればいくらでも作れるはずだ。たぶん。
ラグナが目を輝かせる。
「ほう。主はこんなものも作れるのか」
「砂糖の入手だけが難しそうだが、まあ果物とかからでも取れると思うし、なんとかなるだろう」
「まあ、ユーマ様はお料理も得意なのですか」
「料理っていうか、スキルを使ってなんだけどな」
「それは楽しみじゃの」
「ところでラグナは魔力を操れるんだろう。魔素をどうにかする方法に心当たりはないのか」
「魔素を操るのは難しいの。前にもいうたが、あれは純粋には魔力ではないからの。強引に吸い出すとかならともかく、魔素だけを防ぐといった細かいことは我には無理じゃ」
「そうか。ラグナならもしかしたら、とも思ったんだがな」
「細かい操作は苦手での。辺り一面の魔素を空間ごと吹っ飛ばす、とかなら簡単なんじゃが」
「やめてくれラグナが本気出したら魔界が滅びそうだ」
……ある意味それも最終手段ではあるんだがな。
人間界を救うために魔界を滅ぼす、というのは、結果だけを見ればそれほど悪くはない。手段としてはダメすぎるんだけどな。
だけどもしも、例えば魔界も人間界も両方滅ぶかもしれない、ということになった場合、ラグナの力を借りた最終手段に出るというのはありだろう。もちろんそんなことするつもりはないが。
「その魔素? といったものは、どういったものなのでしょうか。それがわかればなにか良い案も思いつくかもしれません」
ラグナが小首を傾げながら考え込む。
「ふむ。どう説明したものかの。魔素は本来なら存在するはずのないものじゃが、魔界にだけ生まれてしまったものじゃ。その理由を説明すると長くなるからはぶくが、そうじゃの、魔力がその性質を変化させたもの、というのが一番近いかの」
ふむ、わかってはいたけど説明されてもやっぱりわからんな。
「魔力が変化した、ということは、魔界には魔力はないのですか?」
アメリアがなかなか鋭い質問をする。
すごいな。よくそんな質問がすぐに思いつくよな。俺なんて未だに理解すらできていないのに。
「魔力は魔力で存在しておる。魔力がなくなることはないからの。性質が変化すれば、その分だけ新たに生まれるものじゃ」
「そういうものなのか?」
「そういうものなのじゃ。魔素は魔力が性質変化したもの、といったが、実際は魔力とは違う。魔力を帯びた微生物、といったほうが近いのかもしれんの」
なるほど。意味はよくわからないが、そのほうがイメージはしやすいな。
「我が魔素を操れないのもそれが理由での。細かく操ろうとしても勝手に動いてしまうのじゃよ。体内に取り込まれたものを取り除くくらいならたいしたことではないが、周囲に漂っているものを寄せ付けないようにするのは骨が折れるの」
「体内に入ったものを取ることはできるのですか? それはどういった方法なのでしょう」
「あっ、いやそれは……」
俺はあわてて止めようとしたのだが、ラグナの答えのほうが早かった。
「もちろん口から吸い出すに決まっておろう」
恥じることもなく当然のように答えるラグナに、アメリアが戸惑いをみせる。
「えっと、あの……口で吸い出す……とは、その……」
恥ずかしさからかそれ以上口にできないアメリアに対し、ラグナがカラカラと笑い声を上げる。
「なんじゃ、人間の王ともあろうものが知らぬのか。お主等の言葉でいうのなら、キスというやつじゃ」
アメリアの冷たい目が俺を見た。
「……ユーマ様?」
「いや待て。ちがう。冷静になろう。誤解だ」
俺は全力で否定した。