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8.冒険者

 ここが異世界だろうと夢だろうと、生きてるんだから腹は減る。

 考えてみたら昨日からなにも食べてないな。

 そりゃ腹も減るに決まってるか。


 とりあえず飯でも食おうと思ってとなりのベッドを見ると、すでにシェーラはいなかった。

 部屋を出て一階に降りる。


 一階は宿屋兼食堂となっていて、広い空間に机やいすが並べられている。

 他の客でそこそこ混んでいるなかで、一人だけ鮮やかな赤い髪が目立っていた。


「やっと起きたのね」


 シェーラが先に席を取っていた。

 時計なんてないので時間はわからないが、そろそろ学校に行きはじめる時間だろうか。


「色々はじめてのことがあったから、疲れてたみたいだ」


「ま、そんだけぐっすり眠れたら大丈夫でしょ。すいませーん、朝食お願いしまーす」


 シェーラが店の人に声をかける。

 すぐに朝食が運ばれてきた。

 質素な乾燥気味のパンと、薄い色のスープに、干した果物がいくつか。


 豪華なものでもないが、素材の味が生かされた素朴な味だ。

 と、小説でも描写しただけあってまさにそんな味だった。

 けど、うん。ぶっちゃけていうわ。


 味うっす!

 なんだよ素朴な味って。ほとんどわかんねーよ。

 現代日本の濃い味付けに慣れた俺の舌じゃ、素材本来の味なんてわかるわけなかった。

 せめてバターとかジャムくらいあればもっと違うんだろうけど。


「そんな高級なものあるわけないでしょ」


 シェーラがあきれたように言う。

 ですよねー。そういう世界観ですよねー。


 あれだろ。塩とか砂糖とかもめっちゃ高いんだろ。

 純度の高い砂糖は、同じ重さの砂金と交換されるとかなんとか。

 感心してると、シェーラが不思議そうな目を向けてきた。


「ユーマは異世界からの漂流者なのよね。砂糖とか塩がそんな簡単に手に入るなんて、すごい裕福な世界だったのね」


「そうだな。こことはだいぶ違うな。剣とか魔法がないかわりに、モンスターもいない世界だ」


「ずいぶん平和な世界だったのね」


 シェーラがうらやむように表情を和らげる。


 そうだな。

 実感はあまりなかったけど、日本はすごい平和な世界だったんだろう。

 少なくとも、いきなりなんの脈絡もなくゴブリンの集団に襲われるなんてことはない世界だったからな。


 朝食を食べ終えると、今日の予定を話し合った。


「ユーマは当然冒険者カードは持ってないわよね」


「昨日来たばっかりだからな」


「じゃあ今日はそれを作りに行きましょ」


「悪いな。なんか色々してもらって」


「別にいいわよ。漂流者を見かけたら冒険者ギルドに連れて行くことになってるし。それにわたしもクエストの報告に行く予定だったからちょうどいいわ」




 そういうわけで、シェーラの案内で街の中央にある冒険者ギルドへとやってきた。


 比較的大きな扉を開けて中に入る。

 朝食を食べてすぐに来たから朝もまだ早い時間だと思うんだけど、すでに多くの冒険者たちが集まっていた。

 遠出をしようとするパーティが朝から集まってるのかもしれないな。


 冒険者カードは一番奥の受付で作成できる。

 シェーラと共に向かうと、受付のお姉さんがにっこりと笑顔を浮かべてくれた。


「おはようございます! 今日はどんなご用ですか?」


「漂流者を見つけたから連れてきたのよ」


「わ! 漂流者の方ですか? 珍しいですね。この辺りじゃ初めてです」


 受付のお姉さんがじろじろと俺を見つめてくる。

 ショートカットで笑顔がまぶしい元気な人だった。

 それになかなかの美人。

 そんなお姉さんにじっと見つめられるとうれしいやら恥ずかしいやらでなんか落ち着かないな。


「漂流者って、珍しいんですか?」


 ごまかすために気になったことを聞いてみる。

 珍しいなんて設定を作った覚えはないから気になったんだよな。

 多いと書いた記憶もないけど。


「漂流者自体、数年に一人か二人といった程度ですが、それも王都などもっと栄えたところの近くにやってくることがほとんどです。こんな王都から遠く離れたところってのはあまり聞かないですね」


 ふーん。なんでだろう。

 そうなるってことは、なにか理由があるんだろうけど。


「誰かが召還してるからではないか、といわれることはありますね。そもそも漂流者の方がどうやってこの世界にやってくるのかまったく不明ですから、いろんな噂があります。どれも本当のところはわからないんですけど」


 元の設定じゃ女神様が世界を救うために呼んだってことになってたからな。

 その女神様がいないんじゃ、理由もわかるわけないか。


「それはともかく、ようこそ漂流者さん! 元の世界とは違うかもしれませんが、こっちの世界も悪くはないと思いますよ。楽しんでいってくださいね!」


 なんかめっちゃポジティブな人だな。

 確かに「元気で明るい受付のお姉さん」と書いた記憶はあるけど、ここまでだったかはさすがに覚えてないな。

 いきなり違う世界に飛ばされたなんて聞いたら普通はもっと同情しそうなものだけど、「楽しんでいってください!」だからな。


 異世界転生なんてだいたいそんなものと言われたらそんなものかもしれないが。

 無理にシリアスに思われるよりはマシかもしれないから、これも俺の深層心理かなにかが反映された結果なのかもな。


「それじゃ、まずは冒険者カードの登録ですね。といっても、難しいことなんてなにもありません。これを持っていただくだけでオーケーです」


 そういって一枚のカードを渡された。

 なにも書かれていない真っ白なカードだ。


「持ってるだけでいいんだっけ?」


「はい。そうしてるだけで、自動的に情報を読みとってくれます。あ、さっそく浮き上がってきましたよ!」


 言われたとおり、真っ白なカードに文字が浮かび上がってくる。

 俺の名前の他に、レベルとか、職業、ステータスなんかも表示される。

 このあたりは、よくある普通の冒険者カードだ。


「はいオッケーです。冒険者カードはこの世界では誰でも持っている重要なものです。身分証明書にもなるので大切にしてくださいね。いつでも再発行できるのでなくしたらすぐに教えてください」


 文字の浮かび上がってきたカードをシェーラが横からのぞき込んでくる。


「レベル5で職業も「冒険者」……? あんだけ強かったからてっきりレベル20くらいはあるもんだと思ってたけど」


 シェーラが首を傾げている。

 俺一人で数十匹のゴブリンを瞬殺したときのことをいってるんだろう。

 あれは「ピンチになるほど強くなる」能力によるものだからな。

 普段はこんなものだ。


「あ、冒険者っていうのは初期の職業のことです。すでにレベルが5に上がっているみたいですから、戦士とか魔法使いとかにもジョブチェンジできます。どうしますか?」


 冒険者ってのは初期職業で、ステータスも最弱。

 覚えるスキルもろくなものがないなど、メリットはひとつもない職業だ。


 キャラクターのレベルと職業のレベルは別になっていて、キャラクター本人のレベルが上がるとステータスが上がり、職業のレベルが上がることによって様々なスキルを覚える。

 スキルは転職してもそのまま引き継がれるため、色々な職業を渡り歩いてスキルマスターを目指している者もいるくらいだ。


 多少でもレベルが上がると戦士や魔法使い、生産職でもパン屋や料理人になれるため、転職できるようになったらすぐにしたほうがいい。

 すくなくとも冒険者にとどまる理由なんてなにもないんだからな。


 とみんなが思っている。


 しかし職業によって得意不得意はある。

 剣士や格闘家になれば物理攻撃のスキルは強くなるかわりに、魔法系のスキルは弱体化する。

 僧侶系になると、悪しき心の持ち主である盗賊系のスキルや、闇魔法が使用できなくなる。


 そんな中で、唯一全職業のスキルを使用できるのが、冒険者だ。

 不得意なものがないかわりに、得意なものもない。

 一見すると便利なようにも思えるのだが、そもそも全職業のスキルを同時に使いたい、という状況がまずないんだ。


 剣と魔法両方使いたい、というのなら、魔法剣士という職業がある。

 アークプリーストになれば回復魔法と闇魔法の両方が使えるようになる。


 他にも数多くの職業があり、また特定の地域でしか転職できない職業ってのも存在する。そういうレアな職業は上級職よりも強かったり、その職業でしか使えないような特殊なスキルを覚えたりもする。

 スキルをたくさん使いたいという理由で冒険者を選ぶ理由はなにもないんだよな。

 普通は。


「いや、俺は冒険者のままでいいよ」

次は明日更新予定です。

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新シリーズはじめました。
優しさしか取り柄がない僕だけど、幻の超レアモンスターを助けたら懐かれちゃったみたい
助けた美少女モンスターとのまったり日常二人旅(の予定)。こちらもよろしくお願いします。
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