2.スキル合成
俺は両手を広げて意識を集中する。
概念の合成には失敗したが、スキルの合成。これならできるのではないだろうか。
なので、まずは簡単な二つのスキルをイメージする。
スキルとは人間が本来行える技能をわかりやすい形にしたもの、という設定だったはず。
つまり俺の中にあるものだ。スキルを発動する際に、手のひらに意識を集中するというのはよくあること。
俺のスキルは今俺の手の中にある。そうイメージするのは難しくないはずだ。
それと同じ感じで広げた手に意識を集中させた。
「スキル合成。<聖剣創生><クリエイトウォーター>」
剣を生み出すスキルと、水を生み出すスキル。
その二つを手のひらにあるとイメージして、両手をあわせる。
両方とも手から生み出されるものだから、手の上にあるとイメージしやすかったんだ。
ちなみに、いつもとちがって「スキル合成」と口にしているのも、イメージを補強するためだ。
ただ合成というよりも、そっちのほうがそれっぽいからな。
手を開くと果たしてそこには、青白い一振りの剣が生まれていた。
柄を手に取るとしっかりとした手応えを感じる。それでいてひんやりとした冷気を感じた。
なんというか、いかにも水属性の剣って感じだ。
軽く振ってみると、剣の軌道に冷気のようなものも漂っていた。
「よしよし、成功したな」
水のコップの時みたいに、水でできたぶよぶよの剣が生まれるんじゃないかと心配したんだが、ちゃんと俺のイメージが優先されるようだな。
これなら火とか土属性の魔法を覚えておけば、いろんな属性の剣が作れるだろう。
となると、ひょっとして違う使い道も行けるんじゃないか……?
俺はとあることを思いつき、再度手を開いた。
「スキル合成。<クリエイトウォーター><ヒール>」
両手を合わせて開く。
置かれていたコップの中に新しく水が注がれた。
一見するとただの水だが、よく見れば光り輝いている。
飲んでみると、体から疲れが抜けて楽になる感じがした。
どうやらうまくいったようだな。ヒールウォーターとでも名付けようか。
これも色々な回復魔法を合成することで応用が利きそうだな。
アヤメに後で魔法を教えてもらうとしよう。
他にもたくさん思いつく組み合わせはあるが、今回はこのくらいにしておこう。
スキルの数だけパターンがあるからな。
全部試していたら日が暮れてしまう。
魔界に行く前に、もう一つ先に試しておかなければならないことがある。
それは、実際に魔界に行けるかどうかだ。
ヤシャドラがあいたあの場所からなら、ゲートの魔法を使えば魔界につなげられる、という設定になっているが、俺自身がその感覚をよくわかっていないからな。
事前に本当にうまくいくのか調べておく必要はあるだろう。
というわけで俺はゲートの魔法を使い、ヤシャドラが守っていたあの洞窟にやってきた。
真っ暗なので、ラーニングしたシェーラの明かりの魔法を使う。
洞窟にしては広い空間は、これといってなにもない。
魔界につながる場所にわかりやすく目印でもあればと思ったんだが、そんなものはないようだな。
しかたない。とりあえずやってみよう。
「スキル発動。<ゲート>」
ゲートを使うときの感覚を説明するのは難しい。
自分が行きたい場所を脳内で思い描き、そこにつながる穴を想像しながらゲートを使うと、そこにつながる穴が生まれる。
移動場所を思い描くときには、座標というか、距離というか、そういうのを考える必要はない。
ヤシャドラのいた洞窟に行きたい、とか、王宮に戻りたい、とか、そんな感じだ。
割とあやふやな感じだが、それでいちおう行きたい場所へのゲートが開く。
しかし俺は魔界に行ったことがない。
ましてやどこにあるかなんてわかるはずもない。
なのでうまくいくかどうかわからなかったのだが、ゲートを使うと、なんとなくだが、空間が薄くなっているような場所が感じられた。
なのでゲートの転移先をその先にイメージしてみる。
もちろん魔界の詳しい地図なんて知らないし、その先がどうなっているのかなんてわからない。
というかよく考えてみたら、俺の小説でも魔界の地図なんて書いたことはなかったし、魔界の風景の描写もほとんどなかったな。
決めていたのは、魔界はこっちとほとんど変わらない、ということだけだ。
魔界といわれて普通イメージしそうなのは、全体的に世界が薄暗くて、あちこちから溶岩が吹き出していて、なんか尖った岩が地面から生えているような、いわゆる地獄のような風景だ。
だけど俺の小説での魔界は違う。
人間界と比べて、これといって大きく変わった違いはない。
人間が住む世界とは別の世界。そこが魔界と呼ばれているだけなんだ。
そんなことを考えていたのがよかったのか、ゲートの魔法が発動した。
薄暗い洞窟に丸い穴のようなものが開き、その先から明かりがあふれ出している。
足を踏み入れると、一気に視界が広がった。
どうやら草原のようだ。
そういえば思い出したが、小説でも初めて魔界に足を踏み入れたときはだたっ広い草原だった気がする。
というかこの小説の第一話も草原からはじまったよな。
特に意味があったわけじゃないけどな。ただの偶然だ。
でも新しい世界に入った最初の場所は、なにもない草原からはじまるというイメージがあるんだよな。
理由はわからないが、とにかく俺の中ではそうなっているので、初めて魔界に入った場所も、こんななにもない草原になったんだろう。
そしてさっきもいったとおり、そこは普通の草原だった。
魔界特有の奇怪な草が生えているわけでもないし、地面は平坦でこれといった起伏もない。
草原の真ん中には、地面を踏み固めただけの土道が地平線の向こうから俺のいる場所へと伸びてきて、そのまま俺の後ろの地平線の彼方まで続いている。
わざわざ描写する必要もないほどごく普通の光景だ。
だが俺は、足を一歩踏み入れた瞬間に、ぎょっとして立ち止まってしまった。
目の前に広がるのはごく普通の世界だ。
やわらかな日差しががさんさんと降り注ぎ、まさに絶好のお出かけ日和となっている。
にもかかわらず、空は赤黒い色に染まっていた。
世界のすべてが普通なのに、空の色だけが色調反転されたかのような不気味さを放っている。
考えてみれば、そもそも魔界とはなんなのかを、俺は考えたことがなかった。
そこは魔族の住む世界だ。それ以上のイメージなんてなかったんだ。
でも考えていなかっただけで、魔界は存在している。
ラグナが俺の知らない数千年の時を生きているように、魔界にも発生してから今に至るまでの長い歴史があるはずだ。
それが何千年なのか、あるいは地球と同じように何億年というスケールになるのか。わからないが、その積み重ねの果てが、今の光景なんだろう。
魔界にいったいなにが起こっているのか。
それはたぶん俺なんかがあれこれ考えてもわかるようなことじゃないだろう。
すでにこの世界は、俺の知らない設定だらけだからな。
魔王とか意味わかんないくらい強すぎだったし、世界の意志の具現とかいわれたってなんのことなのかさっぱりだ。
だけど、さすがの俺でもはっきりとわかることがある。
魔界は今にも滅びようとしている。
それだけは誰の目にも明らかだった。