1.旅立ちの前
2章で終わっても良かったのですが、もう少しだけ続けることにしました。
俺たちは魔族との戦争を止めるため、魔界へ向かうことになった。
とはいえ、まだ決まったばかりでまだなんの準備もしていない。
いくら小説内の展開を知っているとはいえ、なんの準備もなしに向かって無事で帰れるほど魔界は甘い場所ではないからな。
「そもそも魔界ってどういう場所なの」
王宮の一室を借りて集まった俺たちの中で、シェーラが質問してきた。
当たり前といえば当たり前の質問をされて、俺は言葉に詰まってしまった。
「あー、まあ、そういわれると説明に困るな」
「なんだ、そんなにイカレた場所なのか」
ダインがどことなくうれしそうに笑う。
相変わらず危険な場所とわかるほどテンションが上がるようだな。
俺はさすがに苦笑いを返した。
「いや、そうじゃない。むしろダインが喜びそうなものはなんにもないよ」
「それはどういうこった?」
「こっちと変わりないんだよ。魔界といっても特別ななにかがあるわけじゃない。魔族が住んでいるから魔界。人間が住んでいるから人間界。違いなんてそれだけだ」
本当にそれだけだ。
魔界といって想像するような、真っ黒な空が広がっていて、地面は尖った岩のようなものに覆われていて、あちこちに血色の川が流れている、といった地獄絵図のような風景はない。
本当にこっちとなんら変わりない世界が続いている。
だからこそ、魔王のあの変貌ぶりには驚いた。
魔族たちもまた人間となんら変わりない種族、ということになっているのに、その王である魔王はどう見ても俺たちと同じ存在には見えなかったからな。
女神様が言うには、あれもまた女神様と同じ「世界を救おうとする意思の現れ」らしいから、女神様に対応した存在と考えればまあわからないでもないが……。
シェーラが拍子抜けしたような顔になる。
「じゃあ魔界もけっこう安全なの?」
「さすがに安全ってことはない。いちおう魔界のほうがモンスターは強いしな」
そこはストーリーの都合上しかたない。
せっかく魔界に来たのに、ゴブリン程度の敵と戦って瞬殺しても面白くもなんともないからな。
俺の返答を聞いたダインが拳を打ち鳴らした。
「なんだ、ならなんにも問題ねえ。向こうの魔物がどんだけ根性あるか試してやろうじゃねえか」
ダインに出会った魔物には同情するな。
それぞれ必要なものを用意するため、いったん解散することになった。
俺も用意したいものがあるが、まずはいったん自分の部屋に戻る。
女神様が俺に新しいスキルを使えるようにしておいたっていっていたからな。それがなにかをまずは調べておこう。
といってもなにをもらったかわからなければ使いようもないんだが……。スキル一覧を見ればわかるかな。
「おっ、あった。これか」
取得スキル一覧には見慣れない二つのスキルがあった。
【聖剣創生LV.1】
【女神の加護LV.1】
両方ともスキル属性が書かれていないな。
火の魔法なら火炎魔法とか、スキル名の前に付くもんなんだが、女神様からもらったスキルにはそういったカテゴリはないのかもしれないな。
そもそもスキルは人間が習得できる能力を可視化したもの、みたいな設定だった気がする。
女神様のスキルは、人間が身につけられるようなものじゃないからカテゴリも書かれないのかもな。
スキルの効果は名前でなんとなく想像できるが、一応説明を見ておくか。
【聖剣創生LV.1
自らの魔力を練り上げ聖剣を生み出すスキル。魔力が続く限り無限に使用可能】
【女神の加護LV.1:
体に宿った女神の力が保持者を守る。一日に一度だけ、あらゆる攻撃から身を守ってくれる】
女神の加護は思ったとおり、今までのルビーの加護と同じようだな。一日一回というところも変わらないようだ。
今まではルビーの剣に宿っていたものが俺自身に宿ったらしい。
聖剣のほうは説明だけだとなんともだな。
剣が砕けてなくなった分、俺自身が生み出せるようになったみたいだが。
百聞は一見にしかずっていうしな。まずは使ってみるか。
「スキル発動。<聖剣創生LV.1>」
発動すると俺の右手に光が集まり、そこが白い剣の形になった。
「おお、これはすごいな」
一振りの剣が現れる。
なんというか、なにもないところから剣を生み出すというのは、思ったよりもカッコいいのではないか?
剣自体も悪くなさそうだった。
武器の善し悪しなんて俺にはわからないが、見た目にも鋭そうだし、ずっしりとした手応えを感じるのに、振っても重さをまるで感じない。
これなら問題なく戦えるだろう。
そしてスキル一覧を眺めてた俺はあることに気がついた。
「なんだこれ?」
スキル【女神の加護】の下に空欄ができていた。
名前も説明も真っ白でなにも表示されないが、そこになにかが追加されているのは確かだった。
試しに使用してみるがなにも起こらない。ゲームならバグかなにかと思うところだ。
女神様から直接力をもらうなんてまず想定していないだろうから、そのせいで起きた不具合かもな。
そのおかげでついでに気がついたが、取得可能スキル一覧にひとつのスキルが追加されていた。
【錬金術 万物合成LV.999】
これは、魔王が使っていたあれだよな……?
少し怖かったが、そのスキルを取得した。
取得した瞬間呪われた力によって命を奪われる、なんてこともなく、普通にスキル一覧に表示された。
ちなみに【女神の加護】との間にやっぱり空欄ができている。
空白のスキルが追加されたのは間違いないみたいだな。
まあこれについては後で考えればいいだろう。今は新しいチートスキルについて調べるべきだ。
魔王の「錬金術」。
何でも合成できたあれを使いこなせれば、今後の冒険がかなり楽になるだろう。
というわけでさっそく試してみよう。
まずは部屋に置かれていたこいつを使ってみるか。
俺はその二つをそれぞれ左右の手に持ってスキルを発動した。
「合成。<ペン><消しゴム>」
左右の手にそれぞれ持ったペンと消しゴムが光り輝く。その状態で手のひらをあわせてから開くと、ペンの後ろに消しゴムがついた、日本でよく見かけるアレが現れていた。
まあペンは羽の先にインクを付けるやつだし、消しゴムも日本でいうようなやつではなく、ねり消しみたいなやつだったけど、ちゃんと俺がイメージしたようなものになった。
予想通り言葉が正確である必要はないみたいだな。
俺が「ペン」と「消しゴム」だと思っているものであれば、俺が想像したとおりの「消しゴム付きペン」になるみたいだ。
そうでないと魔王みたいに概念の合成なんて離れ業ができるわけないからな。
ついでにもう一つ実験してみるか。
俺はコップの水を右の手のひらに垂らし、左手にはコップを手にした。
「合成。<水><コップ>」
スキルを発動し、両手をあわせる。
開くとそこには、水でできたコップが現れていた。
「おお、これはすごいな」
水がコップの形になっている。
指でさわると確かに水でかき混ぜることもできるんだけど、コップの形を保ったまま崩れたりしない。しかも元々コップに入っていた水はそのままだ。
なので、水のコップに水が入っているという、なんというか、すごい不思議な状態になっていた。
「よし、スキル解除」
つぶやくとコップと水が別々になって左右の手に戻った。
なるほど。これは色々応用できそうだな。あとでパターンをいくつか考えておこう。
「さて、本番はこっからだ」
正直ここまでは実験しなくても結果は分かっていた。
水がコップになるのは驚いたが、まあ想定の範囲ではある。一応確認しただけだ。
問題は、魔王がやって見せた概念の合成。あれができるかどうかだな。
なにもない両手を広げる。
なにもなくても、そこに概念があることをイメージする。
緊張で手のひらが少し汗ばんでいた。
あり得るはずのないものを合成する。それはほとんど神の所行だ。人の身でできてしまっていいのかさすがに心配になる。
それでも俺は、渇いた喉を震わせるようにその言葉を口にした。
「合成。<上><下>」
上が下になり、下が上になる。
天地が逆さまになり、俺の体は重力に従って上へと落ちていく。
……はずだったのだが、特になにも起こらなかった。
俺の足は今も床に着いたまま普通に立っている。
どうやら失敗のようだ。
同時にため息がもれた。
失敗して落胆するよりも、なぜだか安心する気持ちのほうが強い。
ほっとした気持ちを抱きながら、念のためもう一度両手を開く。
「合成。<空><大地>」
天地が逆さまになり重力が反転する、つもりだったのだが、やはりなにも変化しなかった。
「……はあー、やっぱそうだよなあ」
概念が合成できるとはいっても、あくまで両手に乗っているというイメージが重要なんだろうな。
上と下が手の上にあるとか正直意味わかんないし、大地はともかく空が自分の手の上にあると本気で思える人間はそういないだろう。
神のごとき所行はやはり神にしか行えないってことか。
まあいい。
なんとなくそうなるんじゃないかなって気はしていた。
だって意味わかんなかったからな。
だから俺は新しい方法を試すことにした。
両手を広げ、意識を集中する。
概念が手の上にあるとイメージすることは難しいが、目には見えなくてもあると実感できるものだったらできるのではないだろうか。
手のひらでつかむことはできないが、確かに存在すると確信できるもの。
そう、「スキルの合成」だ。