34.襲来
アメリアとの話も終わり、再び室内に戻った。
料理は美味しいし、みんないい感じに打ち解けているためとても和やかな空気が流れている。
アメリアもここに残るよう説得できたし、明日か明後日には俺たちだけで魔界に向かうことになるだろう。
これは大きく物語を変えることになる。
アメリアが魔界に赴くことは物語上必須のイベントだ。
アメリアの死が人間と魔族の戦争を引き起こし、魔王を倒して戦争を終わらせるという物語の結末が生まれる。
アメリアがいなければ魔王に会うこともないし、魔王を倒してハッピーエンド、という物語のゴールがなくなってしまう。
ここから先どう物語が転がっていくのか予想もつかない。
俺の「作者であるからこそ知っている知識チート」が使えないってことだ。
ただでさえ王宮編が終わり、次は魔界編になる。多くの強敵と戦い、激戦が続く物語のクライマックスでもある。
気を引き締めていかないとな。
「ちょっとユーマ、なに難しい顔してるのよ」
上機嫌なシェーラが話しかけてくる。
「せっかくのただ飯なんだからもっと楽しまないと」
「楽しんでるつもりだったが……そんな顔してたか?」
「ええ。なにかろくでもないことを考えてる顔だったわ。いつだったかみたいに、一人で危険な場所に向かうような顔だったわよ」
上機嫌に見えたが、その瞳は真剣だった。
鋭いな。どうやら見抜かれていたらしい。
それだけ強い覚悟が必要だったからな。
「大したことじゃないよ。それより……」
俺だって死ぬつもりはない。魔界ではシェーラやアヤメ、ダインの力が絶対に必要だ。
俺一人で向かうとかそんなことはしない。
シェーラを安心させようと口を開いた、その直後だった。
「なるほど。ここが特異点か」
「──────ッ!!!」
氷のような冷たい声に、全身が硬直した。
ささやくような小さい声だったのにもかかわらず、室内にいた誰もが驚きに立ちすくむ。
部屋の中央に男がいた。
さっきまで誰もいなかったはずなのに、まるでラグナのように忽然と現れている。
だがラグナと違ったのは、その存在が全身から冷たい気配を発していたことだ。
その姿を見た瞬間、全身が恐怖につかまれた。
例えるなら、高いビルの屋上から地面を見下ろしたときに似ている。
絶望的な高さを前にして恐怖で足がすくんでしまう、あの感じだ。
違う点があるとすれば、ビルの屋上から見下ろした景色よりも、目の前の男の方が恐ろしいということだ。
こいつは死そのものだ。
それを否応なく理解させられてしまう。
この場にいるすべてのものが、目の前の存在に怖じ気付いていた。ダインすらも剣の柄に手を添えたまま一歩も動けないでいる。
静寂に包まれた中で、男だけが感情のない瞳で俺を見た。
「なるほど。君か」
なんの感情も宿らない平坦な声だった。
それだけじゃない。存在そのものに感情というものが感じられなかった。
氷のように冷え切った瞳。肌は病的なほど真っ白で、色素の薄い髪は白というより、空気の中に溶けていきそうなほど透き通っていた。
俺の足が震える。
脂汗が滝のように流れ落ちるが、それを拭うことすらできなかった。
俺はそいつを知っていた。
見るのは初めてだ。
でもその特異な描写を忘れるわけがない。
バカな、バカな、バカな……!
こいつは、ここにいるはずがない。
いてはいけないはずの存在なんだ! なのに……。
「なんで……ここにいる……!」
色素の薄い体は、誰よりも魔力を浴びている証。
全身から放つ障気は死に満ちた地獄の底にいた証。
そいつはすべての頂点にして、物語の終局に座すべき存在。
「なにしにきた、魔王!!」
物語の最後で倒されるためのラスボス──魔王ケリドウィンが俺たちの前に現れた。