33.約束
俺はアメリアを魔界には連れていけないと伝えた。
当然のようにアメリアは激しく反発した。
「ど、どうしてですか! わたくしも一緒にいきます! 足手まといにはなりません!」
激しい剣幕で詰め寄ってくる。
それは予想できてたことだ。
一度決めたら絶対曲げない頑固な性格だからな。
「アメリアが足手まといになるなんて思ってないよ。むしろ<未来視>のおかげで助かったんだからな。本当なら来てほしいくらいだ」
「でしたら……!」
しかしこっちだって冗談でこんなことをいったわけではない。
ここだけはどうしてもあきらめてもらわないといけなかった。
「わかった。正直に言う。詳しいことは省くが、俺は魔界に行ったあとの展開を知っている」
「……! さきほどの、ユーマ様が書いた小説という話ですか?」
「そうだ。だから知ってるんだ。魔界で……」
その言葉の続きを俺はいえなかった。
しかしいわなければならない。
なにしろ俺が書いたんだ。だからこそ、他の誰ではなく俺が責任をとらなければ。
「魔界で……アメリアは殺される」
「────っ!」
さすがに表情が強ばった。
怖くないわけがない。それでもアメリアは気丈に告げる。
「死は、覚悟の上です。怖くありません」
「いや、危険だという意味じゃないんだ。それは避けられない結末なんだよ」
そういったものの、小説の展開は変えることができるのはダインの件でも証明済みだ。
しかし、それはやっぱりものすごく大変なことなんだ。
アンデッドドラゴンがあんなにも強くなったのも、「物語」の激しい抵抗を受けたからなんじゃないかと、今は思っている。
ヤシャドラがあんなに強かったのだって、彼を救おうとした結果だ。
考えてみれば、物語の結末を大きく変えようとしたときほど、敵は強くなっている気がする。
その仮説が正しいとすれば、アメリアの命を救うだけでなく、戦争が起こるきっかけである王女の死を止めることは、おそらく今までで一番大きな抵抗をうけるだろう。
諦めさせるために、俺はあえて強い言葉を使った。
「つまり、行けば必ず死ぬ、ってことだ」
「それは確かなのですか……?」
アメリアが震えた声でたずねる。
俺は無言でうなずいた。
赤い瞳が見開き、目の端から光る滴をこぼれ落とした。
決して弱さを見せることのなかったアメリアの涙を見て、俺はようやく自分の愚かさに気がついた。
「つまり、ユーマ様は……わたくしが死ぬお話を書いたということですか……?」
心臓を握りつぶされるような痛みが走った。
自分の愚かさに吐き気がする。
アメリアのいうとおりだ。
俺はアメリアが死ぬ話を書いた。
それを本人に伝えることは、本人に向けて死ねと言っていることと同じじゃないか。
「……その通りだ。ごめん……」
言い訳ならいくらでもできた。
物語はフィクションだから、本当に起こるなんて思わなかった。
アメリア自身に恨みがあるわけじゃない。実際にこうして、その結末を変えようとしている。
でも、いえなかった。
それは罪の意識から逃げたいだけの言い訳だ。
この胸の痛みから逃げたところで、きっと俺以上のショックを受けただろうアメリアの痛みが消えるわけじゃない。
アメリアの細い体がよろめく。
俺はとっさに彼女を受け止めた。
そのときになって気づく。俺の胸にすがりつく手は、小刻みに震えていた。
アメリアが自嘲気味に笑う。
「おかしいですよね……。どんなに強がっていても、けっきょくわたくしは、やっぱり怖いんです。死ぬことが……。それ以上に、ユーマ様にそれを望まれたことが……」
「それはちがう!」
俺はとっさにアメリアの両肩をつかんで強く言った。
「アメリアに死んでほしいなんて思うわけないだろう!」
赤い瞳が大きく見開き、やがてくすりと小さく笑みをもらした。
「……ごめんなさい。今のはちょっとズルかったですね」
その瞳にはもう涙は残っていなかった。
「困らせてしまってごめんなさい。ユーマ様がそんなことを思うわけないのはわかっていたのですが……でも、違うと言ってもらえてうれしかったです。ありがとうございます」
目の前で浮かべるたおやかな微笑みに、俺は思わず目を奪われてしまった。
肩をつかまれたままのアメリアが、わずかに顔を赤くして視線をそらした。
「あの、そろそろ手を離していただけると……。まるで恋人同士みたいですし、誰かに見られると……。ユーマ様がどうしてもと仰るのでしたら、わたしくしは、その、かまわないのですが……」
「あ、ああ。悪い!」
慌てて離れる。
アメリアはちょっとだけ不満そうにほほを膨らませてから、表情を引き締める。
「実は、魔界に向かった先の私の未来は、どうやっても見れませんでした。もしかしたらそれは、未来がないからなのではと、思いもしました……」
それはそうだろう。命を落とせば、その先に未来があるはずない。見えるわけないんだ。
ですが、とアメリアが言葉を続ける。
「ユーマ様が危険な地に向かうのに、わたくしだけ安全な場所で待っているだけなんて、そんなことできません!」
その声には固い決意の響きがこもっていた。
「だけど……」
「ユーマ様の話なら、未来は変えられるのですよね。でしたらわたくしが死ぬ未来も変えられるはずです!」
アメリアに引く気は一切ないようだった。
だがここは何としてでも説得しなければならない。
俺だって小説を書いていたんだ。言葉には多少の自信がある。俺はアメリアの目を正面からしっかりと見つめる。
俺の覚悟を感じ取ったのか、アメリアもまた俺の目をしっかりと見つめ返してきた。
絶対に説得なんかされない、という強い意志を感じる目だ。
その目に向けて、俺は真剣に語りかける。
「俺はアメリアに会うために必ず生きて戻ってくる。だから、待っててくれ。その後で大事な話をしたいんだ」
こういうそれっぽいけど具体的なことは何も言ってない台詞ってのは、俺は小説でもけっこう使ってた。
とりあえず「大事な話」とかいっとけば、先の展開が気になるだろ?
そうすれば次の話も読みたくなる。
次の展開なんてなにも決まってないけど、いい加減そろそろ更新しないといけない。でもなにも思いつかない!
というときによく使っていた手だ。俺がそれっぽいけど具体的なことをなにもいわない描写をしたときは、こいつなにも考えてないな、って思っていいぞ。ごめんなさい。
アメリアだって俺の話が聞きたくなって、ここで待っていようという気になるはずだ。
その証拠に、アメリアは少し頬を赤くし、期待するようなまなざしを向けてきていた。
「あ、あの……大事な話というのは、その……」
俺は大げさにうなずく。こういうのはハッタリが大事なんだ。
「そうだ。俺とアメリアの未来の話だよ」
さっき未来の話をしたばかりだしな。
いい感じに伏線になってるし、我ながらこれはいい感じの台詞じゃないか?
これならほどよく興味を引かれるだろう。
「それって……」
アメリアは顔を真っ赤にして目を潤ませる。
……なんか思ってた反応と少し違うけど、結果オーライだからまあいいか。
ここでダメ押しをしておこう。
俺はポケットからあるものを取り出した。
「これを受け取ってくれないか。俺が必ず生きて帰ってくるという証拠だ」
小さな四角い小箱のようなものを渡す。
実はレインフォール隊長から、アメリア王女様に渡してほしいといって渡されていたものだ。
自分からということは言わずに俺からということにしてほしいってことだったので、隊長のことは言わないでおくけど、なんでなんだろうな。
アメリアが震える手で小箱を受け取った。
ちなみに箱の形からでもわかると思うけど、中身は指輪だ。なんでも加護の指輪とかいうやつらしくて、身に着けた者を守ってくれるらしい。
俺の剣が持つルビーの加護と同じような効果かもな。
アメリアがそっとふたを開ける。
中にはめられていた指輪を見て驚きに固まった。
「本当にわたくしが受け取ってもよろしいんですか……? お姉ちゃんや、アヤメ様もいらっしゃるのに……」
アヤメはともかく、シェーラには必要ないんじゃないかな。
俺より普通に強いし。
アヤメも戦闘職ではないものの、回復魔法のエキスパートとして十分に活躍できる。いざとなれば俺が守ればいいしな。
「それはアメリアのためのものだ。だからアメリアに受け取ってほしいんだ」
「で、でも、わたくしはこの国の王女です。ユーマ様とは、その……」
「勘違いしないでくれ。確かにアメリアはこの国の王女で、いなくなるのはとても困る。でも、たとえアメリアが王女でなかったとしても、俺は同じことをしただろう。俺は王女様を助けたいんじゃない。アメリアを助けたいんだ」
「ユーマ、様……」
アメリアはもう耳まで真っ赤になり、表情を隠すように両手で顔を覆っていた。
「あ、あの、ユーマ様……」
潤んだ瞳を俺に向ける。
「指輪、はめてもらってもよろしいでしょうか……?」
細くなめらかな手を差し出す。
それはその手を取ると、加護の指輪を指に通した。
「これでいいか?」
「……………………」
アメリアは指輪のはめられた人差し指を、なぜか複雑そうな表情で見つめていた。
「どうした?」
「………………いえ、別に何でもありません」
口ではそういってるが、頬を膨らませてわずかに不満顔だ。
さっきまであんなに嬉しそうだったのに。女の子はよくわからないな。
と思っていたら、手にはめた指輪を見て再び笑顔を浮かべる。うーん、本当にわからないな。
「ふふ、困ってしまいました」
そういって、いつもとはちがうイタズラな笑みを浮かべる。
「お姉ちゃんと同じ人を好きになってしまうなんて。やっぱり姉妹だと好みも似てしまうものなんですね」
そういったアメリアの表情があまりにもかわいくて、俺はしばらく声も失って見とれてしまった。