32.決意
色々あってテラスに逃げ込んできた俺に、アメリアが声をかけてきた。
「ユーマ様もお休みに来たんですか」
「まあ、そうだな。そんな感じだ……」
幼なじみにおっぱいの大きさの好みについて語るという羞恥プレイをした直後なのでまだ心拍数がやばい。
俺は熱くなった頬を冷ますように、夜風に身を投げ出していた。
そんなだらしない俺の姿を見て、アメリアがくすりと笑みをこぼす。
「ユーマ様はご活躍されましたものね。お疲れになるのも当然です」
まあ、アメリアがいうような理由ではないのだが、わざわざ話すことでもないので黙っていよう。
するとアメリアが少し真剣な面持ちになった。
「一度ユーマ様にお伺いしたかったことがあるのですが、よろしいですか?」
「俺に答えられることならいいよ。それと、そんな堅苦しい言葉使いでなくでも大丈夫ですよ。王様も普段通りでいいといってたじゃないですか」
「ふふっ、それをいうならユーマ様も敬語でなくても大丈夫ですよ」
「いや、アメリアは王女様だから、ついな……」
自然と敬語になってしまう。
「わたくしも普段はこっちの話し方なので、なかなか癖が抜けないんですよ」
「ならしょうがないか。それで、俺に聞きたいことってなんだ」
たずねると、アメリアが表情を引き締めた。
「他人のスキルを自分のものにする『ラーニング』。そのようなものは聞いたことがありませんでしたし、しかも<大結界>まで扱えるようになるなんて信じられません」
なるほど。その話か。
「それだけではありません。あの転移魔法をすぐに使いこなしたことといい、影狼族のことを知っていたことといい、不思議なことは多いです。
<大結界>もほとんどの国民は知りません。それに、例え知っていたとしても、それを使って影狼族を捕らえようなどとは、普通は思わないでしょう」
「あれはアメリアの<未来視>のヒントがあったからだよ」
俺だって世界を隔てる<大結界>を自分でも使えるようになるなんて思ってもいなかったし。
あれは半分くらいは賭だったからな。
しかしアメリアは首を振る。
「例えヒントがあったとしても、思いつけるものではないです。そもそも<大結界>が『覚えられるスキルである』とユーマ様が知っていたことが驚きなのです。あれは王宮魔術師たちが何年も研究を重ねても、未だに魔法なのかどうかさえ判明しておりませんのに」
そういえばそんなこともいってたな。
作者の俺でさえ知らないんだから、どんなに調べたってわかるわけはないんだろうけど。
「ユーマ様はすごいです。すごすぎます。伝説の勇者、というにはあまりにもかけ離れています。
あなたはいったい、何者なんですか?」
アメリアが真剣な眼差しで問いかけてきた。
まあ、いつかは聞かれると思ってたよ。
俺がこうしてアメリアと二人きりになれるチャンスを狙って来たのも、半分くらいはそれが目的だ。
しかし、どうしたものかな。
答えをいうのは簡単だ。俺はこの世界の作者だといえばいい。
しかし信じてもらえるかどうか。
とはいえアメリアは真剣だ。適当なことをいってごまかせそうにはないし、俺もそんなことはしたくない。
なら、いうしかないか。
「アメリアは俺が『漂流者』だってことは知ってるか?」
「え、ええ。お姉ちゃん……姉から聞きました」
この世界には別の世界から転移してくる者がたまに現れる。それを『漂流者』と呼んでいるんだ。
「俺はこの世界にくる前、小説を書いてたんだ」
「まあ、そうなのですか。でもそれがいったい……」
「その小説の舞台は、赤と青の二つの月が空にあった。人類と魔族が対立していて、世界は崩壊しそうになっていた」
「それは……」
「そうだ。この世界そのものだ。俺はこの世界の作者なんだよ」
アメリアはしばらく絶句したように驚き固まっていた。
「俺の作品の主人公は他人のスキルを習得するスキルを持っていた。どうやらそれが俺に与えられたみたいなんだ」
「そんな、こと……。でも……だとすれば……」
なにやらブツブツとつぶやいたあと、俺に目を向ける。
「ユーマ様が眠っているあいだに、フォーエンタールから連絡がありました」
フォーエンタールってのは確か、俺のことをアメリアに教えた貴族の領主だったっけか。
夜の館に忍び込んで、色々密約をかわしたんだった。
「魔族と内通していた大臣を捕らえたそうです」
「そうか。それはよかった」
これで内乱が起こる可能性はほぼなくなったといっていいだろう。
長い王宮編に時間をとられる心配もなくなった。
「フォーエンタールはいっていました。大臣の計画も、彼が用意していた奥の手も、すべてユーマ様が仰っていたとおりであったと。そのおかげで魔族の手の者がいなくなり、慌てているところを迅速に捕らえることができたと」
さすがは切れ者の領主。仕事が早いな。
「それもすべて、ユーマ様が、その……この世界の作者だから、なのでしょうか」
「まあ、そういうことになるな」
俺がそう書いたから、大臣はその通りに動いたんだ。
「ただ、なんでも知ってるわけじゃない。いや、知ってはいるんだが、必ずしもその通りに動くわけじゃないって感じかな。今回の影狼族との戦いだってそうだ。本来ならヤシャドラとは戦わず、ヤシャドラが召還する魔物ととしか戦わないはずだったんだ。
ただその結果としてヤシャドラは命を落とすことになっていた。俺はそれを変えたかった。だから戦わないですむ方法を考え、彼の妹を助ける道を選んだ。
結果はアメリアも知っての通りだ。逆に激しい返り討ちに合い、危うく俺たちが全滅するところだった。俺はただ知ってるだけで、それ以外はなにもできないんだよ」
「ユーマ様は、魔族まで助けようというのですか……?」
「ヤシャドラは、悪人じゃない。妹を人質に取られて仕方なく戦わされていただけだった。そんな彼を死なせずにすむ方法があるのなら、そのほうがいいに決まってるだろう」
それは俺の嘘偽りのない本音だ。
アメリアはしばらく考え込んでいた。
「そのようなこと、考えたこともありませんでした。魔族は敵で、人間とは相容れないものなのだと」
「でも魔王と会って戦争をやめるよう説得しにいくつもりだったんだろ」
「戦争を回避する方法を、他に思いつけなかったからです。それがうまくいくという保証はどこにもありませんでした」
真摯な瞳が俺を見つめる。
「回避できるのですか? 魔王と話をすることで、戦争を」
それがアメリアにとってなによりも切実な願いであることは、その口調からでも痛いほどに伝わってきた。
だから俺は、正直に首を振った。
「わからない。小説の中では、そんな展開にはならなかった」
「そう、ですか……」
しゅんとうなだれるアメリアに、俺は努めて明るい声をかける。
「だが未来は変えられる。ダインもラグナも、本当はいないはずだった。でも助けることができて、こうして俺たちと共に生きている。なら戦争も回避できるはず。それが俺の目的だ」
小説の中では、人と魔族が争い、百万もの命が失われた。
もしも世界の命運に関する法律があったとしても、俺の行為は罪にならないだろう。
まさか現実になるなんて思わなかったんだ。知ってればハッピーエンドにしたさ。
だから俺が重荷に思う必要はないのかもしれない。
でもだからといって、なにも気にしないでいられるほど鈍感ではない。
「世界を救う。それが俺の目的だ」
「ユーマ様も戦争を止めようとしてくれるのですね」
「そうだな。アメリアと同じだ」
そういうと、アメリアがどこかほっとしたような笑みを浮かべる。
魔界に赴き魔王を説得する、と口で言うのは簡単だが、実際に行うのはわけが違うし、一人で相手の本拠地に向かうのは相当の勇気がいることだ。
でもやっぱり一人は怖い。
だからこそ、仲間がいると知って巣の表情がでてしまったんだろう。
それは決して弱さなんかではない。むしろこれまでそういった感情をまったく見せなかったアメリアは、本当に強い女の子なんだろう。
だからこそ改めて強く実感する。
アメリアは確かに俺が作ったキャラクターが元になっているかもしれない。
でも、まちがいなくこの世界に生きている一人の命だ。
例え俺がアメリアというキャラクターを描かなかったとしても、この時代に生まれた彼女は同じように考え、きっと同じ決断をしただろう。
誰よりも高潔で、勇気があり、優しい王女様。
それがアメリア=ユークリウスなんだ。
だからこそいわなければならない。
俺がアメリアと二人きりになったもうひとつの理由を。
「実は、明日か明後日には魔界に向かおうと思っている」
アメリアが少し驚いたように目を向ける。
「早いのですね……」
「ヤシャドラを倒したことは魔王軍にも伝わっているだろう。妹を助けたあいつは家に戻るといっていたからな。もう戦わされる理由もない。たぶん魔王軍に戻ることもないだろう。
戦ってみてわかったことだが、影狼族を倒すなんて無理だ。だが俺たちは倒してしまった。魔王軍は驚き、そして警戒するだろう」
俺たちに例えるなら、ダインが一騎打ちで負けた、と聞かされるようなものか。
そんなことはあり得ない、と信じて疑わなかったことが現実で起きてしまった。
ここから先の物語の展開は、俺の小説とは大きく変わるだろう。
どんな不測の事態が起こるかわからない。
だからこそ告げなければならなかった。
「アメリアは魔界には連れて行けない。ここで別れよう」