7.独白
目をあけると、木造の天井が目に飛び込んできた。
薄汚れた年代物の天井。
そういえば異世界に来てたんだったな。
それにしても、今の夢はなんだったんだろうか。
女神様がいなくて、かわりに小さな女の子が泣いていたけど。
どういう意味があるんだろう。
木の床に寝ころんだまま、俺は考えを巡らせた。
俺の主人公は世界を救い、小説は完結した。
評価はまあ普通といったところ。ありきたりな設定だったからな。完全に埋もれてしまっていた。
それでもファンだといってくれる人たちがいた。だから完結させることが出来たんだ。
自分の好きなように書けただけで満足だったし、ちゃんと完結させられたことも大きい。
楽しかったし、やりきったという達成感もあった。
それまで毎日小説を書いていた。
書いていないときでも、キャラクターたちのことを考え、次の展開のことが頭を離れなかった。
キャラクターが勝手に動く、ということの意味も理解できた。
いやほんとに、あいつら勝手に動きやがるんだよ。
頭の中で、次はこういう展開にして、最後はこういったシーンで終わるようにしよう、と完璧にイメージできてるのに、書きはじめて数行でもうちがうことをはじめやがる。
せっかくこっちがすばらしい展開を考えていたってのに、全部台無しにしやがるんだ。
そのたびに頭を抱えて展開を考え直し、キャラクターたちの思う通りに動かし、考えてもいなかった結末へと着地していく。
それが上手くいったときもあったし、どうしようもなくなってしまったときもあった。
でもやっぱり思い返してみれば、楽しいことのほうが多かった。
そして先日、長い道のりの果てに、主人公は世界を救った。
<完>の文字を打ったときは、そのまましばらく見つめてしまったほどだ。
感動とも違う、なにか感慨深いものにとらわれてその文字を見続けていたんだ。
その感情の意味は、次の日にわかった。
なにをしててもキャラクターたちのことが思い浮かぶ。
だけどすぐに、その必要はないんだと気づく。
あのキャラクターたちに会うことも、もうない。
平和となった世界に敵はいないし、解決すべき問題もない。
そうか。あの話はもう終わったんだ。
自分で完結させたのに、一日たった後になってようやくそれを実感した。
唯一の友達でクラスメイトの彩芽からLINEでメッセージが来ていたので、何気なく眺める。
学校でも俺が小説を書いているのを知ってる奴はいない。
その中で唯一の例外が、となりに住む幼なじみの柊彩芽だ。
友達のいない俺の唯一の友達で、俺の小説をいつも楽しみにしてくれている一番のファンでもある。
「ユーマ君の小説すっごく感動したー><
ラストすっごくよくて何度も泣いちゃったよ」
メッセージの後に号泣するスタンプが送られてきた。
彩芽はちょっとオーバーに書くところがあるからな。
面白かったと言ってくれるのはうれしいが、泣くほどではないだろう。
さすがに苦笑しながらメッセージを返す。
「ありがとう。でも泣くほどではないだろう」
送った瞬間既読になり、返事はすぐに来た。
「そんなことないよ! 長い旅の後にようやく世界が平和になったんだって思ったら、なんかすごい感動しちゃった。もう一回最初から読み返そうかなー」
「そう言ってもらえれば最後まで書いたかいがあったかな」
「うんうん。わたしも、面白い小説をありがとうございました。
それでね、明日話があるんだけど、放課後教室に残っててくれる?」
「いいけど、なんの用だ?」
「もう! 忘れたの!?」
激おこでぷんぷんしてるスタンプが送りつけられる。
「ユーマ君が小説を最後まで書けたらお祝いするって約束したじゃない」
「おお。そういえばそんな約束した気がする」
書きはじめたときは最後まで書き切れる自信がなかったからな。
途中で飽きたり、展開が思いつかなかくなったりすればエタればいいや、くらいの気持ちで書き始めたんだ。
なのでそういう約束をしておけば長く続けられるんじゃないかなと思ったんだった。
「でも一年も前だろ。よく覚えてたな」
「そりゃ覚えてるよー。
だって、ユーマ君が途中であきらめちゃったら私がお詫びにおごってもらう約束だったんだから」
……そういえばそんな約束もしたな。
すっかり忘れていたが、自分のやる気を出すためにそんなこともいったんだった。
「あーあ、せっかくユーマ君に色々おごってもらう予定だったのに。まさかちゃんと最後まで書くなんて、あのときは思わなかったな」
「じゃあいいぞ」
「え?」
「おごってほしいんだろ? そんなに高くないものでよければだが」
「え? え? いいの?」
「最後まで書けたのは彩芽のおかげな部分も大きいからな。そのお礼だ」
「わーいやったー!」
大喜びするスタンプが大量に連打される。
そこまでかよ。
「それじゃ学校終わったらどこかいくか。
そういや彩芽も放課後になにかくれるんだったな」
「え? あ、うん。そういえば、そうだったね。
うれしすぎて、うっかり忘れてた」
「そんなに喜ぶようなことかよ」
「だってユーマ君そういうことに全然誘ってくれないんだもん」
うん?
まあ確かに彩芽とどこかに遊びに行くようなことはなかったが。
そう言われれば子供の頃は、となりに住んでいるということもあってよく一緒に遊んだ気もするな。
とはいえもう高校生なんだから、男女で気軽に遊ぶのもどうかと思っていたが。
これからはもう少し誘ってもいいのか?
「ところで、明日はなにをくれるんだ?」
軽い気持ちで聞いたのだが、返信はなかなか来なかった。そんなに長文でも書いてるのか。
五分ほどもした頃にようやく返事が返ってくる。
「秘密」
時間がかかった割には短いな。
と思ったら、すぐに次のメッセージがきた。
「なにかをあげるっていうか、私の気持ちを伝えるっていうか……。
ユーマ君もがんばったんだから、私も勇気を出そうかなっていうか……」
「気持ち?」
「あ! 今のは違うっていうか、忘れて!」
「忘れたくてもメッセージは残り続けてるんだよなあ」
「なんでLINEってつぶやき消せないの~~~~~~」
めっちゃ焦った文章が送られてくる。
しかし気持ちってなんだろうな。
小説の感想とかかな。
お世辞だとわかってても、ほめられるのはうれしいからな。
「楽しみにしてるよ」
そう送ったら、なぜかたじろいだようなスタンプが送られてきた。
「はい。。。よろしくお願いします。。。」
なんか珍しいテンションだな。
緊張してるというか、不安がっているというか、なんか慎重に言葉を選んでいる感じだ。
まあそういう日もあるか。
体調が悪いのかもしれないし。
それに彩芽はLINEで会話してるときと実際に話すときとでは若干テンションがちがうしな。
その後、いくつか他愛ないメッセージをやりとりした。
明日の授業のこととか、宿題のこととか。
そして最後に彩芽がぽつりとつぶやいた。
「でも、小説がこれで終わりなのは、ちょっと寂しいね」
そのメッセージを見た瞬間。
俺はようやくわかった。
ずっと心に感じていたもやもやの理由。
そうか。
俺はさみしかったのか。
小説が終わってしまったことがそれほどにも。
パソコンの前に座ったものの、なにもすることがない。
ぼーっとしたまま何となくまとめサイトを見て、更新のあった小説をチェックし、ピクシブを見て時間をつぶす。
なにも心が動かなかった。
涙が流れるなんてことはなかったけど、なんとなく心が渇いていた。
張り合いがなくなったとでもいうのかな。
やることがない、というのは、こんなにも辛いことなんだな。
人生について、だなんて大げさなことを言うつもりはないけど、このときはじめてそれについて考えたような気がする。
明日からはなにをして生きていこうか、と。
そう思って眠り、目を覚ますと──────ここにいた。
これは小説の神様からの贈り物なんだろうか。
エタらずに最後まで完結させたご褒美として、自分で作った自分好みの世界を楽しむ権利をくれた。
そうだとするならば、女神様のかわりに現れたあの女の子のことが気になるが……。
うーん。面倒だ。考えてもわからない。
そもそも、異世界に転移してる時点でもうわけがわからないんだ。
悩んでどうにかなることでもないだろう。もしかしたら、めちゃくちゃ長い夢を見てるって可能性もある。
……シェーラに吹っ飛ばされたときすげー痛かった気もするけど。
それよりはせっかくの異世界ライフなんだ。楽しんだもの勝ちってもんだろう。
主人公はやがて世界を救い、物語は終わる。
そうすればこの世界もきっと終わってしまう。
証拠のない勘のようなものだが、なぜだか強く確信できた。
物語が終われば、俺は現代に戻ってしまうんだ。
なら世界なんて救わない。
いつまでもこの世界で、シェーラたちこの世界の住人と一緒に暮らしていよう。
主人公専用の特殊能力と現代知識のダブルチートで、のんびりスローライフを実現してやるんだ。
そうすればもう、寂しいなんて思わなくなるだろう。
ちょっと真面目になってしまいました。
次は24時更新予定です。