31.食事会
王様の好意で王城の客室を使わせてもらった俺たちは、気が付くと眠っていたらしい。
目を覚ますと大きなベッドの上にいるのは俺だけだった。
ふかふかのシーツの上で体を起きあがらせる。
窓の外から射し込む光は、赤い夕日色になっていた。
確か俺たちが城に戻ってきたときもすでに夕方だったから、どうやら丸一日眠っていたらしいな。
しかしおかげでだいぶ元気になった。
部屋には俺しかいない。みんなはどこに行ったのかとキョロキョロしていると、部屋の扉が開いてメイドさんが入ってきた。
「こちらお召し物になります」
「ああ、えっと、ありがとうございます」
メイドさんなんて慣れてないので、答える声がつい上ずってしまう。
「あ、それであの、他のみんなはどこに行ったかわかりますか?」
「お連れ様でしたら、別室にてお着替えになられてますよ」
どうやら俺が一番起きるのが遅かっただけのようだ。
メイドさんが恭しく部屋を出ていく。
俺は渡された服に着替えた。
前回のようなタキシードではなく、清潔感のあるシャツだった。これなら動きやすそうだ。
部屋を出ると、待機していたメイドさんに案内されて廊下を移動する。
そこは大きな広間で、やっぱり大きな長テーブルの上にはたくさんの料理が並べられていた。
どれも作りたてなのか、温かな湯気をくゆらせている。
「あらユーマ、やっと起きたのね。遅いから先に食べてるわよ」
ドレスほどではないが優雅でありながら、ラフで動きやすそうな格好のシェーラがいた。
他にもアヤメやダイン、アメリアの姿もある。
「どうやら俺が一番最後みたいだな。悪い」
ぐっすり眠っちまったからな。
「ううん、ユーマ君はがんばってたから仕方ないよ」
近づいてきたアヤメが優しいことをいってくれる。
うんうん。やっぱりアヤメは俺の天使だな。いやされる。
「一応起こしてあげようと思ったんだけどね。気持ちよさそうに眠ってるからそっとしてあげたのよ」
マジか。ぜんぜん気づかなかった。
「全員そろったようだな」
広間の一番奥、長テーブルの上座に当たる位置に王様が座っていた。
威厳ある声を響かせると、部屋の中が一気に緊張する。俺の背もついまっすぐ伸びてしまった。
一声で部屋の空気を凍り付かせた王様は、その直後にニカッと人の好さそうな笑みを浮かべた。
「今日はかたくるしいのは無しだ。メイドも信頼のおける数名しか呼んでいない。普段通りゆっくりしてくれたまえ」
おお、ずいぶん物わかりがいい王様だな。
やっぱ食事の時くらいはゆっくりしたいもんな。
俺が心の中で感心していると、ダインが大声でうなずいた。
「おっ、なんだ王様、少しは話が分かるじゃねえか」
「おいおい! さすがにその言い方は失礼すぎるだろ……」
せっかく俺が心の中でとどめたのに。
まあダインらしいっちゃらしいんだが。
しかし王様は気を悪くした様子もなく、大笑いした。
「気にすることはない。普段通りしてくれといったのは私のほうだ。それに、こう見えて私も昔は仲間たちと共に世界中を旅したものだ。気さくな連中ばかりでな、私が王族と知っても他の冒険者たちのように接してくれた。あのころを思い出して懐かしいくらいだ」
懐かしむように目を細める。
そうか、王様にもそんな過去があったんだな。
シェーラも城を飛び出して旅をしてるくらいだもんな。王宮ってのもかたくるしくて辛いところなのかもな。
「そういうわけだ。今日は気にせずに楽しんでくれ」
王様のその言葉で、俺たちは羽を伸ばして心行くまで食事を楽しんだ。
さすがに王宮だけあって料理はめちゃくちゃ美味い。日本にいた頃だってこんな美味いものは食ったことなかった。
たらふく食い、シェーラやアヤメたちとどうでもいいことを話して騒ぐ。
ダインはレインフォール隊長と王様のあいだでなにやら愉快そうに話している。
声は聞こえなくても、ダインが笑顔になっているというだけでだいたい想像がつく。
王様もよく見れば体格がいい。元冒険者らしいし、レインフォール隊長はいうまでもない。
よく見なくても体育会系トリオだ。混ざれば絶対ろくなことにならない。
俺はダインに目を付けられる前にそっと離れた。
ついでに部屋の中を見渡す。
みんな思い思いに楽しんでいる中で、ひとりテラスに出て行く人影を見つけた。
特に思い詰めてるとかそういう感じではなかったから、たんに涼みにいっただけだろう。
そういえばちょうど俺も話したいことがあったんだった。
さりげなく二人きりになれるならちょうどいい。
俺はそっとテラスに向かおうとしたが、そのまえにアヤメから声をかけられた。
「ユーマ君どうしたの?」
「ちょっと食べ過ぎたみたいだし、少しテラスで涼んでくるよ」
「ここの料理美味しいもんね。私も食べ過ぎちゃったから、ちょっと体重が心配かも」
少し照れたような笑みを浮かべる。
アヤメはカジュアルなドレスを着ており、ゆったりとした服のおかげで体のラインは見えにくくなっている。
それでも小柄な体型なのはみてとれるし、腰の周りなんてかなり細くなっていた。
「アヤメはむしろもっと食べたほうがいいんじゃないか。やせすぎで心配になる」
「えっ、そ、そうかな? できればあと3キロくらい落としたいんだけど……」
わき腹を触りながら、はっとしたように顔を上げる。
そのまま少し頬を赤くして、上目遣いにたずねてきた。
「やっぱりユーマ君は、おっきいほうが好きなの……?」
「えっ!? いや、その、なんのことかわからないが……」
もちろんおっきいほうが好きです!
なんていえるわけがない。
だけどアヤメは両手をぐっと握りしめたまま、じーっと俺の顔を見つめ続けてくる。
これはアヤメが絶対に引かないと覚悟しているな。
俺は観念して答えた。
「まあ、その、なんだ。大きさは関係ないかな。控えめなのもそれはそれで、いいと思うし……」
「そ、そうなんだ……」
「……」
「……」
二人して黙り込む俺たち。
なんだこれ。
なんで俺は女の子相手におっぱいの好みについて話してるんだ。
しかもなんだよ控えめなのもいいって。
その通り過ぎて、普通にガチの答えじゃないか。
実際に控えめなアヤメに対していうと、まるで「俺はアヤメのおっぱいが好きだ」といってるようにしか聞こえないというか……。
「………………」
「………………」
無言のまま、アヤメの顔がどんどん赤くなっていく。
「……えっと、ユーマ君、さっきのは、つまり、……」
「と、とにかく! そういうわけだから、俺はもういくな!」
「えっ、あ、うん」
ほっとしたような、残念なような、複雑な笑みを浮かべるアヤメ。
「ゴメンね、変なこと聞いちゃって」
「いや、いいよ、気にしないでくれ」
むしろ忘れてほしい。
俺はそそくさとその場を離れてテラスに向かった。
全身が熱くなっているため、夜風が火照った顔に心地いい。
涼むためってのは言い訳だったんだが、はからずもその通りになっちまったな。
そのまましばらく心臓が落ち着くのを待っていると、先客のほうから声をかけてきた。
「あら、ユーマ様もお休みに来たんですか」
ドレス姿のアメリアが、室内の漏れ明かりを浴びてたおやかにほほえんだ。