30.帰還
無事にヤシャドラを倒した俺たちは城に戻った。
すぐにでも魔界に向かうことはできたが、さすがに疲れ果てていたからな。
もう門番もいないんだ。ちょっとくらい休んだって罰は当たらないだろう。
ゲートを開いて城に戻ると、その瞬間を目撃した衛兵たちがめちゃくちゃ驚き、侵入者と勘違いされて攻撃されそうになったりもした。
確かにワープでいきなり現れたらそりゃ驚くよな。
アメリア王女とレインフォール隊長がいたおかげでなんとかなったけど、次からは使う際には注意しないといけないな。
ちなみにヤシャドラたちは、自分たちの家に戻るといって魔界へ向かった。
とはいえ魔王軍に戻る気はないらしい。
自分の妹を人質に取るような奴らのところに戻るわけはないか。
王様への報告もそこそこに宿屋に戻ろうとした俺たちは、疲れているだろうということで王様から客室を使う許可をもらった。
正直宿屋まで移動するのもおっくうだったし、王城の高級なベッドで休めるのはありがたい。
案内された客室はかなり大きな部屋だった。
カーペットはフカフカだし、部屋の奥に鎮座した天蓋付きのベッドは超高価そうだ。
「あー、しんどかったー!」
俺は正直な感想と共にベッドの上に身を投げ出した。
いやだってもうすげー疲れたんだもん。
今回俺めっちゃがんばったよね? だから仕方ない。
シーツに着地すると、ふわっふわの感触が俺の体を包み込んだ。
おお、さすが王城のベッドはちがうな。なんというか、こう、すごい高いかんじだ。ダメだ語彙力でねえ。
「もう、ユーマ君ったら。靴履いたままなんて行儀が悪いよ」
アヤメがたしなめるようにいってくる。
そういや履いたままだったっけ。
確かに靴を履いたままベッドの寝転がるのはお行儀がよろしくない。
が、めっちゃ疲れててダメだ。
これ以上動きたくない。
「アヤメー、俺のかわりに脱がしてくれー」
「も、もう、なにいってるのよユーマ君!」
そういいながらも甲斐甲斐しく俺の靴を脱がして床の上にそろえてくれる。
「あー、やっぱアヤメはいい子だなあ。他のパーティーメンバーも見習ってほしい」
「そんなことないと思うけど……。みんないい人たちだよ」
アヤメにかかれば誰だって「いい人」になるんじゃないだろうか。
アヤメは照れ笑いを浮かべると、そのままベッドのはしに腰掛けた。
「お疲れさま、ユーマ君」
「ほんとにな。めっちゃ疲れたよ」
たった半日の出来事だったとは思えないくらい濃密な冒険だった。
まあ、冥府の谷にいってドラゴン族などの強敵と戦い、戦う必要のないはずのヤシャドラとなぜか戦うことになって、しかもめちゃくちゃ強いし、最終的には世界の果てにまでいってきたからな。
そりゃ疲れもするよ。
「でも、無事に帰ってこれてよかったよ。アヤメの回復魔法のおかげだな」
「そんなことないよ。私は今回は、ぜんぜん役に立てなかったから」
アヤメは控え目な性格だからそういって謙遜するが、回復魔法がなければ何回死んでたかわからない。
それにアヤメの活躍する出番が何度もあった、なんてことになってたらそれはそれでかなりマズいってことだしな。
「ちょっと、なに二人きりでいい雰囲気になってるのよ」
シェーラが鋭く瞳をつり上げて割り込んでくる。
「あ、あたしだってかなりがんばったんだと思うんだけど?」
「もちろん。シェーラにはすごい助けられたよ。アメリアに、ダインもな」
「いえ、わたくしはみなさまについていっただけですので……」
アメリアが謙遜してそんなことを言うが、どう考えたって今回一番助けられたのはアメリアだ。
<未来視>がなければ確実に全滅していただろう。
「……ん? そういえばダインがいないな」
「なんか隊長と訓練場に向かったわよ。暴れたりないんだって」
マジかよ。あんだけの死闘をくぐり抜けておきながらまだ暴れたりないとかどういう神経してるんだ。
あいつはバトルの度に山を一つ消し飛ばさないと気がすまないのか?
それに付き合う隊長もたいがいだが……。
「というか女の子を差し置いて、男のユーマが真っ先にベッドで眠るとかどうなのよ」
「ん? なんだシェーラ、俺と一緒に寝たいのか?」
俺がいうと、シェーラの顔が真っ赤になって怒り出した。
「そそそ、そんなこと一言もいってないでしょ!? どうしてそういう話になるのよ!」
なんだ、そういう意味かと思ってちょっと期待したのに。
「レディーファーストとか、あるじゃないそういうのが。あたしだって疲れてるんだから。というわけでユーマはもっと端っこによりなさい」
そんなことをいいながらシェーラがベッドに入ってくる。
結局入ってくるのかよ。
確かに大きなベッドだから俺とシェーラが入っても問題なさそうだが……。
「あーっ、お姉ちゃんズルい! 私だって疲れてるんだから、私もベッド使わせてよ!」
王女様であるアメリアまでそんなことを言い出した。
シェーラが鋭くにらむ。
「アメリアは自分の部屋があるでしょ。そっちで寝ればいいじゃない」
「そんなこといったらお姉ちゃんの部屋だってそのままにして残してあるよ!
それに、やっとお姉ちゃんと再会できたのに……私だけひとりなんて寂しいし……」
しゅんとうなだれるアメリア。
さすがのシェーラも妹のそういう表情には弱いらしい。
「あー、もう! わかったわよ。アメリアもこっちに来なさい」
シェーラがいうと、アメリアの顔がパアッと明るくなった。
「うん!」
うれしそうに駆け寄り、ベッドに向けてジャンプする。
「ちょっと、あぶないじゃない」
「えへへっ、お姉ちゃんと一緒に寝るの久しぶりだから、うれしくて」
「あ、じゃ、じゃあ、私も……」
なんていいながらアヤメも横になりだした。
「こういうの、ちょっと憧れてたんです。私は一人っ子なので、お姉ちゃんとか、妹とか、一緒に寝るのって仲良さそうでいいなあって……」
「あら、アヤメちゃんも来るの? いいわよ。せっかくだから一緒に寝ましょうか。でもそうなるとさすがにちょっと狭いわね」
そういって周囲を見渡すと、急に優しい表情になって俺をみた。
「ねえユーマ、ちょっと床に降りてそっちで寝てくれないかしら?」
「いうと思った! 俺だって疲れてるんだからベッドで寝させてくれよ!」
「なによ、まさか女の子に床で寝ろっていうつもりなの?」
「他の部屋があるだろ!」
「三人も寝られるほど大きなベッドとなると、あとはお父様……王様の寝室にしかないわよ」
なにそれ気まずい。
俺とシェーラが言い合っていると、訓練場にいたというダインが部屋に入ってきた。
「訓練場はいっぱいだったからしかたなく戻ってきたぜ……おっ、なんか面白そうなことしてるじゃねえか。オレも混ぜろ」
そういってダインまでベッドに入ろうとしてくる。
「いや、これ以上はどうやっても入れな……なんで剣をかまえてるんだよ!」
「ん? 暴れたりねえんだ。オレも混ぜろ」
その暴れるはガチバトルの暴れるじゃないですか。もうやだこの体育会系冒険者。
「あーもうこれじゃゆっくり寝られないでしょ! あんたらいったん全員降りなさい!」
ついに爆発したシェーラが枕を振り回す。
うおっ、あぶなっ!
枕を振り回してだだをこねる女の子、というとなんだかかわいいような気もするが、高レベル冒険者のステータスでそれをやられると普通に危ない。
俺もアヤメもアメリアも慌ててベッドの端っこに避難する。
「もーっ、やったなお姉ちゃん!」
「わ、わたしも負けません……!」
どことなく楽しそうなアメリアと、珍しく闘志を燃やしているアヤメが反撃にでる。
もちろんダインは嬉々として参戦したため、あっというまにカオスな状況になった。
……うん。かわいい美少女たちがイチャイチャしているのを見るのはとても目の保養になるし、きっと今ここは世界で一番天国に近い場所なんだと思う。
暴れてるやつらが俺の百倍近いステータスでなければな。
俺最初にいったよね。
マジでめっちゃ疲れてるんだよ。
もうね。眠くてしかたない。HPもMPも0に近い状態だから精神的疲労もはんぱない。余裕なんて全然なかった。
わかりやすくいうなら、ものすごくイライラしていたんだ。
「あーーーーもう、うるせーお前ら! こうなったらまとめてかかってっきやがれ!!」
「彼らの様子はどうかね?」
王が客室の様子を見に来ると、ちょうどメイド姿の従者が出てくるところだった。
食事を持ってきたはずなのだが、そのワゴンには盛りつけられた料理が手つかずのまま戻ってきていた。
「まさか、食欲もないほどケガをしているのか……?」
心配してたずねる王に、メイドはくすりと笑みをこぼした。
「ケガをしているわけではありませんが、食事ができる様子ではありませんでしたので」
「それはいったいどういう……」
彼らの様子も心配だが、中には末娘のアメリアもいる。
長女のシェーラが失踪してからというもの、娘にはずいぶん重荷を背負わせてしまっていた。
そのぶん過保護になるのは仕方ない。
ケガをしてるわけではないそうだが、それにしても食事ができない状態とはいったい……。
あわてて部屋の中をのぞき込む。
そしてすぐにその意味を理解した。
「……そういうことか。すまないが、料理はまた作り直してやってくれ」
「ええ。そういたします」
やわらかい微笑みを残して去っていく。
手つかずの料理をわざわざ作り直すのはもったいないが、彼らにはやはり温かいものを食べさせてやりたかった。
もう一度部屋の中をのぞき込む。
静かな光が射し込む中で、彼らはベッドの上で重なり合って眠りこけていた。
それだけ疲れ切っていたんだろう。
聞けば冥府の谷へと赴き、そこにいた魔王四天王の一人を倒したというのだから、驚きだ。
だがそれ以上に王は、ベッドの上で体を寄せ合って眠る末娘の姿に目を奪われていた。
立派な王女であろうと常に自分を律し続けていた彼女が、鎧を脱いだだけの姿のまま、他の者たちと肌が触れ合うのもかまわずに眠っている。
いったいなにがどうなってこんな状況になったのか、まったくわからなかったが、その寝顔はとても楽しそうで、眠る直前までどんな気持ちだったかが容易に想像できた。
王としては、それは注意すべきなのかもしれない。
一国の王女が、勇者と呼ばれる者とはいえはしたない姿を見せることは許されることではないだろう。
しかし彼は静かに微笑み、そっと扉を閉じた。
「いい友達ができたようだな」
親として、それはとても喜ばしいことだった。