29.再会
幼女のラグナよりは頭半分くらい背が高いが、それでも十分に少女と言っていいくらいの背丈だ。
少女は俺に目を向けると、パアッと表情を輝かせた。
「ねえねえ! あなたがラグナちゃんのいってたユーマって人!?」
「え? ああ、そうだが……」
いきなり話しかけられて驚いてしまう。
女の子は俺に近づくと、マジマジと顔を見つめてきた。
「うーん、なんか思ってたのとちがうなあ。すごい人って聞いてたから期待してたのに、いまいちパッとしない感じ? ラグナちゃん、ほんとにこの人なの?」
ひどい。出会い頭にいきなり心をえぐられたんですけど。
ラグナは鷹揚にうなずいた。
「うむ。そうじゃ。これでも人の身に過ぎた力をいくつも宿しておる。フィーナの救出を頼んだのもこやつじゃよ。見た目は大したことないんじゃがの」
おい、フォローするならちゃんとしろよ。
「ふーん。でも、あなたのおかげで助かったんだもんね。一応お礼はいわなきゃ。ありがとうユーマさん!」
不満顔が一転して、めっちゃ笑顔になる。
それだけで、多少ひどいことをいわれてたのも全部許せてしまうんだから、かわいいってズルいよな。
ところで自己紹介がまだなんだが、話の流れからいくとこの子がヤシャドラの妹ということなんだろうか。
兄はあんなに無愛想なのに、妹の方はずいぶん元気なんだな。
フィーナと呼ばれた女の子は、近くにいたヤシャドラに気がついたようだった。
「あ、お兄ちゃんいた!」
ヤシャドラもなにかをいうが、声は届かない。
そういや<大結界>で囲んだままだったな。
妹を無事救出できたっていうなら、もう捕らえておく必要もないだろう。
俺は<大結界>を解除した。
同時にヤシャドラが駆け出す。
「フィー!!」
ほとんど感情を見せることのなかったヤシャドラが、まっすぐに妹の元へと駆けていく。
命を懸けてまで守るほど大切だったんだもんな。
妹のフィーナもまたヤシャドラへと腕を伸ばすと、伸ばされた兄の腕をバシッとはたき落とした。
「えっ?」
呆然とするヤシャドラに、フィーナが瞳を吊り上げて怒る。
「もう、聞いたよお兄ちゃん! ユーマさんたちにひどいことしたんだって!?」
「い、いや、それは……」
たじろぐヤシャドラに、フィーナはさらに詰め寄った。
「ちゃんと謝って! 悪いことしたらきちんと謝らないとダメだって、いつもいってるでしょ!」
すげえ、あのヤシャドラが押されてる。
やがて俺の前に連れて来られると、深々と頭を下げた。
「フィーの言うとおりだ。おまえたちに迷惑をかけた。済まなかった」
「いや、いいよ。俺も悪かったしさ」
なにより、命を懸けて戦うなんて無茶を書いたのは俺なんだしな。
「なんだかんだでこうして生きてるし、二人も再会できた。だったらそれでいいさ」
俺の言葉にヤシャドラとフィーナは驚いたような顔を見せた。
やがてヤシャドラがさらに深く頭を下げる。
「フィーまで助けてもらい、感謝の言葉もない。僕にできることならなんでもしよう」
「そんなあっさり許しちゃうなんて、ユーマさん優しいというか、逆にちょっと心配になるわ。変な壷とか買わされたりしないでね」
「おいお前の妹ちょっと口悪すぎないか。どういう教育してんだよ」
「お兄ちゃんがこんなんだから、私がしっかりしないといけなかったのよ。本当に困っちゃうわよね」
そういいながらも、どこか嬉しそうだ。
なんとなくだが、仲の良さが伝わってくるな。
「そういやひとつ気になったんだが、影狼族ってあらゆる物をすり抜けるんだろ。だけどさっきフィーナはヤシャドラのこと叩いてなかったか? どうなってんだ」
「どうっていわれても……。私たち同士ならさわれるのよ。むしろなんで他の人たちは私たちにさわれないの?」
ええー。逆に質問されてしまった。
そんなこといわれたって俺だって知らないよ。そういう設定なんだよ。
「お主は相変わらず変なことばかりに気にするの」
ラグナが笑う。
そりゃ作者だからな。
設定の不備は気になるに決まってるだろ。矛盾とかあったら直さないといけないし。
「影狼族は、なんていえばいいかの、他とは存在する次元が少しズレておるんじゃ。それゆえにあらゆる存在をすり抜けるが、自分たちだけは同じ次元に存在しておるから、触れあうことができるのじゃ」
「なるほど。わからん」
まあそうなるってわかってたから、期待してなかったけどな。
「時空の狭間に捕らわれておったのも、そこでならズレた存在である彼らをつなぎ止めておけるからじゃ」
「なるほど。だからわからん」
そもそも時空の狭間ってどこだよ。
「いわゆる『歩いては行けない隣』というやつかの」
それは知ってるが……。
と思ってから、ふと気づいた。
<大結界>に阻まれた魔界こそ、まさしく「歩いては行けない隣」といえるんじゃないだろうか。
「惜しいの。魔界ではなく、その<大結界>こそがまさに時空の狭間そのものじゃよ。お主も<大結界>に触れたのならわかるじゃろう。触れているはずなのに触れられない。そこにあるはずなのに何もない。世界と世界を分かつ存在の断絶。それこそが<大結界>じゃ」
「よくわからんがとにかくすげー魔法ってことだな」
俺は理解を放棄して適当にうなずいたのだが、ラグナは首を振って否定した。
「魔法ではない。そもそも世界を引き裂くなど、我にもできん。まさに神の御業じゃよ。となれば、模倣とはいえそれを再現した主もまた神に近い存在といえよう。くっくっく。前に言った戯言がよもや本当であるとは思わなんだ。つくづく主は面白いの」
ラグナが一人で喜んでいる。
まあ俺は作者だからな。神に近いというか、小説においては神そのものといっても間違いない。
神の御業とやらを俺が使えるのも、設定的には一応筋が通ってるんだな。
「それで、これからどうするの」
シェーラの言葉に俺は周囲を見渡す。
本来ならこのあとは魔界に行くはず、なのだが、すでに全員ボロボロだった。
もちろん俺だって正直立ってるのも辛い。
アメリアを見ると、やっぱり疲れたような顔をしていた。
「そうですね、みなさんお疲れのようですし、今日は戻ることといたしましょう」
「悪いな。魔界に行って魔王と話をしたかったんだろうが……」
「仕方ありません。また日を改めましょう。すぐに、というわけにはいきませんが、影狼のかたが仲間になってくれるのでしたら、これからはいつでも行けるでしょう。魔族との戦いも、明日にでも始まる、というわけではありませんし」
「魔王と話をしたいというのは、本気だったのか……」
ヤシャドラが驚いたような声を漏らす。
アメリアがニコリとほほえんだ。
「私たちがいがみ合う理由はありません。争いなんて悲しいだけです。お互い助け合って生きていけるなら、その方がいいでしょう」
「その日が来たら教えてくれ。僕にできることならば、どんなことでも協力する」
「ええ、お願いしますね」
アメリアの笑顔に、ヤシャドラはしばらく見つめていた。
それはただかわいいというだけではない。
未来をまっすぐに見つめる笑顔だから、人を引きつける魅力があるんだ。
「あれあれ、お兄ちゃん顔が赤いよ? まさか~?」
フィーナがからかうと、ヤシャドラがあわてたように首を振る。
「なにをいう。僕が愛するのはフィーナだけだ。他の者に見とれるわけないだろう」
「えっ、普通にキモい」
「なっ……!?」
衝撃を受けるヤシャドラ。
まあ、実の妹に愛するとかいったら、そりゃあなあ。
ラノベとかじゃよくあるんだが。いつだって現実は厳しいな。
とにかくそういうわけで俺たちは、一度王宮へ戻ることにした。
いろいろ予定外のことはあったけど、結果的には妹のフィーナも戻ってきたし、アメリアも、ヤシャドラも、全員無事なまま終えることができた。
これなら胸を張って帰ることができる。
長かった王女編もこれでやっと終わりだな。
さあ、凱旋だ!