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22.陽炎

 襲いかかる魔物の群を掃討した俺たちは、地面に座り込んで疲れをいやしていた。

 無限に召還され続ける魔物との戦いは熾烈を極めたが、まあどうにか撃退したよ。


 こっちにはシェーラとダインがいるからな。

 ほとんどはこの二人が魔物を倒しまくっていた。


 でもそれだけじゃない。

 ダインフォール隊長はいうまでもなく、アメリア自身も魔物の猛攻を捌くだけの力は持っていた。

 長期戦で傷ついてもアヤメの回復魔法でほとんど完治する。


 一応俺だって威力を落としまくった「ディケイドロアー」があるからそれなりに貢献した。

 あれだけいた強力な魔物たちも、終わってみればあっというまだ。

 苦戦らしい苦戦もほとんどなかった。


「準備運動にはちょうど良かったんじゃねえか」


 ダインがそんな軽口を叩く。

 なんとなく軽口じゃなくて本当にそう思ってる気がするけど。


 でもそれだけ余裕があったってことだ。

 油断は禁物だとわかっているが、お世辞抜きにもこのパーティーは相当強い。

 アンデッドドラゴンの時のようなことでもない限り、負けることはないだろう。


 多少のケガはアヤメがすでに治してしまっていたが、俺たちは念のため今は休憩を取っている。

 なにしろこの先には魔王軍四天王の一人がいるんだ。

 誰だってボス戦の前には体力を回復するだろ。今はその時間だ。


「この先には何とかってボスがいるんだろ。やっぱそいつは強いのか」


 ダインらしい質問に苦笑を返す。


「強いことは強いが、ダインが求める強さじゃないぞ」


「そういやそんなこといってたな。どういう意味だ?」


 気がつけばシェーラやアメリアたちも俺たちの会話に注目していた。

 まあそうだな。話しておくにはちょうどいいタイミングか。


「魔王軍四天王の一人であり、影狼族であるそいつは『最弱のヤシャドラ』と呼ばれている」


 ダインがあからさまにがっかりした顔になる。


「なんだ、弱いのか」


「弱いといえば、まあそうだ。でもそれは決して弱いからじゃない」


「なによそれ。弱いのか弱くないのかハッキリしなさいよ」


 曖昧なものを嫌う性格のシェーラに怒られてしまう。


「最弱と呼ばれてるのは、一切の戦闘能力を持たないからだ。影狼族はあらゆる物質をすり抜けることができる。剣で攻撃しても当たらないし、炎を当ててもすり抜ける。それは魔法とかじゃなくて、生まれつきそういう種族なんだ。

 ドラゴンには生まれつき翼が生えているように、影狼族は生まれつき存在が希薄だ。だからどこにでも侵入できる。アメリアが知ってるかどうかはわからないが、王宮に何度も出入りしては、大臣と連絡を取り合っているくらいだからな」


 アメリアは小さくうなずく。


「存じております。大臣が魔族と手を組んで、クーデターを企てていることも」


 さすがに知ってたか。

 フォーエンタールはアメリアに話してなさそうな雰囲気だったんだけど、アメリアの方でもそれくらいの動きはつかんでるよな。

 <未来視>とかいう超チートスキルも持ってるんだし。


「国が滅べば、権力なんてなんの意味もないというのに、どうしてそんなことをするのでしょう……」


 瞳を落として小さくこぼす。

 魔族と手を結んで戦争を起こし、さらに死者を拡大させる内乱まで起こそうというのだ。

 怒って当然だが、アメリアは怒りよりも悲しみの方が先立つみたいだった。


 シェーラがアメリアのそばに寄り添うと、優しくその手を取った。


「やっぱり王女は、あたしなんかよりアメリアの方が向いてるわね」


「な、なによいきなり」


「どこにだって悪い奴はいるわ。あたしはそんな奴らがいたら、真っ先にぶっ飛ばせばいいと思っちゃうけど、アメリアはまっさきに悪い奴らのせいで傷つく人たちの心配をしてる。そういう優しいところが、アメリアのいいところだと思うわ」


「お姉ちゃん……」


 潤んだ瞳が姉を見上げる。

 アメリアは姉のシェーラを尊敬し、姉のようになりたいと思っているが、実際には心優しく穏やかな女の子だ。

 むしろそういう性格だから、シェーラのように過激で強い女性にあこがれている。


 でも、シェーラにはシェーラの、アメリアにはアメリアのいいところがあるんだ。

 無理して変わることなんてないんだよな。


「うん、ありがとう。お姉ちゃん」


 涙を拭い、アメリアが気丈に笑みを浮かべた。

 レインフォール隊長が涙ぐみながらうんうんとうなずいている。

 今までずっと離ればなれだった姉妹が、こうして手を取り合う姿に思うところがあるんだろう。


 その気持ちは俺にもよくわかる。

 やっぱ姉妹愛は美しいよな。尊い。


 アヤメも二人に駆け寄った。


「心配しないでアメリアさん。私たちも手伝うから」


「はい、アヤメさんも、ありがとうございます」


 うんうん、美少女三人が並ぶ姿はとても絵になるな。すばらしい。

 感動する俺の横で、長身の美女も好戦的に笑みを浮かべる。


「つまり影狼とかいう奴も、その大臣も、全員ぶっ飛ばせばいいわけだろ。わかりやすくていいじゃねえか」


「ダインは本当に期待を裏切らないな」


 思わず口からこぼれてしまった本音に、ダインが振り返る。


「あ? どういう意味だ?」


 言葉そのままの意味だよ、と正直にいったらきっとまた頭蓋骨を握りつぶされるので黙っておく。


「えーと、話の途中だったな。確か、影狼族は何でもすり抜けられるから侵入もし放題、ってところだったか」


「そうだ。そもそも四天王と呼ばれてるほどの奴が使いパシリなんて、考えてみればおかしな話だな」


「もともと争いを好まない種族だからな。その能力のため武器すら持つことができないくらいだ。見た目は人間に近くて、歩いてるようにも見えるが、実際は宙に浮いてる状態に近い。幽霊といったほうが想像しやすいかもな。一切の戦う力を持たない。だから『最弱』と呼ばれている」


 しかし裏を返せばそれはつまり、あらゆる攻撃が効かないということでもある。

 ダインの圧倒的破壊力も、シェーラの火炎魔法も、すべてすり抜けてしまう。


「最弱」だからこそ「無敗」。

 それが影狼族ヤシャドラだ。


「ダインの馬鹿力でもヤシャドラは倒せない。かわりに、ヤシャドラ自身にもダインを倒す力はない。ダインが求めるような強さじゃない、というのはそういう理由だよ」


「ではこれほど大がかりなパーティーを組むこともなかったということですかな」


「いや、ヤシャドラ自身に戦う力はないが、召還魔法が使える。さっきワイバーンや、その他の魔物が大量に現れたのも、侵入者が来ると自動で発動するようになっている転移魔法が設置されてたからだし、その召還が止まったのも、あの程度の魔物をいくら呼んでも俺たちは倒せないと思ったからだろう」


 この世界の召還は、某ファイナルなんたらーのような召還獣を召還するものではない。

 あくまでも実在の存在を呼び出すだけだ。だから無限に召還し続ける、ということはできない。

 シェーラの<デミウルゴス>だって、大いなる存在の一端をこの世界に切り取ってくるものだからな。


「なんだ、てことはもう終わりなのか。せっかく体が温まってきたところなのによ」


 ダインがつまらなそうに吐き捨てる。

 安心させるためというわけではないが、俺はいう。


「いや、雑魚の召還をやめたというだけだ。奥の手となる最後の召還が残っている」


 思った通りダインが口元を好戦的にゆがめる。


「なるほど、そいつは楽しみだ」


「ダインには悪いけど、そんな召還させるつもりはないぞ」


「ああ? なんでだよ。せっかくの強敵なんだろ。戦わないともったいないだろが」


 俺は思わず苦笑してしまった。

 ダインのいうことに少しだけ共感したからだ。


 小説でもヤシャドラと直接戦闘はしなかった。

 代わりに、召喚された最強の魔物イビルキマイラと戦い、激戦の末に倒している。

 そして、その最強召還はヤシャドラの命を媒体としていたため、魔物の死亡と共にヤシャドラの命も失われた。


 イビルキマイラはそれほどまでに強力な魔物だった、ということになっている。

 いくら戦闘能力がないとはいえ、やっぱボスとは戦わないと小説として盛り上がらないからな。

 ダインのいうとおり、せっかくの強敵なんだ、戦わないのはもったいないだろ。


 そしてボスは強ければ強いほど面白くなる。倒したときのカタルシスも大きくなるし、主人公たちの強さを見せることにもなるからな。

 その結果ヤシャドラは命を落としてしまったが、やっぱ敵なんだしそれはしょうがないかなって思ってた。


 でも、「物語の都合」でこれ以上誰かが傷つくのは見過ごせない。

 少なくともヤシャドラは敵対する立場にいたが、決して悪人ではないんだ。


「でも、召還させないっていったって、どうするつもりなの。相手はあらゆる攻撃が効かないんでしょ。止めようがないわよ」


 シェーラの疑問ももっともだ。

 しかし、方法はある。


「そもそも影狼族は戦うすべを持たないため、争いを好まない種族だ。だから戦う理由がなくなれば、俺たちに味方してくれるはず」


「理屈ではそうかもしれないけど……。相手の戦う理由ってなんなの?」


「簡単にいえば、人質を取られて無理矢理いうことをきかせられてるんだ」


 小説では普通に倒してしまったため書かなかったが、影狼族はすでに絶滅寸前で、生き残りは世界に二人しかいない。

 それがヤシャドラと、その妹だ。

 ちなみに名前はわからない。決めてなかったからな。


 その妹を人質を取られているせいで、ヤシャドラは戦わなければならなくなっている。

 ちなみに黒幕は、フォーエンタールの屋敷でも話した、魔王軍四天王の一人であるネクロマンサー「最悪のアウグスト」だ。

 もう本当にクソみたいな性格の最悪な奴なんだが、今はその話はいいか。


 とにかく、ヤシャドラは妹を人質に取られている。

 戦いを好まないはずの奴が戦い、四天王とまで呼ばれるほどの実力者が使いパシリの真似事をさせられているのも、すべてはそれが原因だ。

 なのでその人質を解放すれば戦う理由もなくなる。


 俺が元々考えていたが、小説のなかではついに実現できなかった展開だ。だってボスが出てきたのに戦わないで終わるなんてあり得ないだろ。

 もっともそれは小説の中だからであって、現実でもやる必要はない。戦わずに済むならそれが一番だ。ラブアンドピース。愛は地球を救うってな。ここ地球じゃねえけど。


 ヤシャドラが悪人ではないといったのも、そういう理由だ。

 彼はただ唯一の肉親である妹のために戦っていただけ。

 そんなお兄ちゃんが死んでいいわけがないだろう。

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新シリーズはじめました。
優しさしか取り柄がない僕だけど、幻の超レアモンスターを助けたら懐かれちゃったみたい
助けた美少女モンスターとのまったり日常二人旅(の予定)。こちらもよろしくお願いします。
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