6.夢
次は22時更新予定です。
すべての主人公が異世界で最初に見る夢は、女神が現れる夢だ。
その中で起こるイベントには色々パターンがあるが、俺の女神様はいくつかのことを語ってくれる。
この世界には人間界と魔界があること。
人類と魔族は戦いを続けていること。
勝ったほうの世界が残り、負けたほうの世界は消滅すること。
両者の戦いは拮抗しており、このまま両方が消耗すれば、どちらの世界も消滅してしまうこと。
未来はその最悪の結末へと向かっており、時間はもう残されていないこと。
そしてそれを止められるのが主人公であること。
そんなことを、美人で豊満な体つきの女神様が説明しながら「突然呼んでいきなりこんなことを頼むのですから、せめてこれくらいは……」といってちょっと……ていうかかなりエッチなことをしてくれる夢だ。
いってみれば読者サービスだな。
そのついでに重要な情報も少しずつ明かしていこうというわけだ。
……どう考えてもエッチなシーンばかりが印象に残って、重要な情報は忘れてしまうと思うんだが、小説の書き方講座とかだと、そうやって重要な情報は他の印象的なイベントと一緒に伝えると覚えてもらいやすい、ということになっている。
あれってどうなんだろうな。正直あやしいと俺は思ってるんだが。
効果のほどはわからないが、とにかくそういうわけで、眠るのが実はちょっと楽しみだったんだ。
いっとくが浮気じゃないぞ。
もちろんシェーラ一筋だ。
でも、美人のお姉さんがエッチな誘惑をしてくれるとか、そんなの断れるわけないだろう?
しかも、文字通りの夢の中。
あんなこといいな、できたらいいな♪ って思ってたことが全部出来る。ひゃっほーう、夢の中最っ高ー!
なーんて思っていたんだ。
しかし夢には誰も出てこなかった。
って、なんでだよちくしょう!
今までは俺の小説の内容通りに進んでたじゃんか!
こんなところで生殺しなんてあんまりだ!
ああ……この高まったパッションをどう処理すればいいのか……。
それにしても、マジでこれはいったいどうなってんだろうな。
今までは多少の細かい違いはあっても、だいたいの流れは一緒だった。
でもこれは明らかに違う。
真っ暗な夢のなかで、俺一人が漂っている。
こんなシーンはかいた記憶がないし、どうまちがえたって美人な女神さまとのかなりエッチなラブシーンがこんな真っ暗なだけのシーンには変わらない。
つまり、考えられる理由はひとつだけ。
この世界に女神はいない。
そういうことなんだろうか。
だとすれば誰が、なんのために俺を転移させたのか。
……いや、この世界以外にも、明らかに違う点がもう一つあるな。
それは、俺だ。
ゴブリンたちは俺が書いた小説通りのセリフを言ってたし、シェーラもセリフこそまったく同じというわけではなかったが、俺の理想のヒロインだった。
主人公だけが明らかに俺という別人になっている。
女神様は、世界を救うために「主人公」を召還した。
しかしこの世界にその女神様はいない。
だから喚んだ人物も違うんだろうし、きっと転移させた理由も違うんだろう。
誰かが、俺の書いた小説をベースにした異世界に、俺を召還した。
理由はなんだろう。
ちなみに言っておくと、俺の小説はつい先日完結した。
もちろん主人公が世界を救ってハッピーエンド。
仲良くなったヒロインたちと共に異世界に残ってハーレム生活をすることとなった。
主人公のように俺にも世界を救ってくれ、とか言うつもりだろうか。
だとしたらそりゃ無理ゲーだ。
さっき戦ってよくわかった。半引きこもりのオタクにはゴブリン退治ですら難易度が高い。
ましてや相手は人類の天敵である魔王軍だぞ。
魔王とか、その幹部とか、どんだけチートな能力持たせたと思ってるんだ。
その分主人公とその仲間にも魔王を超えるチート能力を持たせたが、そのせいでチート能力同士がぶつかったバトルは天変地異レベルの災害となってしまった。
地形が変わったり、山が消滅したりなんていつものこと。星座がひとつなくなったこともあったな。あれはヤバかった。危うく世界が消滅するところだったよ。
巻き込まれて骨も残らないなんてしょっちゅうだったけど、女神様の力で一日七回までなら生き返れたから無問題。
って、ぜんぜん無問題じゃねーよ。その女神さまがいないんだよ。問題ありまくりだよ。
七回死ぬことが前提の戦いとか、女神様がいない時点でもう詰んでるじゃねーか。
この先レベルがどれだけ上がったって勝てる気がしない。
おとなしく最初の街にこもってスローライフでも満喫しよう。
俺がそう決意したとき、どこからかすすり泣く声が聞こえてきた。
女の子の声だ。
気がつけば、誰もいなかったはずの空間に一人の女の子が座り込んでいた。
小学生くらいの小さな子だ。
本を抱き抱えるようにしてうずくまりながら、声を殺して泣いている。
近づこうとしたが、なぜか近づくことはできなかった。
真っ暗な夢のなかをどれだけ進んでも、女の子の姿は大きくも小さくもならない。
一定の距離を保ったまま、足だけが空回りを続けている。
君は、誰なんだ。
問いかけたつもりだったけど声は出てこなかった。
それでも女の子は顔を上げた。
思った通りの幼い顔に、涙をいっぱい浮かべてまっすぐに見つめてくる。
その顔はどこかで見た気がした。
だけど思い出せない。
幼い瞳が驚いたように見開かれると同時に、真っ暗な世界に光が射し込んだ。
世界が白く塗りつぶされ、女の子の姿が光の中に溶けていく。
白く、白く、世界が明るさを取り戻していくなかで、女の子が慌てたようになにかを叫んだ。
声は届かない。
俺には読唇術なんてものも使えないから、なにを言ったのかはわからない。
わかったのは、四文字の言葉だってことだけ。
小さな女の子が、泣きながら叫んだ四文字の言葉。
ヒントなんてそれだけで十分だろう。
──たすけて。
そして、世界は目を覚ました。